クマの手
第10階層、ボスの部屋。
この広い空間にポツンと二人だけが存在していた。この部屋の主人であるハングベアーを倒したことで、この階層の中で一番の危険エリアが一番の安全エリアへと姿を変えたのだ。
ボス部屋はボスを倒すことができれば他には魔物がポップすることがない為、今のカナタたちのようにのんびりとご飯の支度をすることが出来るほどだ。この情報も第5階層に長時間居たことで判明した事実であった。とはいえ、この法則がこの先ずっと続くかはわからないためのんびり9、警戒1位の割合で過ごしてはいる。
「アリス、こっちにも火をお願い。」
『了解。リトルファイヤー。』
「取り敢えず、煮込みクマの手の方はこっちの鍋が沸いたら煮込んで行こう。そっちはどうだ?」
『うん。皮とかは剥いたし、ニンニクと生姜、醤油と味噌の合わせダレとかを塗り込んだクマの手肉も焼けて来たみたい。良い匂いがして来たよ。』
「アリスさんや。良い匂いなのは分かったから、目線くらいはこっちに向けてくれ。肉から離れないにも程があるよ。」
『......ごめん。つい美味しそうで。食欲とはカクモオソロシキモノヨ。』
「アリスはこの世界に来て確実に食いしん坊になったよな。最初の頃なんか食べなさすぎて心配していたほどだったが、今はモリモリ食べてくれるからこっちも嬉しいよ。」
『戦闘をしていると頭も使うし、体も使うし、カロリー消費量が多いんだよ。実際、カナタも食べる量は最初に比べるとかなり増えてるでしょ。』
たくさん食べると言われて女の子であるアリスは顔を赤くしながら照れていた。そして、食欲はカナタも変わらないくらい増えていると指摘することでなんとか誤魔化そうと試みた。
「ふっふっふ。そんなに必死に反論しなくても良いのに。そしてそんなアリスには焼けたクマの手肉の試食の大仕事をお願いします。」
『やったー!っ......いや、その大役、心して望ませてもらいます。』
カナタからの試食の提案に、素の状態に戻ってしまったアリスだが、すぐに体裁を取り繕い彼方への返事を返した。しかし、流石にーー最初からーー誤魔化すことは厳しかった。カナタはそんなアリスを見ながらも穏やかな気持ちでクマの手の煮込み鍋をかき混ぜていた。
「もういい頃合かな。ほらアリス、熱いから気をつけてね。」
『ふぅーふぅーはむぅ。......うまっ!これ、かなり美味しいよカナタっ。カナタも食べてみて。』
「じゃあ、こっちの煮込みの方も一口どうぞ。」
『はむ。......!こっちも美味しいよ。焼いた方は、直に火が当たったところがクマ肉の脂を焦がして香ばしい風味に、そしてタレがよく合う。煮込みの方はとろとろのクマ肉に味がしっかり染み込んでいて、同じクマ肉なのに全然違うよ!これは良いものです!!。』
「ん!確かにどちらも違った旨味があっていいな。アリスの火加減も抜群だったな。」
『肉焼きなら私に任しといとて!私プロだから。』
「ははっ。それはなんのプロなんだか。まあアリスがやりたいなら任せるけどな。今後もよろしくお願いします。」
『うん。苦しゅうない!』
カナタたちの調理は夜遅くまで続いた。
そして完成した料理たちが食卓に並ぶ。
さて今日の晩御飯のメニューだが、まず、白ご飯とみそ汁が二人の前に準備された。これはいつものことで、晩御飯は基本的に白米になる。これは日本人であるカナタは言うまでもなく、アリスも名前や、要所要所で細かいところは違いがあったが、カナタの創った食材を使った料理を通じて食の傾向が近いことを知り、普段はご飯が主食となった。
そしてこの迷宮における新たな楽しみでもあるジュースがそれぞれ用意された。今日は、カナタがブラックベリーに似た風味の果実から作ったジュースを、アリスはイチゴ味の炭酸ジュースだ。今日のチョイスからするとやはり、二人とも酸味を欲しているあたりハングベアーとの戦闘はカナタたちが感じているよりも多くの疲労を蓄積させているようだ。
このジュースは二人の気分で味がころころ変わるためこういった推測もあながち間違いではなかったりするのだ。
