表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

第一章 京の都の妖命断つ者

悠良(ゆうら)〜、例の騒動に関しての書類まとめ終わったー?」

 私はその声に、握っていたガラスペンをカタリと置いた。

 長いデスクワークにも似た書類まとめの仕事のせいで凝り固まった身体をぐーっと伸ばしてみる。

「お疲れだねー…あっ、これ飲む?李月(りつき)の特製ココア」

「んーもらう…」

 横から笑いながらココアを差し出してくれる彼女。

 彼女の名前は桜花(おうか) 有奈(ありな)

 私の第一補佐についてくれている頼もしい相棒だ。

「にしてもあの騒動凄かったらしいねー…」

「あぁ…まぁ、実際には見てないからあんまりわからないけど…」

 私はそっと、書類に書かれた鬼神(きじん)という文字に触れた。

鬼神(きじん)との対戦…冷乃はどうやってほかのあやかしも相手にしながら倒したんだろうって思ってたけど、普通の人間も駆使してたとは…」

 予想外だった。

 だって相当の運がなければ鬼神を祀る神社の人間をあの時代に呼ぶなんていうことできないから…

 そして私は書類の一番下に、「妖退治軍 二代目幹部 リーダー・久世(くぜ) 悠良(ゆうら)」と自分の名を書き、有奈に手渡した。

「はい、OK…っと」

 それを受け取った有奈はその下に「リーダー第一補佐・桜花 有奈」と付け足して、持っていたクリアファイルに入れると、ふぅ、と一息ついた。

「とりあえずお疲れ様。あっ、そういえば来客が一人、悠良に。なんでも医療部隊に配属希望らしくて」

「医療部隊か…」

 我々が所属する組織は、妖退治軍(あやかしたいじぐん)と呼ばれる、あやかしや神々相手に戦い、それらに干渉する軍だ。

 中でも第一先攻部隊、第二先攻部隊、医療部隊、技術部隊の四つに分かれており、各部隊の隊長と軍全体のリーダーが幹部と呼ばれている。

 ちなみに幹部は、第一先攻部隊長の八瀬(はせ) 李月(りつき)、第二先攻部隊長の椿木(つばき) 里胡(りこ)、技術部隊長の楢野(ならの) 水美(みなみ)、そして私の五名。

 見ての通り医療部隊には隊長がいないため、まとめるのが難しい部隊だ。

「その来客が凄腕の医療関係者であるなら、ぜひ隊長になって頂きたい…」

「確かにそうだね…まぁ、会ってみて会ってみて。応対室に見えるから」

「了解〜」

 私はすくっと立ち上がり、着物の裾を直すと、幹部室を後にした。



 *



 ここ最近で、妖退治軍は変わった。

 初代の頃は幹部なんて制度なかったし、総員五名のみで上手く回していた。

 それを思えば、中庭で第一先攻部隊員が隊長の李月と、第二先攻部隊長の里胡に教えて貰いながら稽古をしていたり、技術部隊員が水美と一緒に札の勉強をしていたりする姿が見えるようになったのは、大きな発展である。

 そして我々の拠点はここ、京都の花街にある。

 人々がみな遊び呆ける街というので目をつけ、拠点を置いた。

 麗しい舞妓や艶やかな芸妓に気を取られて、あやかしなんぞ気にもしなくなる。

 そんな場所のほうが好都合だった。

 それなりに大きな屋敷を建ててあるため、中の移動は初めは少し手間取る。

 でも慣れれば簡単なものだ。

 私は玄関に一番近い部屋の前に来て戸をノックし、「失礼します」と部屋に入った。


 中に入ると、白の洒落たトップスに水色のフレアスカートを身につけた大学生くらいの女性がソファに腰掛けていた。

 こちらに気づくと、頭の高い位置で結われた長い綺麗な黒髪をさらりと揺らし、奥の深い黒をした瞳を細めて小さく礼をした。

「リーダー様のお目にかかれて光栄ですわ」

「いえいえ、そんな」

 彼女はこちらの訛りが入っていない、東の国の言葉を薄い唇から鈴の音のような声で紡いだ。

 我々も西国(さいごく)で過ごしているが、もともとは東国(とうごく)の出の者がほとんどなので、その聞きなれた言葉遣いに少し緊張がほぐれる。

 私は彼女とテーブル一つを挟んで向かいのソファに腰掛けた。

「改めまして本日は花街、そして妖退治軍本部にお越しいただきありがとうございます」

「ご丁寧にどうも。東京のほうから参りました、静野(しずの) 沙良(さら)と申します」

「沙良さんと言うのですね、私は妖退治軍二代目幹部のリーダー、久世 悠良です」

「あら、わざわざ偽名ではない方でお名前を教えて下さるのね」

(…!?どうして偽名のことを……)

