カナタ
第11594世界、地球
これは過去の、そしてもう誰にも語られることはないであろうお話。
その年は、例年より冬は少し肌寒く感じ、そして肌を焼くような猛烈に太陽が日差しを地上に降らせるような夏の年にカナタは生まれた。
その赤ん坊は確かに生まれてすぐに泣き、そして大した時間もしないうちにピタリと泣き止んだ。カナタを産んだ母親は、それはもう無事に誕生してくれた初めての我が子に満面一色の喜びにあふれた表情で我が子を抱いていた。そして父親は、そんな愛する妻と我が子を涙を流しながら喜んで迎えていた。
カナタが生まれ、これから暮らすこととなる家は所謂少し裕福な家だった。
父親はまあまあ大きな会社の一部門を纏め上げる幹部であり、その部門の部下も大勢いる。そしてその信頼も厚く、会社自体の景気はここ何年も上々の数値で落ち着いている。
母親はこのご時世には数の減っている主婦であった。今の日本は夫婦共働きであり、朝早くから夜まで働いて漸くちゃんと生活ができるといった感じで経済は明るくなかった。
そんな中、父親の収入だけで満足な生活を送れるカナタの家はやはり一般家庭からしたら羨ましくもあり、そして勝ち組と言われる家に生まれたのだった。
カナタの両親はそれはもう初めての子供であり、長男という子でカナタを甘やかし、好きなように生き、好きなものを食べるように生活をさせて行った。そしてカナタのお願い事なんかは、叶えられるものはその殆どをなんでも叶えてくれた。
カナタが五歳の時、初めて学校という所に行った。この学校もカナタの父親の会社が提携しているところであり、入学の際に父親が学園長といろいろと話していた。
(なるほど。ここが今度通うことになる学園か。父さんも楽しいところと言っていたし興味がありますね。)
カナタの自我は五歳にして、もう既にあらゆることを理解し、吸収していた。カナタが一歳になると母親が夜に読んでくれる絵本の内容を理解し、二歳になると、家の庭でよく駆け回って物をよく観察していた。そして、三歳になるころには父親に頼み、いろいろな書物を読むようになっていた。勿論読めない漢字などはその都度教えてもらいながら読み進めて行った。
そして現在では、正式に人の輪に入り学業を行うことになったのだ。
カナタの学校入学初日
カナタは、今年の入学生たちと共に式典に参加し、クラスに別れて先生の紹介を聞き、そして自己紹介を行った。
「ふなもりまひるです。」
「すどうあきとき。」
「あやせこうたろう!」
席の指定などはなく教室についた順で席についており、皆それぞれが元気よく挨拶と自己紹介を行っていく。
「はやかわかなたです。このたびこのがくえんにべんがくをおこないにきました。どうぞみなさまもこれからよろしくおねがいします。」
カナタの挨拶だけは確かに少したどたどしいなどの点はあったが、そこは大きな問題ではなく、その場にいた全ての大人は驚きのあまり固まってしまい、子供たちは、カナタが何を言ったのかわからずに近くに居る子たちと話し始めてしまう事態になった。飛びぬけて自我の成長が早く、しっかりとした挨拶を行ったカナタに対して少しだけだが大人たちは無意識に距離を取ってしまう。
そして一通りの説明と紹介を終えた後は、各自今日は解散となった。
しかしカナタが感じたのは
(同年代の子たちの成長がとても見れたものではないな。これは、学校においては先生たちとの対話や一般常識を学ぶことに努めた方がよさそうですね。)
カナタの理解力、洞察力、判断力はとても年相応のものではなく、次第にカナタの方から他人とのコミニケションの有用性を見いだせなくなり、一人でいることが多くなっていった。
そんな少年期は、年を重ねるごとに周りとの温度差も増していった。
そして......
「ちっ。早川が居るならこっちに勝ち目ねーじゃんよー。」
「はぁーあ。一人で空気悪くしているのが分からないのかねー。」
「ほんと、早川だけ別メニューにすればいいのに。」
と、クラス内では何でも一人で人一倍できるカナタは周りから完全に浮いてしまい、度々悪口を言われるようになっていった。
(ふむ。......自分の劣等感を声を挙げて一人を悪役にすることで仲間を増やし、群れて誤魔化しているのか。そんなことをするなら、ちゃんと努力をする方がよほど有意義なのに。それでいて授業の時などはよく駄弁り、剰え寝ている始末。そんなのできないのが当たり前だと思うがな。ほんと理解できん。)
しかしカナタは特に気にすることもなく、寧ろその行動原理を考える始末だった。
カナタが如何に目立とうが、暴力的ないじめに発展しなかったのは偏にカナタの家柄の影響である。いくらカナタに腹が立っても自身の家が食べていけなくなるのは拙いとみんな考えたのだ。
これは小学生の時にカナタに腹を立てた同じ小学校に通う上級生がカナタの持ち物を隠したのだ。上級生たちはカナタが困る様子をただ見たかっただけでこのようなことを行ったのだが、カナタがとった行動は、母親から持たされている防犯ブザーを鳴らすことだった。そして、その音に集まってきた生徒や教師が何事かを誰何する中、そのまま皆に注目された状態で放送室に向かい、全校生徒、そして教師が聞いている中で自身に起きたことを全て話して聞かせたのだ。
放送を聞いた教師たちはカナタの持ち物の捜索を始めたり、生徒たちに聞いて回ったりした。勿論カナタも話に加わり事がどんどん大きくなっていく。
そして、カナタの持ち物が見つからないまま帰りの時間になるころ、カナタはこのまま警察へ行くと宣言したのだ。
これには上級生も自分たちの犯行を暴露し、教師たちにすべてを話した。しかし隠したところにカナタの持ち物は影も形もなかったのだ。
