問題篇
枝野俊介の亡骸をソファにそっと横たえた。腹部には果物ナイフが深々と突き刺さり、枝野の両手がナイフの柄をしっかり握っている。テーブルを挟んで遺体の正面に回り込み、不自然さがないことを確かめて床に落ちたチェスクロックを拾い上げた。ゲームは1時間前に中断されたことになっているため、時計の針を辻褄の合う時間に戻しテーブルの右側に置く。これで完璧だ。ゲームの最中、私は緊急の電話が入り席を立ったが、1時間後に部屋へ戻ると枝野は近くにあった果物ナイフで己の腹を刺し自殺を図っていた――という筋書きである。
通報してすぐ警察がやって来た。篠田という中年刑事を相手に、枝野には自殺の動機があったことをそれとなく仄めかす。彼は有名なチェスプレイヤーだったが、ここ数年はめっきり腕が鈍っていたこと。「俺のチェス人生はもう終わりだ」とひどく落ち込んでいたこと。
「ゲームは枝野さんが後手だったのですか」
コートを無造作に羽織った一見刑事らしくない男が声を上げた。たしかに枝野は黒の駒で後手だったため、私は素直に頷く。コートの男は思慮深そうな顔を私に向けると、
「ところで、枝野さんは左利きでしたか」
「いえ、私も彼も右利きですが。それが何か」
「となると、枝野さんは何者かによって自殺を装い殺された可能性が高いですね」
私はぎょっとして男を見返した。
Q:自殺の偽装工作はなぜ見破られたのでしょう?