 私は沙良の言葉にぎょっとした。

 だって、妖退治軍の幹部が戦闘の際に相手に名を知られないように使う偽名のことを知っていたのだから。

「そういえば、もうあの桜花さんから聞いているかとは思いますが、私こちらの医療部隊に入隊希望なんです」

「え、あぁ、そうでしたね」

 私はハッと顔を上げると、沙良の経歴などについての話を聞いた。


 まず最初に聞いたのは彼女の大学の話。

 東京にある桜葉(さくらば)大学に通う、医学部の上の方の人間であるという彼女は、医学の知識は豊富そうだった。

 そして次に聞いたのは……

 あやかしや神々が見えるという話。

 小さい頃から物の怪の類とも触れ合ってきたという…

(これなら…今の医療部隊の中では恐らくトップの実力持ちだ…よし、)

「沙良さん、あなたの医療部隊への入隊、許可します」

「本当ですか…!それは嬉しいですね」

 話を聞いている限り、これは間違った選択ではないだろう。

「そしてもう一つ、あなたに医療部隊の隊長を担っていただきたい」

 これもまた間違ってはいないであろう選択。

 医療部隊に隊長が欲しかったのも事実であるし、沙良の技量がトップレベルなのも事実なのだから。

「…そんなお偉い立場、よろしいのですか?」

「まぁ、今の医療部隊に隊長はいませんし、聞いている限り、あなたが適任かと判断したまでです」

「そんなことでしたら是非。私でよければよろしくお願いします」

 意外にもすんなりそれを受け入れてくれた沙良はにこりと微笑んだ。

「こちらからもお願いしますね。さて…あっ、もう敬語使っていただかなくて大丈夫ですよ」

「ふふ、わかったわ。あなたもよ?」

「それは勿論」

 沙良の入隊が決まったところで、じゃあこれ、と私は入隊手続きの紙とペンを差し出した。

 彼女は可愛らしい丸文字でスラスラと必要項目の記入を済ませてサインをすると、すっと立ち上がり、

「じゃあ早速私からお願いがあるの。今の医療部隊の見学、させていただけるかしら」

 と言って目を輝かせた。

 なるほど……確かに設備やら隊の方針やらは気になるか。

「わかった、じゃあこっちに。あっ、別館にあるから少し遠いよ」

「それなら平気、安心してちょうだい」

 足腰は強いわよ、と意気込んで足踏みをする彼女。

 実際にたって並ぶと、その背の高さと抜群のスタイルの良さに思わずふらつきそうになった。



 *



「ここが医療部隊の医務室」

 応対室から中庭に抜け、渡り廊下を渡ったところにある部屋を指さし、私は医務室の戸をノックした。

「入るよ」

「はーいどうぞ〜」

 中からはいつもと同じ、高い声が聞こえてくる。

「お邪魔するわ」

 私は沙良と一緒に部屋に入ると、中にいた少女に声をかけた。

「この子は久世 小百合(こゆり)。私の妹だよ」

 私はぽん、と小百合の頭に手を置く。

 そのまま撫でると、ピンク色のおかっぱヘアーと、頭の両サイドの花の付いたリボンを揺らしてぴょこんと跳ねてみせた。

「小百合です〜、あなたが有奈ちゃんが言ってたお客様?」

「こゆ、お客様じゃなくて沙良だよ、静野 沙良。それに、沙良はお客様じゃなくてさゆ達の隊長になったの」

「実はね。よろしく、こゆちゃん」

「そうなんだ〜!えへへよろしく沙良ちゃん!」

 そうして自己紹介をお互いが終えると、二人はすぐに仲良くなった。

 小百合が沙良に、物の場所やら今の医療部隊のルール、仕事やらを教えている。

「じゃあ私はもう行くから。二人とも仲良くやってね?」

「「はーい」」

「それと沙良、六時半にみんなで食堂で晩ご飯食べるから、花街歩いててもいいけどその時間には戻ってきて」

「わかったわ」

 そうして私は仲良く医術の本を読む二人に手を振って、地下の、とある秘密の部屋へと足を運んだ。



 *



 ……いつ入ってもここの空気はなんだか気味が悪い。

 あれから私は、幹部室にある隠し扉を通り、地下への階段を下り、この場所に来た。


 ここは妖退治軍の幹部が妖力を供給する場所。


 そして…

 関西大妖怪であり日本三大悪妖怪のうちの一角である、酒呑童子(しゅてんどうじ)の角、そして大妖怪・玉藻前(たまものまえ)の四尾が祀られた場所だ。

