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深夜、ホズは全身を激痛に襲われ目を覚ました。内側から侵食していき、何者かが体の中を突き破ろうかと暴れているような痛みだ。声にもならないうめき声をあげ、ベッドの上でもがき苦しむ。この苦痛から解放されるときには、自分の生命も一緒に終わりを迎えるのではないだろうか。いや、解法されるのなら、と弱気な思考がホズを支配していく。
やがて、症状は落ち着いた。
肩で息をする。まだじくじくと疼いている。
ホズは従者達があわただしく館を走りまわっている音を朦朧とした意識の中で聞いた。どこか遠くの出来事のように思えた。
重たい腕を持ち上げて己の身体をゆっくりとさする。どこにも新しい傷の感触はない。ホズはこの痛みを知っている。ずいぶん昔。まだ、目が見えていた頃と同じものだ。視力を失ってからはすっかりなくなり、今の今まですっかりと忘れていた。
「バルドル、お前はこれ以上ぼくから何を奪うっていうんだ……」
ドアが叩かれる。
ホズ様、と声がかかると同時に扉は開かれた。バンダナで短い金色の髪をまとめた女性が部屋に入って来る。
ホズはその無礼な行為を咎めず、「生きてるよ」、とだけいった。声の主を知っていたからだった。
「フッラ、君はフリッグの侍女だろう」
「私が貴方の心配をしてはいけませんか?」
フッラはホズのいるベッドに静かに足を進める。
「……よろしいですか?」
そう尋ねてからそっと彼の手に触れ、ゆっくりと握る。自分より小さな手を。まるで自分が傷ついたように辛そうに顔を歪めて。
「貴方は私がお仕えするフリッグ様の子供です」
「フリッグの子供はバルドルだけだよ」
ホズはフッラに顔だけ向けて、無感情に言った。いつの間にか息も整い、痛みも消えていた。
「そんな……」
「君はフリッグのお気に入りだ。わかるだろう? 彼女のバルドルへの愛は異常なほど深い。いや、彼女たち、といったらいいかな。オーディンもそうだ」
「それではホズ様があんまりです」
「めったなこというもんじゃないよ。フッラ。フリッグの侍女という立場を忘れるな。誰が聞いているか分からないんだ。他人を蹴落としたいやつなんていくらでもいる」
フッラはまだ何か言いたげだったが、ホズがそれを許さなかった。
「お怪我はないですか」
「ないよ」
「え……?」
彼女は予期していなかった言葉に目を丸くした。ホズに許しをもらい、彼の身体を調べる。あちこちに残る古傷を見て、彼女はまた心を痛める。しかし、目はそらさなかった。
「本当にないわ」
フッラの顔色が青ざめていく。
「フッラ」
ホズは彼女の不安を感じ取ったのか、やさしく彼女の名を呼んだ。
「まさか……。まさか、バルドル様、また、ナンナ様のときみたいに……?」
ホズはフッラの言葉に笑みで答えた。見ているほうがなきたくなる、悲しい笑顔だ。
ナンナ、とホズは呟いた。それとともに昔の感情がほろり、ともれる。彼はひそかに思いを過去に馳せる。しかし、どんな楽しい記憶も今は全て悲しみにしかならなかった。
ホズは『目が見えなくてよかったのかもしれない』とすら思うのだ。
ナンナ。彼女をもう一度目に映すのは辛すぎる。