マサオソード発動
「そっちの剣じゃなくて……いやっ! こ、こないでっ!」
女神がギュンターに迫られてまた悲鳴をあげている。
なんだろう、なんらかの興奮を感じる。
「あなたが帯びている剣を手に……!」
「え、これか?」
俺が異世界に降り立ったときに暖炉の上にかけてあった何の変哲も無いロングソード。
だがファンタジーでは得てしてこういう武器が最強だったりすることがある。
よくよく考えればこの剣はバルトロメウスの家にあった物だ。
つまり勇者と何らかの関連がある品に違いない。
俺は鞘からゆっくりと剣を引き抜くとギュンターの背中に向けて構えた。
「……俺に背中を向けるとは愚かな奴だ。このマサオ様が今冥土への道を――」
「そしたらマサオソード! って叫んで!」
は? なにふざけてんの?
「……俺に背中を向けるとは愚かな奴だ。このマサオ様が」
「無視しないでぇええええええ!」
「俺は逆立ちして鼻からミートソースパスタ食べたくないんだよ!」
「何言ってるかわかんないわよ!」
俺はマサオソードが自分のスキルだなんて認めたくない。
だって考えてみてくれよ、これでもしマサオソードが強かったらどうなる?
戦いの度に「マサオソード!」って自分の名前を絶叫することになるんだぞ。
「とにかくこいつを倒せば良いんだろ!」
俺は、女神に気を取られて無防備なギュンターの背中に鋭く斬りつけた。
さすが勇者の家系に代々伝わる剣だぜ、全く効いてない。
効いてない。
「う~ん? お前まだいたのか、てっきり逃げたと思っていたぞ」
ギュンターはゆらりと振り返ると俺の顔を見てニチャアっと喋りかけてきた。
「良いことを思いついた。お前このギュンターの部下になれ」
「給料出る?」
「マサオ!? あなた何言ってるの!?」
女神が明らかに動揺しているが、当然俺は本気でギュンターの部下になろうとしてる訳ではない。
こうやって奴の気を引いていれば女神が逃げ出す隙が生まれるかもしれない。
そして油断したギュンターに一撃を食らわすことが出来るかもしれない。
俺はいつだって先のことを考えて行動している。
決して目先のことや欲になど騙されない。
それこそがマサオなんだ。
「ふっふっふ、給料は出ないが……その女神を俺の前で好きなようにしていいぞ」
「な、なんだって?」
「俺は寝取られが大好きなんだ、想像するだけで気持ちが高ぶってくる。悪い話ではないだろう?」
…………。
「そんな話には乗れない!」
「今の間は何なのよ! あなたちょっと迷ったでしょ!」
「俺はまだヒーラーの可愛い子を紹介されていないんだ!」
「そういう理由!?」
こうなったら仕方ない。
俺のためでも、
ラスのためでも、
プリンのためでも、
エミーのためでも、
ましてや女神のためでもない。
ヒーラーの可愛い子のために使うしかない。
「このスキルを、まだ見ぬあなたに捧げる……」
俺は剣を頭上に高々と掲げた。
せめてカッコよくスキルを放ちたいからな。
「喰らえ……マサオソード!」
その瞬間、信じられないことが起きた。
俺の周りに宇宙のような空間が広がったかと思うと、何らかの鳥の羽が降り注いだ。
虹のような光が放射状に輝き俺の身体を生暖かく包み込む。
そして何故か俺は裸になっていた。
知ってる。
俺、この流れ知ってる。
大体日曜の朝にテレビでやってる女児向けアニメとかで女の子が変身するときの奴だ。
あの子たちは毎回こんな恥ずかしい気持ちになってたのか。
これから見るときの印象が大きく変わりそうだ。
「でも頼むから魔法少女っぽい衣装にしてくれるなよ……」
俺には女装趣味は無い。
そして俺の女装姿の需要も、多分無い。
いや、もしかしたらギュンターにはあるかもしれないが、それはそれで嫌だ。
「頼む、せめてカッコイイ姿こい……!」
祈るような思いで俺は目をつぶった。
◇◇◇
どんよりとした雲が視界一面に広がっている。
不思議と何の音も聞こえない、空気が張り詰めている感覚がする。
「俺はどうなったんだ……?」
背中に草の感触がある。
どうやら俺は地面に仰向けになっているようだ。
「――やっと使ってくれたわね、ふ、ふふっ」
女神の声がした。
なんで半笑いなんだよ。
「想像以上にかっこ悪いけど、別に良いよね」
「ちっとも良くないんだが?」
「えっ、あなた喋れるの!?」
「えっ、どういう意味だよ」
女神はそれに答えず、俺の足元までずんずんと歩いてきた。
もうちょっと頭の方に来てくれないかな、あと少しで見えそうなんだが。
「ところでギュンターはどうなったんだよ」
「そこにいるわ」
女神が指さした方を見ると、確かにギュンターがいる。
だが、陽キャにいじられた時の俺のように微動だにしていない。
「あいつ何で動いてないんだ」
「ふふ、マサオソードの力のひとつよ」
そう言うと女神は左手を胸に、右手を高らかに上げて誇らしげに続けた。
「スキル発動後三分間全ての時を止める力……私はこれを"ザ アルティメット"と名づけたわ」
「母音の前の"ザ"は"ジ"になるんだが」
「うそっ!? 私もう"ザ"で登録しちゃったよ!?」
こいつほんとポンコツ女神だな。
……とは言え時を止める力ってのは本当らしい、やっと異世界っぽくなって……。
「時を止める!?」
「今そう言ったでしょ」
「俺は今すぐラスを助けに行く!」
「無理よ」
「ラスが俺を呼んでいる! 助けてくれってとどろき叫ぶ!」
「時が止まってるから呼べないわよ」
俺が小学生の頃から欲しかった三大能力のひとつ、それが時を止める能力だ!
それがこんな形で叶うなんて思いもしなかったぜ。
女神ってほんと最高の存在だよな。
ちなみにあと二つは透明人間になる能力と透視能力だ。
「うおおおおおおおお! ラス今行くぞおおおおおお!」
「うわ、10センチ動いた。不気味ね……」
「なんでこんなに身体が動かねぇんだよ! まさか俺の時まで止まってんのか!」
「そうじゃないわ」
女神が俺に手を伸ばす。
そして首のあたりをグッと掴んだ。
「今あなたは剣だからよ」
おいマジでふざけんなよ、クソ女神。




