1
「探したぞ。女。お前は預言者だな」
鬱蒼とした森の中、老人の朗々とした声が響いた。オーディンである。
彼はアースガルドからは気の遠くなるような世界の隅、死者の多くが埋葬される塚にいた。馬に乗ったまま、ある墓石を見下ろしている。
彼の口が動き、何事かを唱える。すると土の中から亡霊が現れた。
「そろそろ訪ねてくる頃だと思っていた。世界の創造主、オーディン」
人を形どった煙のようなものが、薄気味悪い笑みを浮かべている。声は洞窟で喋っているように反響して聞こえた。
「ふん。その様子ならわしの要件は分かっているな。わしの質問に答えてもらおう」
「バルドルか? 一人の神にずいぶん執着するのだな。お前も、フリッグも」
「わしの質問に答えろ」
オーディンの片方の目が鋭く光る。
風が止み、動物も黙ってしまうが、亡霊は臆さずに口許の笑みを隠そうともしなかった。
「いまさら私に何をきく。己の目で確かめたのだろう」
「質問に、答えろ」
軽薄なで挑発ともとれる態度をするそれに、オーディンが地に這うような声で言葉を放つ。
空を雷が切り裂いた。
亡霊は黙らざるを得なかった。静かになった亡霊を見ると、オーディンは淡々と質問をしていった。
「バルドルが夢を見る。わしも見た。死者の館が黄金で飾られているのだ。なぜだ?」
「全て家主がバルドルに用意させたものだろう」
「誰が殺した」
「お前の盲目の息子だ」
「誰が復讐する」
大人しくオーディンに従っていた亡霊が、火をおこしたように膨れ上がり、揺らめき踊った。
「お前の子供だ。お前の子供はお前の子供に殺され、その復讐をまたお前の子供がするのだ。醜悪なお前にピッタリだ。お前は全能なんかじゃない。その片目はホズよりも機能していないようだな。お前はお前の醜
悪さで、バルドルをヘルにささげるのだ!」
火力をあげ、山火事のように亡霊が広がりオーディンを取り囲む。オーディンは暴れる馬の手綱を引き、憎々しげに亡霊だった者を見下した。
「ぬかった。貴様、邪神の女だな。貴様を起こすとは何たる不覚」
「あの人が邪神なら貴様はなんだ。帰るがいい。私のかわいい子供がお前の歓迎をはじめないうちに。ああ残念だ。ラグナロクの前に貴様に殺されてしまったのが」
「黙れ」
オーディンが手を掲げ、振り下ろす。亡霊は消え失せた。
オーディンの頭には亡霊が放った言葉が何度も反芻された。『バルドルに用意させたものだろう』と。バルドルに危険が及んでいる。
オーディンは帰路を急いだ。危険が差し迫っている。一時でも早く準備をしなければならなかった。




