切り札
アリスの放った魔法はコーヤのHPを大きく削った。だがその代償はアリスのMPの大半と、巻き込まれたカナタの一時的な消滅だった。
漸く大きなダメージを与えられてアリスたちは勝負が決したと思って少し緩んだ緊張だったが、コーヤはまだ生きていた。そして、コーヤの目から放たれた光はアリスたちの動きを封じた。
コーヤのその動きはダメージの影響もあり、最初の頃とは比べるのもおこがましいほどに速力も攻撃力も落ちていた。しかし、アリスは先ほどの魔法でMPを大きく消費したことによる魔力欠乏で動きに精細はない。ノルンとフィル、ヤクモはアリスに比べればまだまだ動けるがダメージを負って動きの鈍ったコーヤとほぼ同レベルの戦闘能力であった。
だが、コーヤの奥の手は抗うことすら許さないほどの能力だった。
「......一つ目っていう魔物から進化したんだって言っていた!能力の発動は目に関係しているってよく考えたらわかることだった......」
『アリス!この動きを封じる能力はなんじゃ!?ワシの龍眼では調べられん。』
「スキルは"両目の感覚歪和"でも名前とは裏腹に強制的に事象を操作できるみたい。」
「グルルゥ!」
「キュゥウン!」
ノルンとフィルは動けなくなった状況がかなり嫌なのか必死に抵抗している。しかし、体は全く動かない。
「くっふっ。あぁっはっはっはっ!もう許さないんだって言ったよね〜。君たちは動けないのがお似合いだよっ!」
その後は一方的だった。動けないアリスたちに対して殴る蹴るを何度も何度も繰り返した。勿論コーヤが振るう攻撃は一撃一撃がとても重い。しかも逃げられないのがコーヤにも当然分かっているために力いっぱいに攻撃する事が出来た。
(はぁはぁ。まさか相手を動けなくする能力なんて強すぎるでしょ!はぁはぁ。攻撃された箇所の骨折とかはすぐに治るけど、けどっ!痛いのには変わりないんだよ!私の眼でも解除方法がわからないこの能力はヤバすぎる。)
『儂の鱗も突き抜ける攻撃とはな。儂より深い階層の主だけはあるという、ゴフッ、......ことかのう。』
アリスは傷を回復できるが他の面々は深手を負ったままだ。龍種でありその巨体故に耐久力もあるヤクモはまだ立っているが、ノルンとフィルはもう横たわったまま動けないでいる。
アリスたちへの攻撃はもう数十分にも及んでいる。アリスですら、回復のしすぎでその速度が鈍り始めている。
「くはっ!良い!いいよっ。たーのしいっ!」
コーヤはもう最初の面影はない。人を甚振り、自分の楽しみを満たすことしか考えていない。そして、それは当初のような理知的な行動を取らないとも言えた。
ドスっ
「......へっ!?」
唐突にコーヤの胸から生えた剣は炎を纏い、コーヤの傷口は燃やされながら焼け焦げていく。
そして、その剣は胸を貫いた後も止まることなく両腕と両足、そして首を切り裂いた。
腕と足は問題なく切り落としたが首だけは他より硬いのか深く切り裂き、血液を噴出させるだけに留まった。
「あー。今ので決めるつもりだったんだがな〜。」
「なっ、な、なぜお前が生きている!?体は完全に消滅していたのに生きていられるはずがない!この僕ですら大ダメージを負った程の魔法だぞ。人の身で耐えられる筈がないんだ!」
「アリス最後は頼むぞ!」
カナタはアイテムボックスから取り出した血の小瓶を投げつけた。アリスにぶつかって瓶が割れ、中身がアリスに降りかかると瞬く間にアリスの傷は回復を終わらせた。
「ふぅ。任せて!」
(時間はない、か。傷口も塞がってきているし”回復スキル”も持っているのね。でも仕込みは終わってるのよ!"血と踊る殺戮陣")
アリスは魔法が発動するとその場に倒れてしまう。MPの完全消滅と脳への負荷がかかり過ぎて鼻血が流れている。もともと白磁のように白い肌だが今はそれすらも超えてしたいのようだと表現しなければならないほどに生命力を感じない白さをしていた。
アリスの魔法はこの空間で流れた血液を魔法陣へと変質させて行う最上位魔法だ。一度発動したこの魔法は費やしたMPが尽きるまで効果を発揮する。
「うっ!うわっああああアァァァァァアああああ!」
コーヤの立っている地面から現れた血の魔法陣はコーヤの体を分解していく。その身体を、細胞を、体の分子や原子を跡形もなく消しとばして消滅させていく。
