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「ねぇ、ところでさ……目の方はどうなんだい?」
「えっと……」
ロキは再び尋ねた。
今更目が見えたところでどうするのか。ホズは心の中で毒づく。
ホズは目が見えない。しかし、生活には困っていなかった。従者もいるし、長い間そうやって過ごしてきたため、慣れていた。
「そりゃあ見える方がいいけど……」
ホズが言葉を濁す。
するとロキはホズの手を取って、まくし立てるように話し始めた。
「だよね! 君ったら僕の顔を長い事見てないしさ。金の稲穂のような美しい髪、長い睫毛。知性をひめた瞳は光の加減で何色にも輝く。こんな美形とお話しているのに、目にする事ができないなんて、君はなんて可哀想なんだ!」
ホズの力が抜けた。ロキはと言えば、胸を張って自信満々である。ホズは無神経さに腹が立った。自身の『目』の話題を出すものだから、身構えていたのだ。それなのに、聞かされたことと言えば自画自賛であったのだから、無理はない。
「神様なんてほとんどが美形だっていうのに……よく言うよ。知らないの? 君はただの女男だって、陰口言われているのを」
「それは女に縁のない男どもが喚いているだけだろ。中性的だと言ってほしいね。それに男は完璧すぎない方が、女性はそそるものさ」
多少棘のある言い方であったのだが、ロキには通じないようだった。本気でそう思っているような口ぶりだ。おそらく、自分の魅力によほどの自信があり、他人からの評価も受けなれているのだろう。
ロキはいったい何を企んでいるのだろうか。聞いてしまえば厄介ごとに巻き込まれるだろうと考え、ホズは自分から話題を蒸し返すのはやめた。嫌な予感がしたのだ。
「……まあいいけど。奥さんいるんだから慎もうよ」
ため息をついて、当たり障りのないように受け答える。多少の苛立ちは我慢した。ロキに向けたところで意味がないからである。
「相手から僕を求めてくるんだからしょうがないよ」
「はいはい。じゃあぼく帰るよ。自慢話はたくさんだ」
「待って」
立ち上がろうとするホズの腕をロキが掴む。
「目が見えるようになりたいんだろ」
ロキの眼が紅く光る。
「……どちらかといえば見えた方がいいよ。でも、眼球に傷があるんだ」
「人すら作れる神なんだ。眼球くらい作る方法はあるだろ」
確かにそうだ、とホズは思った。しかし素直にロキに耳を傾けはしない。
「ロキは何を企んでいるの? ぼくは巻き込まれるのはゴメンだからね」
「僕は何も企んでないさ」
ロキが肩をすくめて白々しく言った。ホズが不愉快そうに眉根を寄せた。
「近頃、退屈でね。思い付きだよ」
ホズは腑に落ちなかったが、それ以上ロキが何も言わないことを知っていた。
「ね、僕が君に世界を見せてあげる」
「……好きにしたらいいよ」
そういう口説き文句はご婦人にしてこそふさわしい。ホズは彼の言葉がひどく陳腐なものに思えて仕方がなかった。
世界ならとうに見ていた。楽園に隠されている、世界の真の姿を。
ホズの表情が、醜くゆがんだ。ロキはそれを決して見逃さなかった。