 酒呑童子の角は、彼の義弟である茨木童子いばらきどうじと彼が、とある理由で戦っていた際に偶然拾ったもの。

 玉藻前の四尾は、初代妖退治軍が奮闘し、引き抜いた九尾のうちの四尾。

 どちらも超上級あやかしのものなのだから、持ち主のもとを離れたところで簡単に宿った妖力は消えやしない。

 ただ…

「もっと言ってしまえば、確か超上級のさらに上の、最上級あやかしの鬼神(きじん)のものが欲しかったんだよね…」

 そう……鬼神。

 彼は現世(うつしよ)隠世(かくりよ)のあやかし達の頂点に君臨した鬼。

 その力は、名の通った神々でさえも恐れおののいたという程のもの。

 そんな奴のものを取ろうなんて、私なら何度生まれ変わっても到底無理だ。


 しかし過去に、奴は倒された。

 しかも我々妖退治軍でも陰陽師でもなく、ただの人間に。

 元人間の鬼だったからこそ、というのはあるかもしれないが…

「倒された…って言っても、最近妙に東国の連中の様子がおかしいところを見るに、復活する…とかあるのかな?」

(いやいやいやダメだ。奴が復活したら大変なことになる)

 私はぶんぶんと頭を横に振り、気を取り直すと、角と四尾の祀られた祭壇へ近づいた。

 ここには、今は亡き私の師匠・冷乃(れの)と、同じく里胡の師匠・麗生(りせ)、そして水美の師匠・波奈(はな)、李月の師匠・雷飛(らと)、有奈の師匠・煇利(きり)の、初代妖退治軍幹部五人が命をかけて結んだ結界が張られている。

 この結界には通常あやかしも、神でさえも触れることはできない。

 唯一触れられるのは、張った術者の後継ぎである、弟子の私たち五人だけだ。

 私はそっと右手を角と四尾に伸ばす。

 目を瞑って気を集中させると、周りの妖気が揺らめき、角と四尾から紫色の煙状の妖気が渦を巻く。

 その空気の変動を感じ取り、そっと目を開け、掌を向けると、そこに渦巻く妖気がすうっと私の掌へと吸収された。

 それを確認してからぎゅっと掌を閉じた私は祭壇に一礼し、その部屋を後にする。


 これが妖退治軍幹部の妖力補給。

 ほとんど普通の人間と変わらない我々には、自ら妖力は作り出せない。

 かといって生きているそこらのあやかしをとっ捕まえて補給しようとしてもこちらが殺されるか向こうが逃げ出すかのどちらかになることは目に見えている。

 だからこうやって、大妖怪の妖力の塊を祀り、そこから補給するのだ。

 言わば酒呑童子の角と玉藻前の四尾は我々の妖力供給源。

 決して欠けてはならない。


 だが……

 その妖力が、最近薄れてきている。

 長い間妖力を出し続けたそれらの塊は、いよいよその役目を終えようとしている。


 こうなれば、再び新たなる妖力供給源を得るしかない。

 そろそろ限界だ。


「もうちょっとで限界なんやろ?」

「…っ!?た、玉藻前……!?!」

「せやせや…ってまぁそんな身構えんでええがな」

 相変わらずのヘラヘラ具合。

 怖気を放つ妙妖眼(みょうようがん)に、なびく長い黒髪と五尾。

 ……玉藻前に間違いない。

 いつも口元を隠している狐面を取っていることで顕になった火傷痕と、左頬に向かって裂けた口が、こちらの恐怖心を煽る。

「…馬鹿言え、身構えるに決まっている」

「ひえ〜、怖いなぁ」

「……嘘だな」

「ん?そらそうや、俺みたいなんがあんたら怖いわけないやろ。そんで?妖力供給源が欲しい、と」

「…あぁ」

「俺の尾を四つもちぎっといてよう言うわ。ほんならどうしたらええか、しゃあなしにヒントの一つくらい教えたる。それはな…………」




「…ら……うら……悠良っ!!!」

「っ!?」

 私はガバッと身を起こした。

 玉藻前を前にして眠るだなんて大馬鹿者だ。

「玉藻前は……っ!?!!」

「…はぁ?悠良、お前…どっか打った?」

 私は確かに玉藻前を見て、さらには話までしたはずなのに……

 気がつけばそこは医務室で。

 目の前には私を運んできたという稽古着のままの姿の李月がいた。

 彼は相当焦ったのか、眉間にしわを寄せて、額に汗を滲ませている。

(…あれ、私ってば何してたんだろう……)

