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暖かい風が吹き、小鳥たちがさえずる穏やかな気候の昼下がりだった。少年が草原に立ち、肩に掛かる長さの髪をなびかせている。色は黒で少し外はね気味だ。
彼がゆっくりとしゃがむと、年頃のわりに細い腕を伸ばし、周囲を探っていく。やがて、木の枝に手が触れ、動きをとめた。指で枝をなぞり、狙いをつけて掴む。
立ち上がり振りかぶって投げると、枝は彼の線の細さからは想像がつかないほど遠くに飛んでいった。風を切る音が遠ざかると、彼は一息ついて草の上にゆっくりと腰を下ろした。硝子のように澄んだ水色の瞳は、どうやらあまり機能していないようだ。
盲目の少年、名前をホズと言う。
ホズがいる草原はアースガルドという国の中にある。
ここは神々が住んでいる国だ。気の遠くなるような高い塀が国境をぐるりと囲んでいて、まず敵に攻め込まれる心配がない。中にいれば外でたびたび戦争が起きていることすら忘れてしまうような平和な国だ。ホズもこの国に産まれた神の一柱である。アースガルドを統べる最高神オーディンとその正妻であるフリッグの間に産まれた『二番目』の息子だ。
明るかった視界に黒い影が映り込み、ホズはその方向へ顔を向けた。人影だった。
人影はホズの前にしゃがみ、両手をゆっくりと伸ばしてホズの頬を包んだ。頭を寄せてきて、額を合わせる。それから穏やかな声で甘く囁いた。
「目が見えるようになりたいとは思わないかい?」
ホズは眼を見開く。
囁かれた言葉は誰が聞いても無神経であろうものだった。相手の意図が汲めずに、暫く押し黙る。
「……不躾にも程があるよ、ロキ」
そう言って、少々強めに押しのけた。
ロキ、と言われた彼は身を引くと、ホズの隣に座った。
「いやだなぁ。君と僕との仲じゃない」
ロキはそう言って肩をすくめた。
「……調子の良いやつ」
ホズはため息を吐き、呆れた様子だ。
腹を立てたりはしない。ロキの言うことは本気で相手をするものではないと身に染みて分かっているからだ。彼の発言や行動はいつだって突拍子もなく、とんでもないことばかりだった。
ロキは神界の問題児である。
退屈が死ぬほど嫌いで、いたずら好き。自分が面白いと思えば何でもやる。後先なんて考えもしない。今が楽しいかどうかだけかを考えて動いているようだった。それが数々の事件を引き起こし、悪いことも結果的には良いことも色々起きた。そしてこのトラブルの規模は大変質の悪いことに、神界全体を巻き込むことも多い。
二人で話す仲になったのもロキの気まぐれがもたらした結果である。昔は面識こそはあるが、私用では会話をしたこともない程度の顔見知りであった。たとえ回廊ですれ違っても互いに声をかけることもなかったのだが、ある日突然、ロキはホズに声をかけた。その時のことを振り返えっても、ホズは未だにロキの意図が分からないままだ。