カナタに足と手を潰されて移動能力が落ちたことでコーヤは魔法陣から出られずに成すすべなく消滅していく。
「有り得ないありえないあり得ないありえないっ......!」
アリスの魔法が効果を終わらせた時にはカナタたち以外にこの空間には生物は存在しなかった。
ーーメガリアを倒しました。1000000経験値を獲得しました。ーー
カナタたち全員にコーヤを倒したことを知らせる通知が脳内に響き渡ったのをもって漸く警戒を解いた。ゴブリンやコボルトなどの低ランクの魔物を倒してもこの通知は流れないが、グレーターデーモンクラスになると通知が来ることが今までの経験で分かっていた。ただ、この声が誰なのか、どうやって行っているのかは結局分からなかった。しかし、神のシステムによるステータスがある世界なのだからその辺の細かいことは気にしない方向でその時の話が終わったのだった。
未だ全身が所々消滅していたが漸く体の大部分の再生が終わったカナタはそのまま後ろに倒れた。アリスは高レベルの魔法の使用による疲労でカナタ同様に倒れた。ノルンとフィルは受けたダメージが大きかったのでカナタとアリスの腕にある紋に戻って回復を図っている。ヤクモはなぜか体から光を発して佇んでいる。全員があまりにも過酷な戦闘によって受けたダメージは大きく暫しの休憩の時間となった。いや、むしろ誰も動けなかったのだ。
数分間もの時間全身が光っていたヤクモは時間が経つに従って体が徐々に縮小して今はカナタたちより少し背の高い程度のサイズにまで縮んでいた。
そして光が消えた時には、濃い紫の髪色をした美人がそこに居た。髪色は近づかないと紫とは感じないほどに濃い色をしており、ぱっと見は黒色に見える。その髪が肩くらいまでの所で切り揃えられている。前髪は眉位の所で切り揃えられている。その背丈は百六十センチほどでカナタたちの中では一番背が高い。そう、美人と評したようにヤクモは人の形をしていたのだ。見た感じはどこぞのお姫様というのが一番しっくりくるほどにその容姿は整い、髪もサラサラで美しい。
「いやいや。お前それどうしたよいきなり!!!」
「こくこく」
アリスは声を発するのも億劫なのか首を縦に振るだけで対応している。ものすごい速度で投げつけられた服はカナタが即座に用意したTシャツとズボンであり、取り敢えずは前を隠せるようにと創った。
「”人化の術”というスキルじゃ。お主らとの行動に合わせて密かに練習しておったのじゃが、初めてじゃと服は再現出来んらしい。用練習じゃな。」
ヤクモはカナタたちと行動を共にするためには龍の姿では不都合が多いと感じていた。前々から人化の術のスキルは獲得していたのでこの時のために練習をしていたのだった。スキルに頼り切るのではなく自自分の望む姿になりたいと思うのは龍も人も女性なら変わらない思考なのかもしれない。
こうしてコーヤという強敵との死闘はかなり濃い時間だったし、その後に待っていたヤクモの人化もあり、100階層のボス部屋で、ゆっくりと過ごすことが無言のうちに満場一致で決まった。そしてその日の晩御飯は少し疲労の抜けた面々が食卓を囲みながら鍋を食べている。ノルンとフィルも紋章から出てきており、共に食事をしている。そして驚いたことに、ノルンたちも体のサイズを変更できるようになったらしい。今はノルンがフィルと同じくらいのサイズになり食事をしている最中だ。どうやら、ヤクモ同様に体のサイズが大きい事で此処を出た時にカナタたちへの負担になりたくないと考えた二匹はヤクモに尋ねた。二匹は紋章の中で過ごすというのは最初から考えてはおらず、ずっとカナタたちのそばに居たいと考えているのだ。そして、人化の術同様にフェンリルと幻狐は体のサイズを変更できるスキルがあることを知っていたために、三匹で練習を重ねていたのだった。そして漸くこのタイミングでのお披露目と相成ったのだ。
カナタたちはあまりにも大変だった100階層での戦闘で負った疲労やダメージをしっかりと抜くために数日は、いやここまでのダンジョン攻略の疲労も考慮して暫くはゆっくり、のんびりと過ごそうと決めるのだった。そしてこの日の食事もみんなが大満足で美味しく頂いたのだった。
よろしければ下の所にある☆で評価やブクマ、感想などを頂けると励みになりますし、とても嬉しいです|△//)




