アリスの声
今カナタは地面に座り込みアリスと向かい合っている。二人はこの場に腰を下ろして向かい合ってから約五分の間、一言も声を発することなくそれを見つめていた。
カナタとアリスの間には小さな小瓶が置いてあり、二人の視線は座ってから今の今までこの小瓶から一時も外れることがなかった。
小瓶の中には液体が入っており、その見た目はさながらポーションと変わらない。しかし、その中身の液体は、青から赤に、赤かと思えば茶になり、次の瞬間には白になったりと見るタイミングと見る角度、日の当たり方次第で全く異なる色を魅せているのだった。
カナタとアリスは向かい合って座っているが、二人の見ている小瓶はカナタとアリスにそれぞれ別々の色を届けて、時間を忘れてずっと見ていても楽しめるほどにその色は綺麗だった。
もちろん二人がじっと個の小瓶を見ているのは綺麗だからという理由ではない。
「なあ、アリス。さっき言っていたことは間違い無いんだな!?」
長い沈黙の後に漸くカナタが発した言葉はアリスへの確認だった。
『うん。間違いない。私自身も信じられなくて三回も確認しちゃったもの。これは正真正銘"エリクサー"だよ。』
アリスとカナタの間に置かれた小瓶の正体はアイテムランク6、入手難易度Sランクアイテムであるエリクサーだった。これは第10階層ボスであるハングベアーを倒した時にドロップしたアイテムの一つだ。これはアイテムボックスの機能の一つである、収納してあるものをリスト化して表示する際に簡単にだが、鑑定スキルを使った時のように説明文が表示される。そしてそれをアリスが確認している際にエリクサーを見つけたのだ。
「これで、これでアリスの声も出るようになるって事でいいんだよな!?なあ、アリスっ!」
『鑑定した限りだと毒や麻痺などの状態異常から、病気にまで効果が及んでたちまち回復するらしい。それで、エリクサーからは部位欠損の回復効果が大幅に向上するって!これなら、私の喉なのか、何処かは分からないけれど、声が出ない原因の箇所も回復もしくは復元して治してくれると思う!』
「ついに、か......っ!アリスと共に生きて行くって決めたあの日から、絶対にアリスの声を出るようにする方法を見つけ出すと決めていた。だけど、この俺たちがいる場所がダンジョンではないかと思い始めてからは、宝箱からでもドロップアイテムからでもこのエリクサーのような効果があるものが出てきてくれると信じていた。」
カナタはネメシアに召喚される前はメディアや娯楽が盛んに発展していた地球に暮らしていた。そこでは、この世界のような非日常を日常とする世界への異世界召喚モノのラノベなどが多く出回り、まさしくカナタやアリスが経験したことを本の中の主人公たちが行う様を知識として知っていたのだ。そこでカナタは今回のようなエリクサーの様にアリスの声を治すアイテムやこの世界だからこそ存在するであろう治療系スキルと出会えることを待ち望んでいた。
そもそも、カナタの望んだ万物創造スキルは最初に言っていたように食糧や日用雑貨などのアイテムを用意する目的も勿論あったが、アリスの声を治すアイテムをあわよくば創り出せないかと考えていたのだ。しかし、創ることは確かにできるのだが、その際に消費するMPが膨大すぎて今のカナタではとても創り出すことは不可能だったのだ。
『でも良いの!?このエリクサーがあればもしもの時の備えが出来て安心できると思うよ?私に使うのは勿体なく思っちゃうよ。私は生まれてから今まで、言葉を話せないのが当たり前の状態で生きてきたんだから、このままでも大丈夫だよ。』
アリスの言葉は全くの正論で、本当のことしか述べていなかった。しかし、そこにアリスの感情や理想は含まれていないとカナタは神界でアリスと出会ってから今日までの短くない時間を共に過ごした経験から感じ取っていた。
確かにエリクサーを今回使わずに手元に残しておけば、即死以外の状況ならどうにか回復できるだけの安心感を得られるだろう。
しかし、それはそうなのだろうけれども、声を発することができるチャンスを手にしてなお、声を望んでいないということなどありえない。
アリスは今後の二人を思えばこそ自分のことを二の次にして今回の発言をしている。先の見えないダンジョンの中では備えは幾ら有っても良いのだから。
「っ!」
いきなり額を小突かれたアリスは突然のことに驚いた顔をそのままにカナタを見た。
「アリスが声を発することが出来る機会を手に入れたなら、それを行う以外の選択肢はないよ!アリスだって喋れるようになりたいと思っているんだろう!?」
『それは......勿論そうなりたいと思うし、それが理想だよ!私が今まで声が出ないこの体じゃなくて、普通に生まれて来れれば良かったと何度思ったことか。そしてその度に何度有り得ないと首を振って諦めてきたことか!そのチャンスが今目の前にあってそれを焦がれない訳がないじゃないか!でも、今後を考えたら
「今後を考えるならアリスには喋れるようになってもらわないとな。」
『えっ......!?』
「俺たちは必ずこのダンジョンを攻略する。寿命に縛られることのない俺たちは肉体ダメージよりも精神ストレスの方が深刻に影響を及ぼすからな。アリスの声という不安要素を消せるならエリクサーなんて安いもんだよ。それに、俺たちは不死性に特化しているからちょっとやそっとじゃあ何ともならないって。」
「......」
アリスはこのエリクサーのことを知ってからずっと葛藤していた。自身が生死の境にいるといった危機的状況でもない、声という部分で、自分だけがアイテムに手を出しても良いのかと考えていたのだ。しかし、カナタはその性格上必ず自分にエリクサーを使ってくれると分かっていたし、事実そうなった。そうなってしまえば、アリスだって長年求め続けた声を発するチャンスに欲も出てしまう。
そんな二律背反の中でカナタが頑として自分のためにエリクサーを使うことを譲らない姿勢に嬉しくて、嬉しくて、でもそんなカナタに対して少しだけ申し訳なくて、アリスの瞳からは止めどなく涙が流れ始めてしまう。
そんなアリスに対してカナタは、優しく頭を撫でながらアリスが落ち着くまで寄り添い続けた。
「落ち着いた?じゃあ早速エリクサーを使ってみよう。」
アリスはカナタの言葉に背中を押されながらエリクサーを手にした。その七色どころか無限色に彩りを変える中身を見ながら栓を開け、意を決して飲み干した。
「......気分はどうだ?何か変化はあった?」
エリクサーを飲み干しても目に見えた変化はない。故にカナタは我慢しきれなくなってアリスに問いかけた。
「......だぃじようぉぶ。............こえが、でる、よ......っ!」
まだ少し辿々しいが、しっかりとアリスは自分の声で言葉を発することが出来た。その感動の大きさ故に一度は落ち着いて引っ込んだ涙はさっきの比でないほどに流れ落ちる。
「いい声じゃないかアリス!優しいと言うか落ち着く声って感じがする。声が出るようになって良かったな。」
「ありがどゔ、かなだぁ!」
カナタの言うようにアリスの声は聴いたものに安らぎを与えるような落ち着いた雰囲気のある声だった。まだ、幼いこともあって少し声が高いが、それでも耳に心地いい声であることに違いはない。
カナタとアリスは今日をお祝いの日としてパーティーをすることにした。ご飯を用意する時も、準備から片付けまでもアリスは自分の声を噛みしめながら話し続けた。
今までもアリスとカナタは笑顔で日常を過ごしてきたが、今日ほどに眩しい笑顔が溢れる日はないだろう。
二人は夜も更けて辺りが真っ暗になっても話し続ける、そして二人はその日を完全に徹夜して昼頃に眠りにつくのだった。
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