間抜けな王様
この世界ネメシアにおいて、ゴブリンとはその容姿を除けば、ほとんど人と変わらないといえる。
醜悪で、とても道徳的にも人間的にも許し難い行いであっても実は一部の上流階級の人間の間では普通に行われている行動だったりする。もちろんその行為に大小の差はあれど本質的にはかなり近い部分が多いと言わざるを得ない。
と、先にゴブリンについて述べたように、大部分は人間と相違ない。故にゴブリンも夜目は効かない者がほとんどであった。
要するに今、カナタたちの前で散乱しているゴブリンマジシャンやゴブリンソードマンたちの亡骸はなるべくしてこうなったと言わざるを得ない。
しかしこれは必然ではなく、アリスがまず夜という環境を利用する策を考え、さらに消音の魔法や幻覚魔法を駆使したことが大きい。
また、カナタもゴブリンたちを襲う際、悲鳴を上げることで周囲に気づかれないように一撃で絶命させると共に、口を開けないように頭の上から突き刺すように攻撃を行った。
そして、それでも声を上げそうな個体は自分たちに掛けている消音の魔法を相手にも掛けて対応した。
こうした小さな工夫を一つ一つ積み重ねていった結果が目の前にある惨状なのである。
この作戦の中でカナタたちの当初の予想の外にもラッキーはあった。
それはゴブリンキングが動き出さなかったことである。襲撃を気付かせなかったことで動く確率は低いと思っていたが、周囲の異変に気づく可能性もあった。しかし、ゴブリンキングは奴がいると思われる家屋から一歩も出てこなかった。
最大の敵が寝ているという、彼方たちにとって最高の可能性も出てきたが、カナタたちは油断せず家屋の入り口で最終確認をする。
『準備は大丈夫?』
アリスの魔法文字による確認にカナタは指で○のサインを送り返事とした。
そして、二人は決意と覚悟を決め、お互いに頷き合った。
(その目は暗闇を見通す!"夜目")
アリスはこの短時間でより魔法の呪文を洗練させ、さらに短縮化も行なっていた。
そうして準備は整った。
乾いた雑草のようなものでただ入り口を覆っただけの扉をゆっくりと、そして静かに潜り中に入っていく。
先に入るのはアリスだった。
これはただ単純にアリスの眼で視た方がもしもの時も合わせて、対処しやすいだろうと考えたからだ。
しかして、こういう時の悪い予測とは妙なことに当たったりする。
(・・・・・・・・ッ!)
アリスが視たものは......寧ろ視なかったものは、枝や葉っぱ、何かの皮などで作られたおそらくはベッドだと思われるものだった。おそらくというのは、アリスサイズで二人が縦に寝ても余裕があるくらいにとても大きかったのだ。
そして、家というより一つの部屋だった空間にそれだけがあったのだ。
それだけでアリスの眼や心にダメージのあるものがなかった、居なかったのは僥倖だったが、肝心の大ボスが居ないのは話が変わってくる。
と、アリスがそこまでをほんの数瞬で思考したときに神眼スキルで少し広がっていた視界の端に何かが動いたのを捉えられた。
つまり、視覚だけでの話ならば普通は捉えられない死角で起きたことだったので、カナタが先に入っていたら反応すら出来なかっただろう。
アリスが神眼スキルでそれを捉えた瞬間に、アリスの本能が、アリスの経験が、アリスの勘が、そして今日の戦闘で昂っていた全感覚が自身の危機を感じ取り、スキルの効果で世界の速度を緩やかに変えた。
そしてしっかりと捉えたモノは、アリスの体ほどもある大剣が自分に迫っているところだった。
アリスは瞬間的に判断し、アリスの視界的にはゆっくりと迫る大剣に対して自信の体を左前に潜り込ませた。
アリスは前に進んだことで大剣の刃から少し体がズレ、さらに左に動いたことでアリスの目の前をギリギリで通り過ぎて行った。
どういう訳かアリスたちが侵入してくるのがバレていたらしく、ゴブリンキングはタイミングを見計らいながら死角から攻撃してきたのだった。はたまた、夜になってからずっとここで待機していたのかは本人しかわからない。
ゴブリンキングの体長は約二百五十センチほどで、小柄なカナタたちは見上げないとその顔を見ることもできないほどに大きかった。またその体は筋肉の鎧に覆われてはいるがゴブリンジェネラル程ではなくゴブリンソードマンを少し大きくした程度しかない。しかしこれは更に筋力を増すのではなく速力を上げるための進化だと思われる。
アリスはよくこの場面で硬直せずに最適解ともいえる行動をとれたものである。
ゴブリンキングも今の攻撃を避けられるとは思っていなかったのか、驚きを顔に浮かべ大剣をそのまま地面に叩きつけた。
(速き事雷の如く!”雷瞬”、我が手は烈火に染まる!”炎手”)
そしてすれ違いざまにアリスは魔法の効果で加速し、炎を手に纏いゴブリンの脇腹を抉っていった。しかし、ゴブリンの叩きつけた大剣がその怪力によってこちらも地面が抉られ、小さな礫となってアリスに少なからず直撃してダメージを与えていた。
これで痛み分けならまだよかったのだろうがゴブリンキングは痛みを感じていないのか特に反応はせず、通り過ぎながら屋内に入って来たアリスの方に大剣を向け直す。
だがここにはアリスだけではなくカナタも居る。
見事にまだ室内に入っていなかったカナタのことに気づかずにアリスの方を向いてしまった。当然カナタも今のアリスのことや、ゴブリンキングのことを見ていたのですぐにこの瞬間を逃さないように動いていた。
カナタはアイテムボックスから新しく創り出すことができた刀を取り出してすぐさま構えをとる。
「刀、抜刀術、”一陣”(仮)!」
カナタは知識の中にある漫画の技を模倣しながら刀を抜き放ち、水平になるように気を付けながら攻撃した。
......因みに技名は(仮)とあるようにカナタのオリジナルである。
その攻撃は、抜刀術と呼ぶにはあまりにも未熟だったが、背後のことなど気にもしていなかったゴブリンキングは偶然にもアリスが抉った傷の所から横に一直線の傷跡を深々とその体に残した。
「GYYYYAAAAAAAAAAAAAAAVAAAA!]
