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「こうして、ホズ様は視力を失ったのです」
バルドルは自分の両目を傷つけた。その途端に、フリッグにかけられたルーンが作動し、ホズの目が負傷してしまった。バルドルには傷一つなかった。
「……愛と憎しみは紙一重だ」
「そうですね。バルドル様は本当にナンナ様を愛していたのです。そしてフリッグ様もバルドル様を愛していたのです」
フッラは辛そうにいった。
「世間ではホズ様がナンナ様を誘惑したなど言われたりしていますが……。お二人は良い友人だったように見えました。フリッグ様はこの一件でバルドル様への干渉が増えました。ナンナ様はひどく自分を責めているようです。バルドル様の心が安らかで居られるように、ずっと側についています。……バルドル様が取り乱されたのはこの一回きりです」
ロキは初めてホズに接触した頃の様子を思い出していた。今でこそ冗談も言い合えるが、初めは笑顔の一つも見ることが出来なかった。
「これで昔話は終りです」
一気に語り、乾いた喉をお茶で潤す。
それを待ってから、ロキが口を開いた。
「それじゃ、今の話をはじめようじゃないか。何かおきたのかい? オーディンが不在だ。フリッグが何か隠している気がする。おまけに君は僕に昔話をするんだ。何か起こってるんだろう」
「昨日、ホズ様がバルドル様のよくないお心を吸い取ったようです。ナンナ様の時以来初めてです」
フッラは元から話すつもりだったのだろう、ロキが尋ねるとすぐに答えた。
ロキは考えを巡らせた。オーディンの不在もきっと関係している。彼らは予言が出来る。きっと何かが動き始めている。ロキは何を考えても一つの結論にしか至らない自分に嫌気がさした。とにかく急いだほうが良いと思い、立ち上がる。
ロキはフッラの自室の窓を開けた。
彼が窓に足をかけたときには、もう元の姿は見当たらない。そこにいるのは今にも飛び立たんとする、鷹だ。
「ロキ神……どうか、あの子を」
「僕に期待するようじゃだめだよ。フッラ、君はもう少し賢いと思っていたんだけどな」
「私には現状を変える勇気がないのです。逆らうことも怖くて出来ない。臆病者です」
「皆そうさ。この世界はもう……」
「……もう?」
「いや、なんでもないよ」
言葉を濁し、鷹は飛び立っていった。