上級生は慌てふためき涙ながらに弁明したが、周囲の人たちはあまり話を聞いてくれなくなった。しかしそこでカナタが自分のカバンから、袋に入れられた無くなっていた筈のものを取り出したのだった。
これには、周囲の皆が戸惑い、そしてどういうことかを問い詰めた。当たり前だ、これだけの大ごとになりながら実際は自身が持っていたなんて、ただの時間の無駄だと言っているようなものだった。
「いえ、確かに僕の持ち物が無くなったので周囲を探し、先ほど見つけておきました。しかしこのまま終わらせればまた同じようなことが起ると思いましたので、犯人の判明と、そしてそのようなことが起きたと周知するのが今後のためかと思いましてこういった行動をとりました。」
それはまさに周囲を黙らせるには十分な返答だった。教師にはお前らが知らないから、そして動かないからこのようなことが起きると伝え、生徒には今後は同じことが起きても同じようにすればよいと道を示したのだ。
「そ、そんなことで授業の時間を潰したんですか!あなたは自身の鬱憤を晴らせてよかったかもしれませんが、他の生徒まで巻き込んで行う必要があったとは思えません!大体、すぐに見つけていたのならそれでよいではないですか?皆の時間まで奪うなんてどうかしています!!」
しかし、一部の教師はこんな面倒なことに駆り出されたことに苛立ち、カナタに詰め寄った。しかしカナタは特に気にした風でもなく、その教師に体を向け、右手をポケットにそっと突っ込んだ。
「なるほどそんなことですか。つまり生徒の私物が盗難にあっても大ごとにはするなと?」
「そうではありません!ここまでの大ごとにする必要はないでしょうと言っているのです。そもそも個人的に担任の先生に相談すれば済む話でしょう」
「確かに僕の判断は少々間違っていました。」
カナタのその言葉に異議を立てていた教師は満足げに頷いた。
「加藤先生。あなたが受け持つクラスにおいて、容認されている陰口が僕が知るだけで数件あります。そして暴力行為も行われていることをご存じですか?」
カナタのいきなりの問いかけにカナタを責め立てていた教師は顔に汗を浮かべて焦ったように反論しだした。
「そ、そんなことがあるのですか。私は確認していませんでしたが、口では何とでも言えるものです!やはりこういった場合は証拠となるものが必要ですよ!」
剰え教師が一生徒に声を張り上げながら自分可愛さで反論する様は周りの目線が痛く突き刺さるほど同意されない行動だった。
「なるほど証拠ですか。」
「そうです!証拠がなくただの憶測でものを言うのは他人を傷つけると知りなさい!」
もはやヒステリックに叫ぶ教師に向けられるのは絶対零度の視線である。しかも証拠証拠と言っているが、つい今しがたその証拠となりえる事件が実際に起きていてそれを表舞台に上げた張本人のカナタに言うのは流石に浅慮が過ぎる。
「でしたら、今僕の持つこの先ほどまで無くなっていた物を警察に届けましょう。何なら、先生のクラスの生徒に事情徴収してもらってもいい。先生のクラスで起きている事への証拠が見つかるかもしれませんからね。何なら僕の親に頼んでもう少し上まで話を通してもらうこともできるかもしれませんよ?」
そんな悪魔のような提案に散々叫んでいた教師はその後一切口を開かなかった。と、このような過去を持ち、更には親の権力のあるカナタは最悪の場合に何を行うか分からないためこのような間接的に悪口を言い、もし聞こえても、友達との会話が偶々聞こえただけだと言い張れるようなことしかしない。
因みにこの時のカナタは、普段からポケットに入れているボイスレコーダをONにして話の録音もしていた。もし言った言わないの次元の話になった場合、それは面倒なので見えないところでさらに一手打っていたのだった。
そんな、良くも悪くも産まれた時から一般人とはどこか変わっていたカナタは年を重ねていく度に、自身と周囲の人間とを根本的に分けて考えるようになっていた。
カナタが思うのは自身を愛してくれる両親と家の家事全般をカナタが幼少の頃より行ってくれて優しく接してくれた家政婦さんの事位で、その他には生物として向ける関心と興味位しか沸かなかった。
しかし実は、そんなカナタの両親は、カナタがネメシアに転移する数年前には事故で亡くなっており、両親の残した莫大な遺産で一人で生活をしていた。家政婦さんには申し訳なかったが辞めてもらい、その最後の時にカナタが出せる今後に影響が出ないで最大限の給金を払って感謝を伝えていた。最初は断っていた家政婦さんも無理やりカナタが受け取らせる形で話をつけた。
カナタは両親を亡くしてからは家に引きこもり、パソコンやタブレットなどを複数使って世界情勢、歴史、ゲーム、ありとあらゆる知識を学習していた。いや、寧ろそういう事をしていないとポッカリと心に開いた虚無感に押し潰されてしまいそうだったのだ。
両親が事故に巻き込まれた時は学校で授業を受けていたが、その状況を知った時、涙も流さず一心不乱に両親のもとに駆けた。その優秀な頭脳で嫌な事を考えてしまわないようにただただ足を動かし、駆けて、駆けて、駆けぬけて両親の元にたどり着いた。
そして変わり果てたその姿を見てからは、壊れたように泣き、泣いて、泣き叫んで、一日が過ぎた頃にはもうその心は空っぽだった。
ただ、やる事を、生きる目的を探すためだけに事故の原因を調べたり、史実をネットで探して読み漁ったりと暇つぶしをしていた。
こんな、人として家族に向ける愛情ある心とそれ以外の他人に対する冷たすぎるほどに冷酷な心を有するカナタはネメシアに召喚されることで漸く自身の事を知ることができたのだった。
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