ゴブリンキングはもう一匹の存在に気づかずむざむざと攻撃をされた事に腹を立てて雄たけびを上げた。
そして、最初に狙いをつけたアリスの方に向かい大剣をその膂力をフル活用しながら我武者羅に振り回した。これはやはりアリスが女であり、自身がゴブリンキングであるが故の本能だったのかもしれない。
アリスは魔法で自身に付与した速さのバフが切れるまではまだまだ時間があるのを感覚的に把握し迫る大剣を見据えた。
そして振りかぶった瞬間だけ神眼を発動し軌道を見切りながらギリギリで躱していく。また見切った後はすぐさまスキルを解除することで自身の負担をできるだけ軽くし長期戦を見据えた戦い方をしていく。
一方カナタは刀から超短剣に持ち替えアリスを狙った攻撃の終わり際に投擲を行いコツコツとダメージを与えていく。これはゴブリンキングの攻撃タイミングに合わせての攻撃だとアリスへの攻撃に万が一にもズレが生じたら困るのでこの方法になった。
しかし戦闘開始から数分、カナタが投げて突き刺さっていた短剣が一つまた一つと刺した順に抜けて行っているのに気付いた。
『隙ができてもいいから最高火力で攻撃して!』
アリスはゴブリンキングがゆっくりと回復していることに気づきこのままだと此方が先に力尽きると察した。アリスには神眼スキルの負荷もあるし、躱しているとはいえその剛腕が繰り出す大剣の風切り音や、風圧はアリスの精神を少なからず削る。さらに時々地面に大剣を叩きつけることで飛び散る礫などがジワジワとアリスを蝕んでいた。
ゴブリンキングの回復力はカナタやアリスに比べれば大したことはないのだが、素のHPが高すぎてなかなか削り切れなかった。
そんな中、アリスは一気に攻め切る方向で覚悟を決めた。そしてカナタに対して自身の回避した軌跡に魔法の残滓を混ぜて文字とすることでその意思を伝えた。
カナタは言葉には出さずにすぐさま、また刀を抜いた。
「......ふぅ...シッ!」
「GRAAAAAAAARRRRRRRAAAAAA]
カナタもアリスの意を汲んで防御を無視して一呼吸で十数回連続で刀を必死に振り、切りつけていった。
カナタに攻撃されたことでそのダメージからアリスへの攻撃は熾烈さが鳴りを潜めた。
そしてゴブリンキングは背後から怒涛の勢いで切り付けられたことで、その勢い故に振り返ることができず、むしろ前につんのめってしまい反撃することが出来ないでいた。
そして、無呼吸での限界を迎えカナタはその場から一気に後方へ飛び退いた。
カナタの攻撃が終わったことでゴブリンキングは枷から解き放たれ、今度はカナタの方を向いてしまった。本当に学習しない緑色の化け物である。
カナタの攻撃で躱すのにも少し余裕ができたアリスは脳内で呪文を唱えていく。そして、ゴブリンキングの意識が自分から外れたことを悟り、カナタが離れたのを確認したアリスは完成した魔法を放った。
(我が魔力は渦巻く燃焼。我が捧し糧を代価に敵を消せ!”焼鸞”)
カナタ同様一撃にすべてを込めた全力魔法を放った。
カナタに背中を深々と切り裂かれ振り返ったゴブリンキングの足元は自身の流した血液で一面真っ赤だった。
これまでのゴブリンジェネラルクラスの敵ならこれで沈んでいたが、王は流石にタフであったようでカナタに剣を振り上げていた。
しかし、今度はアリスが放った上級炎魔法にその全身が包まれた。
「GYAAAAAAZAAAAAA]
流石にゴブリンキングもこれは効いたのか今までにない絶叫を上げた。
「このっ......ヤッ......とう!」
カナタも燃え盛る巨体に超短剣を投げて攻撃を続けている。
アリスの全MPを注ぎ込んだ魔法とカナタの全力攻撃、持ち得る全ての武器の投擲を終えて暫く燃え続けながらその全身を焼け焦がした後、漸くゴブリンキングはその膝を折り息絶えたのだった。
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