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北欧神話は語られない  作者: エイカ
ラグナロク
16/18

2

 世界を見渡せる玉座。フリズスキャルヴにオーディンは座っていた。変わりゆく世界をその眼で静かに傍観しているのだ。世界の崩壊、ラグナロクを予言されて、ただ指をくわえて見ていたわけではない。その予言がなされてからというもの、あらゆる可能性を考えて備えた。知識を求めて世界中を回っていた。沢山の知識を得たが、得た知識全てがラグナロクは避けられぬと教えていた。絶望の二文字が色濃くなる。あらゆる策をつくしたが、バルドルの死すら防ぐことができなかった。オーディンは己の隻眼を鋭く細め、事の原因であるロキに焦点を当てる。幽閉したものの、未だロキは油断ならない存在であった。


 ロキはかつて、オーディン自身が旅先で見つけて、神々の仲間として迎え入れた。不思議な存在であった。まずは眼を引く容姿。女とも男とも取れる美しさは人を魅了した。神ではないと言うので、それならば何だと尋ねてみればロキは分からぬと答えた。質問を繰り返している内に知識の多様さも窺えた。何より驚いたのは魔力である。見ている間に色々なものへと姿を変えて行くのだ。これは面白いと、連れ帰ることを決めた。この才能を他の勢力に渡すのは恐ろしいと思ったというのも一理ある。兄弟の契りを交わし、自らの弟としたのだ。


「オーディン、旅に行こうよ」

「またか、お前も随分旅好きだな」

「だって、退屈なんだ。オーディンだって平凡な日常は嫌いだろ?」


 オーディンは神々の最高位であり、恐れられる存在であった。その自分に対して気さくな態度や、物怖じしないところ、媚びないところが一緒に過ごして心地良かった。本当の兄弟よりも、息子よりも過ごす時間は多くなっていた。ロキは理解者であり親友であった。己の知識欲を理解してくれる。飢えを理解してくれる。唯一の理解者であったのだ。

 そのロキは今、己の命によって幽閉されている。

 一体どこで狂ったのだろうか。


「ロキ、何故裏切った。わしが何をしたというんだ……」


 ロキにその呟きが聞こえることはない。

 友の変貌に嘆いているのはオーディンも同じだったのである。


 ロキから眼をそらして、世界を見渡せばそれは荒れ果てたものだった。

 眼を逸らしたくなる景色が広がり、何処を見ても似たり寄ったりで苛立ちが止まらない。人間の国では戦争が絶えず、人が死に街は荒廃していった。冬の中の冬がやってきて、夏を挟むことなく、身を斬るような霜、刺すような風が大地を凍えさせた。太陽の光など全く無意味なものである。巨人たちも今にもアースガルドへ乗り込んできそうな勢いであった。次に彼らがやって来るときは、小さな戦争では終わらないであろうことは誰もが予感していた。崩壊へと向かっていく世界に、何も出来ないのが腹立たしい。ラグナロクの始まりを待つ事しかできない神々は、一体どうしろというのだろう。


 オーディンは黙ってそれを見続ける。最後の戦いの始まりを、静かに待っていた。勿論負ける気などはなかった。ラグナロクに打ち勝ち、再び世界を盛り立てていこうと決心していたのだ。

大地が揺れる。巨大な木々が倒れ、山々は揺れてその姿を保てずに崩れ落ちて行く。

大地のわななきと共に、全ての呪縛が解かれていく。かつて封印した怪物たちも。地下に幽閉された、ロキも。


 危険を知らせる角笛が世界中に響き渡る。

 オーディンは覚悟を決めて立ちあがる。


「神々と、兵士たちを全て集めさせよ」


 従者に告げると、黄金の兜と輝く鎧を身に着け、己の武器である槍『グングニル』を手に馬へ飛び乗った。集会場に向かえば、既に戦争の準備を整えた神々がそこに集結していた。その表情は覚悟を決めたものであり、迷いは窺えない。オーディンは整列する神々の前に立つと、朗々とした声で言った。


「勝利は我が神々の手に」


 群衆から声が上がる。鳴り響く角笛の中、それぞれが配置につくべく散り散りになる。それが最後の顔合わせだろうと誰もが予感していた。しかし、誰も口にはしなかった。彼らの眼には闘志がある。 

こうして、ラグナロクは幕を開けたのである。


 そこからの展開はひどいものだった。

巨人がついに攻め込んできて、死者の国からは亡霊が逃げ出し、火の国からは炎の風が吹き出して世界を燃やそうとしている。世界中が混乱し、神も巨人も、次々に命を落としていった。最早、自軍の誰が生き残っているのか、どちらが優勢なのか誰も分からない。

 ロキもまた、剣を振るいながら自分の最後を感じていた。受けた傷から流れ出る血、上がる呼吸、霞んでくる視界に限界を覚えた。


 ロキは自分の最後で最大のペテンについて考えた。おおむね成功と言える。ただ、惜しいのは最後まで自分の目で結果を見られないことだった。ラグナロク、そして再生のその時まで。


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