そして、カナタが満を持して持ってきたものがテーブルに置かれた。
一品目は、クマの手の香草包み焼きだ。このクマの手は嫌な獣臭さなどは一切感じられないほどに優れた食材であり、尚且つ魔物由来のモノであるため味は更に一段階グレードが上がったものになっている。しかし、そこをあえて臭み取りではなく香りを移すためにこのような調理にしたのだ。これの発案者はアリスであり、現在、目を輝かせて席についてその時を待っている。
アリスとカナタはそれぞれに深めのお皿に取り分けて食事の準備が整い、カナタも席に着いた。
「では、「『いただきます!』」
こうして待ちに待った食事の時間が始まった。
「おおぉ。これはやばいな。今回はクマの手料理の種類が多いから、全部の種類を食べるために一皿一皿の量は少なめにしたけど、食べる手が止まらない。」
『肉の旨味とクマの手の上品な甘さが使ったハーブによって味が引き締められているのと、口の中で風味が変わっていくから飽きも来ない。それに、肉の脂がさっぱりしているからより食べやすいわね。』
カナタたちは瞬く間にクマの手の香草焼きを完食し、暫しその余韻に浸っていた。
そして数分後にカナタが復活し、第二品目へと移っていく。二品目はクマの手のお刺身である。本来クマの手にお刺身という食べ方があるのかどうかは分からないが、ネメシア世界において魔素を多く含む上位の魔物の肉なら生で食べても平気なのだ。しかし倫理観やカナタたちの人間性からそのまま食べるというのは流石に止め、肉を薄くスライスして塩、そして醤油の二種類で食べれるお刺身形式にした。
「俺はやっぱり醤油から......!これもうまいぞ。口の中で溶ける!本当に魚の刺身を食べているみたいに感じる。でも、肉のインパクトもちゃんとあって、くぅ~うまい。これもすぐに無くなっちゃうな。」
『最初は生肉に抵抗があったけれど、これを食べた後だともう引き返せないわね。高レベルの魔物のお肉を手に入れたら、お刺身もその日食べるものリストにエントリーだわ!』
「俺たちはそんなバカみたいな量は食えないから、何が選ばれるか分からない抽選のランダム形式でその日のおかずを決めるってのは、外れたものが余計に食べたくなるシステムだと今痛感したよ。」
こうして話しながらも箸は進み、お刺身も完食した二人は第三品目に移っていく。
カナタが持ってきたものは、クマの手肉のつみれ汁だ。すべてがお腹に溜まるよなものになるのは避けるためにカナタがお刺身と共に考え、作ったのだ。
つみれ汁は先ほどまで食べたものをやさしく体内へと流してくれるかのように優しい味だった。
これも肉に臭みがなく、脂がさっぱりとしたこのクマの手肉だからこその美味しさだった。
二人のお腹もいい具合に温まり、食事も終盤になってきた。そして次の第四品目はクマの手肉のカナタ特製タレ煮込みだった。
クマの手肉の旨味が存分に溶け出すまでじっくり煮込んだソースは、それだけでご飯を進ませ、カナタたちのご飯はなんと三杯目に入っていた。普段は二杯でお腹いっぱいになる二人も、これだけのおかずがあればお腹の限界を超えまだ入るようだ。
そして、煮込んでトロトロになった肉を頬張った二人は堪らずご飯を口一杯に掻き込んだ。それを嚥下した時の満足感は、二人の緩みきった顔がこれ以上ないほどに証明していた。
「いやー。もうお腹いっぱい。大満足でした。クマの手肉はまだ三分のニ以上有るし、また食べられる。クマの魔物もいいものをドロップしてくれて感謝だな。」
『食べ過ぎた。動くのが辛いよ。でも美味しかった〜。四品ともそれぞれ美味しかったから今日のご飯は大成功だね。』
そう言いながら、アリスはカナタ作の血液の小瓶の蓋を開けて飲み干した。アリスにとってコレだけはしっかり別腹で、とてもいい笑顔を見せている。
こうして、クマの手肉尽くしの晩ご飯は大満足の結果で終了した。カナタたちは流れていく時間の中で、その余韻を感じながらも就寝の準備などを行い、そして夜は更けていくのだった。
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