 思えば玉藻前があの場所に来るわけないじゃないか。

 結界もあるのに。

 李月は「一体何があったんだよ」と聞いてきたが、私はなんだか話してはいけない気がして…誰かに話すのを止められているような気がして、沙良や小百合、李月の制止も振り切ってふらふらのまま花街へ出た。



 *



「はぁぁぁぁ……なんだかすっごく嫌な気分」

 花街の中のお気に入りの通り、幽白(ゆうはく)通りを歩きながら、大きなため息をつく。

 会いたくないあやかしランキング堂々の一位である玉藻前と、夢で会うなんて。

「…なんか嫌だ」

「あら、悠良はんどないしたんどす?」

 私が俯いて、拳を握りしめながらあまりにふるふる震えていたからだろうか、馴染みの見世・遊景楼(ゆうけいろう)の舞妓、小夜(さよ)に声をかけられた。

「わ、えっと、なんでもないんです…気にしないでください……」

 結い上げた髪の華やかな飾りをしゃらんと揺らして首を傾げる小夜だったが、その手元には大事そうに刺繍の入った布の包みを抱えている。

「そんなことよりお小夜さん、これから向かうところがあるでしょう?私なら大丈夫ですから、気にしないでください」

「そうどすか?ほな失礼します」

 おしろいを塗り、紅をさした美しい顔をふわっと笑顔に変えると、どうぞまたご贔屓に、とだけ残して彼女は足早に去ってしまった。

 遠ざかっていくこっぽりの音を聞きながら、私は暮れかけた京の町の空を見上げてみる。

 するとその綺麗なオレンジ色の中に、大百足(おおむかで)がその体の黒を煌めかせて泳いでいるのが見えた。

 彼は私たちのある意味相棒であり、花街の門番ともいえる存在。

 李月が怪我をしていた彼を助けたことから妖退治軍に貢献するようになり、任された花街の安全を守るべく、毎夜空に姿を現しているのだ。

 昼は地から、夜は天から。

 力量も文句なしの大百足には日々感謝している。

「外に出てみるってのもいいものでしょう?」

 うんうん確かに。

「そうだね……って、えぇっ!?」

 ちょっとまって普通に返事してたけど……

 こいつ…

「だ、大天狗(だいてんぐ)……!?」

「こんばんは、退治軍のリーダーさん。奇遇ですねぇ〜」

 そう言って紳士に頭を下げる彼は…

 背中に立派な黒の翼を生やし、金の錫杖(しゃくじょう)をしゃらんと鳴らして一本下駄で佇む、玉藻前の右腕の大天狗だった。

 しかしいつもならば配下の天狗たちも連れている彼が、今日は珍しく一人である。

「天狗の頭領が仲間も連れずに一人で私の前に来るなんて。どういうつもりだ」

「いやぁ怖い怖い。今日は戦い目的じゃありませんから」

(戦い目的じゃない……?)

