とあるゲイの葛藤
夜中にふと目を覚ました香坂佑は、寝る前には確かにあったはずの温もりが無いことに気付いた。寝ぼけながらベッドの中をごそごそと手で探るがやはり見当たらない。
そっと身を起こし隣を見てみたがやはり、そこに彼のすがたは無かった。一瞬、昨日の夜のことはすべて夢だったのかな、とも思ったがそっと彼がいたはずのところに手を置くとまだほんのりと温かく、そこに彼は確かにいたのだということを物語っていた。
佑は、ベッドから出て辺りを見回すがどうやら彼はいないようだ。ぼんやりと夜中のことを思い出しながら崩れ落ちるようにしてベッドに身を任せた。
前もそうだった。朝目を覚ませばきっとなにもかもうまくいって彼が笑顔でおはよう、朝ご飯一緒にたべよう、とか起きるの遅いぞほら、とかそんな甘い言葉をかけてくれて僕も、ごめん、一緒にたべよう、とか軽く返して幸せな生活が始まるなんていうのは所詮妄想にしかすぎなくて辛くて苦い現実が待っているのだ。
本当は自分がこうなるのはわかっていたはずだ。でもやはり、このなんとも言えない虚しさには慣れない。寝ぼけた身体を起こし、佑は顔を洗うために洗面所へと向かった。
香坂佑はゲイである。
彼が自分でそう気付いたのは中学生のときだった。周りの友達が皆、美人な女子の先輩や同級生の可愛い女の子のはなしをしていてもいまいち興味が持てなかったのだ。
そればかりか、いつも考えていることといえば、幼馴染の御園昴のことだった。昴とは幼稚園の頃からの馴染みで、友達以上でも以下でもないといった関係だったのだが、佑が昴を想う気持は日に日に大きくなっていった。
その頃には既に佑自身、自分は男が好きな『ゲイ』でこの昴を想う気持ちは恋などだと気付き始めていた。
だが今まで友達だと思っていたやつ、しかも男から告白される側の気持ちを考えると佑はどうしても自分の気持ちを昴に伝えることは出来なかった。
日に日に積もっていく恋心に息苦しさを感じていたある日のこと。昴からちょっと話したいことがあるんだけど、と言われた。まさか、と思い焦りを感じながらも、まさかそれはないだろうと考える。
しかし、昴から告げられたものはそれ以上に佑に衝撃をあたえた。実はさ、すきな奴ができたんだよ。ほら、お前と同じクラスのミキ。んで、あいつも俺のこと好きかもって聞いて告白しようと……
佑の頭の中は真っ白になった。
今まで昴は、見た目こそ遊んでいるように見えるものの、女の子と遊ぶことなどなかったし、彼女もいらないとよく口にしていた。
佑は無意識のうちに安心していたのだ。昴に想いを伝えることは出来なくても昴が誰かのものになることは無い、幼馴染として一番近くにいられるのだと。
…佑?不意に彼が佑の名前を呼んだ。そして、彼は佑に頼んだ。告白に失敗したくないからミキに本当に俺のことが好きなのかを確認してくれないか、と。お前しかこんなこと頼めるやついないんだよ、と佑に懇願の眼差しをむける。
佑には最早断るという選択肢は無かった。
不意に脳裏に今俺が告白をすればもしかしたらという考えがよぎったが、昴をみて、ああそれは無理だと気づいた。