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誰もが光の神、バルドルの誕生を祝福した。万物の父であるオーディンと最高位の女神であるフリッグの嫡男。彼は彼自身が白く光り輝いていた。シルクのような銀糸の髪と睫毛、雪のような肌、他のどの神よりも彼は美しかった。
バルドルはオーディンの後継者として大いに期待された。母であるフリッグは他の誰よりもバルドルを愛した。
しばらくしてフリッグは第二子をもうけたのだが、そこから悲劇は始まるのである。
彼女はバルドルの地位が、弟によって脅かされることを恐れたのだ。
「どうしましょう、フッラ。このままではバルドルが……」
「落ち着いてください。フリッグ様。バルドル様は第一子です。フリッグ様がご心配なさるようなことはありません」
「いいえ! 兄弟だからこそ危ぶまれるのです!」
「フリッグ様。この子はきっとバルドル様を助けてくれますわ。かつてオーディン様がご兄弟で世界を創造なさったときのように。お二人で協力してこのアースガルドを立派に治めてくれるはずです」
「フッラ……」
「足りないところを埋めあうのです。バルドル様に足りない力はこの子が補ってくれますわ」
フッラは美しい兄弟愛を説いたつもりだった。
「そうね……補わせればいいのだわ」
「フリッグ、様?」
「この子にバルドルの罪を負わせましょう!」
「フリッグ様!」
フッラはフリッグが自分とはまったく違うことを考えていることに気がついた。しかし、時はすでに遅い。フリッグの心はもう固まっていた。
「バルドルの迷い、疑い、偽善、悲しみ、憎しみ……。全ての悪い心をこの子に負わせるのです! これでバルドルはどの神にも負けない完全無欠の神になります!」
フリッグは賢い。
時にはオーディンの舌を巻かせるような弁論をすることもある。フリッグは知っていたのだ。王位を争う兄弟というものの危うさを。
おなかの子供にルーンの魔法をかける。
ホズが、バルドルの生贄になった瞬間だった。
バルドルは完璧な神になってますます神々に愛された。
ホズが彼の負の感情を吸っていた。それは苦痛を伴った。吸い取る感情が激しいものほど痛みは増すのか、赤子のホズは時折激しく泣いた。フッラは泣き声が聴こえるたびにホズを腕に抱いた。小さな命がもがき、苦しむ姿は彼女には耐えがたいものだった。自分が守らねばならないという使命感を抱き、昼夜を問わない赤子の世話に明け暮れた。
ホズは華奢で、顔色も青白かった。一時は生命を心配されることもあったが、フッラの献身な世話により順調に成長していくことができた。痛みに泣き叫ぶ回数も徐々に減っていった。
やがて、吸い尽くしたのか、バルドルの感情が流れてくることはなくなり、ホズの成長も止まってしまった。
バルドルの心の闇を吸いすぎたのが原因と思われたが、詳しいことは分からなかった。
事実など知る由もない神々の間では、うわさが飛び交った。ホズがフリッグの寵愛を受けられないのは失敗作だったからだと。兄とは違って役に立たないのだと。
神々はホズを避けた。いくつになっても少年のままのホズを気味悪がった。立場をなくしたホズはやがて離れに追いやられた。そこは名のない館と呼ばれるが、館と呼ぶのにふさわしくはない粗末さだった。何人かの従者はつけられたが、オーディンとフリッグの実の子としての扱いとしては妥当なものではない。
ホズは自分の運命を受け入れているようだった。子供特有の大きな瞳は輝くことはない。そんなときだった。彼の前にナンナという女神が現れたのは。
ナンナはホズを一人の神として扱った。