 じゃあなんのために……

「近々、天照大御神(あまてらすおおみかみ)様のところへ、我らがお頭、酒呑童子様方が向かわれます」

「えっ、天照大御神って……伊勢神宮へ行くってこと…!?」

「ん〜、そうなりますね〜。で、必然的に私を含め玉藻前様やほかのあやかし達もついて行く所存…」

「お前たち霊妖如きが、最高神に何の用だ」

 …そう、彼は紛れもない霊妖。

 酒呑童子も、玉藻前も。

 遠い昔に死したあやかし。

「おやおや人聞き悪いですねぇ……まぁ見ててください」

「……?」

「我々が向かう頃、伊勢の国にはとある人間五人が現れます」

 その五人は決して特殊な妖力や霊力を宿してはいません。

 しかし、鬼神と繋がりを持つ特別な人間の後継ぎです。

 意識はないでしょうが、奴らからは明らかに鬼神の気配を感じる……

 近いうちに、あそこは大変禍々しい社になることでしょう……


 そう言い残して、もうすっかり夜の闇に包まれた花街の空気に、すうっと消えてしまった。



 *



「あーー!!!!やっっと悠良帰ってきた!」

「ったくよぉ、心配したんだからな!?」

「怪我とかしてない!?」

「うおわぁっ」

 帰ってきてそうそう有奈と李月、沙良に詰め寄られ、私は目が点になった。

「びっくりした……ってそう!さっき大天狗に会ったんだった……」

 私は一大事を包み隠さず伝える。

 すると…

「「「えええっ!?!!?」」」

 今度は三人の目が点になった。

 まぁ…なるよね。そりゃなるわ。

「伊勢に西国妖怪が行くってか…」

「まるで百鬼夜行ね」

「うーん…それはこっちも行くっきゃなさそうだけど、大天狗が言う人間達も気になるよね」

「人間が心配だよなぁ〜…」

「……でも悠良さん、あなたのその様子を見るに…一番懸念しているポイントは人間のことではなさそうね」

「……!」

 …鋭いな。

 みんなが当たり前のように人間の話をし始めた矢先、沙良がこちらを見つめ、そう口にした。

(……っ!!??)

 その時、視界がぐらついた。

 揺れる世界の中に見えたのは…

 白目と黒目の区別がつかないほど黒く染まった沙良の眼。

「て、転生眼……?」

「…どうかしたの?私の顔になにかついてる?」

「あっ…………」

 私の視界の揺らぎが消えたその瞬間、沙良の眼はいつも通りになっていた。

 突然の出来事に、頭が真っ白になる。

 見間違い……だよね。

 いや、でも…………

(おかしいな……幻覚として見るには…何だか、こう…あまりに…………)

「ねぇ」

「……っ」

「私もそれ、連れて行ってくれない?」

「…へ?」

 私はぽかんと口を開ける。

「だから。私も一緒に行きたいのよ、西国妖怪たちが行く、伊勢に」

 急に真面目な表情にかわった沙良に目の前に立たれ、私は意図せず、大昔に大妖怪たちをたった一人で復活させた女人を重ねて見てしまった。

「そ、それは勿論、大丈夫…なんだけど…」

「…けど?」

「あーいや、なんでもない。気にしないで」

「そ?じゃあ私、それに備えて新しい傷薬の開発でもしちゃおうかしら〜」

「って沙良、お前晩飯が先だろー?みんな待ってるぜ」

 ぐっと拳を握り、意気込む沙良の肩に李月が手を置いた。

 沙良は少し落ち込んで、李月から顔を背ける。

「特に李月のところの隊員、今頃雷みたいにお腹鳴らしてるんじゃない?」

「あ、いっけね忘れてた」

「早く行ってあげなきゃね〜。悠良、沙良、二人ももう行こう?詳しい話はその後にでも。ねっ!」

 李月の背中を押しながらこちらを振り向きそう言う有奈に、私と沙良は続いた。




 *




 悠良が沙良に重ねてしまった女人は、とある女鬼。

 ただの人間に混ざって生活をしていたあやかし。


 その当時、町で名を馳せていた有名どころのあやかしたちは、女鬼を嫌っていたらしく、「鬼のくせに女だ」、と彼女は冷やかされていた。

 そしてそんなあやかしの集団から一人外れ、下町で過ごしていた彼女。

 生きていた時代は、平安の世以降であるということ以外一切わからず、生まれも育ちも、名前も容姿も全くと言っていいほど情報がないのだが、類まれな眼を持つ貴重な存在だったのだ。

 その類まれな眼というのが、〝転生眼〟。

 どす黒く、奥の深い、引き込まれたら戻ってこられなくなりそうな眼。

 万物をも蘇らせ、人間は死ぬ事の無い霊に、あやかしは……〝霊妖〟に。

 そんなおぞましい力を持っていた彼女は、ある時、共に過ごしていた町の人々に正体がばれ、迫害を受けることとなった。

 居場所を失い、頼るべき存在をも失ったその後、女鬼が辿り着いた場所は…………


 殺生石(せっしょうせき)のある場所だった。


 玉藻前が封じられたというその石は、誰も何も近づけない毒を放つ石であったが、不思議と彼女は無事だった。

 そこでしくしく泣いていると、彼女の転生眼が玉藻前の妖気に晒され、暴走してしまう。

 勿論玉藻前は蘇った。

 更には酒呑童子や茨木童子、大天狗までも。

 みな霊妖として彼女に呼び起こされたのだった。


 それから数多(あまた)のあやかしを蘇らせた女鬼は、一人の子に自らの魂を授けた。


 その家系は今も続き、その子孫は───────

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