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エルフの涙

「へえ、そうきますか」


 俺はつとめて冷静をよそおうとした。だが髪をかきあげた手はぶるぶる震え、肩は上下に大きく揺れ、足はガタガタと音をたてている。


 だって考えてみてくれよ。

 エルフのイケメンがキメ顔で鏡に映っていると思ったのにそこにいたのは俺だぜ。

 マサオのキメ顔だぜ。


「二つ聞きたいことがある」

「なあに?」


 震える手を押しとどめ、俺は覚悟を決めて聞いてみた。

 心なしか彼女も震えているような気がする。

 それがなぜなのかはわからないが。


「俺、エルフじゃないよね?」

「エルフ……よ」


 嘘だ。明らかに目が泳いでいる。

 電話番号を聞いたら「あ、ごめーん。今日スマホ持ってくるの忘れちゃった」って言われたときの女の子と同じ目をしている。あのとき机の上にあったスマホが誰のモノだったのかは永遠の謎だ。


「いやどう見ても人間だよね」

「うーん……」


 彼女は答えに詰まりうつむいてしまった。

 垂れた髪の毛が彼女の顔に暗い影を落としている。


「次に……あんたの名前はなんて言うんだ」

「ブリュンヒルデよ」

「旦那の名前は?」

「パパはバルトロメウスよ」


 父親の名前がバルトロメウス。

 母親の名前がブリュンヒルデ。

 そして――。


「俺の名は?」

「マサオちゃんよ」

「いやおかしいだろ、そこはジークフリートとかだろ」

「うーん……」


 ブリュンヒルデは完全に押し黙ってしまった。

 沈黙するエルフは美しい。どこかのおしゃべりクソ女神とは大違いだ。


 ……。 


 どれくらいの時間が経っただろうか。

 彼女はずいぶん長い間、自分の服のすそをキュッと掴んで下を向いていた。


「隠し通せると思ったけど、無理なようだから正直に言うね」


 そう言うとジッと俺の目を見つめ、意を決したように続けた。


「実はマサオちゃんは私たちの子じゃないの」

「なぜ隠し通せると思ったのか二時間ほど問い詰めたい」


 この美人エルフは結構天然なのかもしれない。

 正直それはそれで嫌いじゃない。


「昨日の夜寝ようと思って明かりを消したら扉を叩く音が聞こえたの」

「ふむ」

「こんな遅くに誰だろうと思って出てみたら女神さまがいらしたの」

「女神か」


 恐らく俺をこの世界に転移させたアイツのことだろう。

 アイツ女神なのにふつうに扉から訪問するのか。

 俺が作り出したやつはさすがに一味違うな。


「そして地面に転がってる全裸のマサオちゃんを指さしたの」

「……ん?」

「それで女神さまが、今日からコレをあなたたちの子供として育てなさいっておっしゃったから」

「今、全裸って言いました?」

「はい、わかりましたって答えたの」

「つっこみどころが雨後のタケノコのごとくニョキニョキなんだが?」


 一つ一つ確認してみるしかないか。


「まず聞きたい。俺全裸だったのか?」

「えぇ、それはもうすっぽんぽん」

「すっぽんぽん」

「上も下も何も着てなかったの……やだもう」

「なんだろう、ある種の興奮を感じる」


 惜しむらくはそのとき俺に意識がなかったことだ。

 できることなら今ここで全裸になりたい。

 なっても良いですか。


「俺、地面に転がってたのか?」

「そうね、うつぶせになって転がってたわ。どうやら女神さまが引きずってこられたようね」

「うつぶせ全裸で引きずったらアレがやばいだろ……。何考えてるんだ、あのアホ女神」

「ダメよ、そんな汚い言葉を使っちゃ。愚鈍なる女神さまと言い直しなさい」


 より罵倒してるように聞こえるのはなぜだろうか。

 今度アイツに会ったら愚鈍なる女神さまと呼んでやろうか。


「女神は俺をあんたたちの子供として育てろ、そう言ったんだな」

「えぇ、そうよ」

「それでわかりましたと答えたんだな」

「うん!」

「なんでだよ。ふつう断るだろ。完全に他人だぞ」


 俺の言葉を聞いたブリュンヒルデは少し悲しそうな顔をした。


「だって……」


 わずかに声が震えているような気がする。


「うれしかったんだもの」


 俺はおそらく一生忘れることができないだろう。

 力強く咲き誇る一輪の花のようなこの笑顔のことを。


「うれしかった?」

「うん……あなたが私たちを選んだって女神さまがおっしゃってたから」


 俺が選んだ?

 どういうことだ?


 ……。

 …………。


「俺ちょっと外を見てくる」

「マサオちゃん、でも……」

「帰ってくるよ心配すんな」


 俺は振り返らずに外へ出た。

 彼女の頬を伝うものを、もう一度見ないように。





――ああ。俺今すごい異世界の主人公してる気がする……!

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