第六話 記憶の透過
「あれ……電話?」
翌朝、スマホを見ると、二件ほど夢路から着信があることに気づいた。着信があったのはおよそ三時間前である、午前四時。夢路も陽大も、いつもその時間帯に起きていることはないため、こんな早くに着信があることなんて初めてだ。
不思議に思いながらも、陽大は指を動かし、夢路の番号にかけ直す。
プルルルル、プルルルル、プルルルル……
呼び出しのコールが鳴る。そして、すぐに――
――この電話番号は、現在使われていないか、電波の届かないところにあるため、お繋ぎすることができません――
「……え」
返ってきたのは、夢路の明るい声ではなく、そんな無感情な言葉だった。夢路が電話に出ない。夢路が倒れたあの日の記憶が、陽大の頭を駆け巡る。番号が使われてないなんて、ありえなくないか?かかってきた番号にそのまま返しただけだぞ……?
念の為もう一度かけてみるが、先程と同じ言葉が陽大の耳に入るだけだ。明らかに、何かがおかしい。陽大は寝間着から着替えて外に飛び出し、隣の夢路の家のインターホンを鳴らそうと、して――
「あれ……?」
表札に、『陽本』の二文字がないことに、気づいた。
「どう、なって……」
陽大は不安と焦燥を顔に浮かべ、夢路の家のさらに隣の家のインターホンを鳴らす。
数秒ほどで住人から応答があった。
「はーい?」
「っあ、あの、隣の家の陽本夢路さんって、引っ越したん、ですか?」
何も言わずに突然引っ越すなんてありえないと思いながらも、恐る恐る尋ねてみる。しかし返ってきた答えは、陽大の予想のはるか斜め上を行くもので。
「ひのもと、ゆめじさん?えーと……それはどちらさま?」
――『陽本夢路』という存在は、すでに相手の記憶から消えていた。
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