18話 名前
よろしくお願いします!
「ほんとに美味しかった。ありがとうね」
風邪をひいている女の子の家に長居する訳にもいかないので、二人が使った食器だけ洗って帰ることにした。そんなに長い時間いたつもりはないが、外はすっかり暗くなってしまっていた。
「これくらいなんでもないよ。じゃあ、またね。お大事に」
「ゆっくり寝るんだよー!ばいばい!」
如月さんはもう少し残るのかと思ったが、ゆっくり休んで、早く良くなって欲しいという理由で、僕と同じタイミングで帰るみたいだ。
「ふぅー。美味しかった〜」
如月さんはアパートの門を出たところで満足気に呟いた。
「でも、晩御飯たべられないんじゃない?」
「あー、大丈夫、大丈夫。親いなくて晩御飯は用意されてないからいつも適当にやってるし」
「え?なら今日の晩御飯それだけ?」
あくまで、味見程度の量しかなかったため晩御飯にするには少し少ないと思う。
「そだね。でもまぁわたし意外と少食なんだよ。だから大丈夫!」
「そっか、ならいいんだけど」
「んじゃ!私は駅と逆方向だから!駅までの道は一本道だしわかるよね?」
「暗いし送ってくよ。」
「えぇ、いいって!15分くらい歩かないとだめだし」
「あれ?家近いんじゃなかったけ?」
昔から仲がいいって聞いていたのでもっと近いものだと思っていた。
「それ多分、前の家の話だね。唯衣の両親、仕事の都合で他県に引っ越しちゃったんだけど、唯衣はもう高校が決まってたから、ここに残ってアパートで一人暮らししてるってわけ。」
「なるほどね。それで少し離れたのか。」
「そそそ。だからいいよ!帰り遅くなっちゃうし」
「遠いなら尚更送っていくよ。危ないし」
女の子に夜道を一人で歩かせては行けない。これは昔から姉から言われてることだった。
「いやいや迷惑だし」
「もし隣歩くのが嫌なら後ろから勝手について行くよ」
「ストーカー!」
「なんでだよ」
確かにやってることはストーカーと同じだが。
「うそうそ、じゃあ送ってもらおかな」
如月さんは冗談ぽくはにかみながら歩き始める。僕もそれに続く。
「ねぇ。もうそろそろ名前で呼んでもいい?」
「え?僕のこと?」
「そうそう。なんか苗字呼びって距離ない?高校に入るまでは男子でも普通に名前で呼びあってし」
「呼び方は好きにしてくれていいけど。僕も如月さんのこと名前で呼ぶの?」
「できれば名前で呼んで欲しいなって思うけどダメかな?」
「い、いいよ。でも前呼んだとき赤くなってなかったけ?」
「なってない!なんのこと!」
如月さんはむきなったように言い放つ。ふふふ。どうだこれが僕が最近手に入れた高等テクニック、からかうだ。先程見せたツッコミに引き続き実践に使えるまで形になってきた。からかいのテクニックは桐崎さんを見て覚えた。何事でも上手い人から技術を盗むのが上達するコツなのだ。
「ふーん。でも小夜さんって呼びにくいから小夜ちゃんでもいい?」
「えーなんかそれ子供扱いされてるみたいだから呼び捨てでいいよ」
「馴れ馴れし過ぎない?」
「大丈夫だって!私も在人って呼ぶからさ!」
「じゃあ小夜?」
「う、うん。小夜です」
やはり恥ずかしいのか、目線を逸らす。暗くてよく見えないが若干頬も赤いようだ。なんだその反応は。可愛いな。おい。そんな反応されるこっちも照れちゃうでしょ。ほんとはからかってやろうと思ったがそんな余裕はなかった。
「うん」
「えへへ」
小夜は照れくさそうに笑う。しばらくの無言が続くが、それはむず痒いものの、辛いわけではない時間だった。二人で並んで歩いていると、ちょうど道の向こう側にいつも小夜がメロンパンを買っている所と同じコンビニが見えた。
「ね、ねぇコンビニ寄っていい?」
「コンビニ?いいよ!私も寄りたいと思ってたんだ」
「よかった。」
二人でコンビニに入り別々の棚に向かう。僕はあらかじめ買うものを決めていたのですぐに商品を取りレジへ向かう。小夜はお菓子コーナーで何を買うか悩んでいるみたいだ。先に会計を済ました僕はコンビニを出て小夜を待つ。
「お待たせ〜」
「うん」
「これちょっと持っててくれる?」
と、言ってコンビニの袋を渡してくる。僕が袋を受け取ると背負っていたリュックからくまのぬいぐるみのようなペンケースを取り出し、中のマイネームペンを手に取った。そしてペンケースを鞄にしまう。
「ありがと」
「うん」
僕が袋を返すと、中から悩んだ末に買ったであろうチョコレートのお菓子を出して、その箱に何か文字を書き始める。書き終えたらニマッと笑い僕にそのチョコを差し出す。行動の意図が分からず頭にはてなマークを浮かべていると、チョコを僕の手に乗せた。
「今日お弁当作ってもらったりお見舞い付き合ってもらったりしたお礼」
チョコのは『ありがとう』という文字とよく分からない猫っぽいキャラクターが描かれていた。
「え?いいの?」
「もちろん!あくまで気持ち程度だけど受け取って!」
「ありがとう。僕もこれ、小夜にあげようと思って、はい」
僕は小夜の為に買ったメロンパンを彼女に渡す。
「え?なんで?」
「やっぱりうどんだけじゃ足りないと思って、もしいらなかった明日の朝ごはんにでもして」
「在人が食べようと思って買ったんじゃないの?」
「違う違う、僕メロンパンあんまり好きじゃないしね」
というか甘いもの全般あまり好きではない。しかし折角小夜がくれたので、このチョコは食べることにする。
「はっ。それは人生損してるよ。まじで」
「途中で味に飽きちゃうんだよ」
「食べたことある?ここのメロンパン。一回騙されたと思って食べみてみなよ」
「また今度ね」
「ふふふ」
「どうしたの?」
「いや〜二人とも同じこと考えたんだなって思ってさ」
彼女の魅せるいつもの子犬の様な笑顔ではなく、大人びた含みを持たせた笑顔が、僕の心拍数を跳ね上がらせた。何か言おうとするが声は出ても言葉にならない。
「えっと、そ、その」
「な………う………い…ね」
彼女は何が言ったようだが、ちょうど車が通って声はかき消されてしまった。
「え?なんて?」
「なんでもなーい。私の家すぐ近くだからもうここまでいいよ!今日はありがとね!」
「え、うん。ならここで」
「うん!ばいばい!」
彼女は手を振りながら行ってしまった。あの時、小夜さなんと言ったのだろう。さっきの言葉を聞き逃してしまったことを、もしかしたら、いつか後悔するかもしれない。そんな、来るかも分からない未来のことを考えながら僕は帰路につくのであった。
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