命を救いしモノ
木々を掻き分けて奥地に向かう俺たち。
周りは次第に暗くなり、どんよりとした空気が満ち始めてくる。
具体的には、下校中に友達が会話してるのをさえぎって俺が発言したときと同じ空気だ。
なんで俺が口を開くとみんなこっち見て無言になるんだろうな。
『なあ、マサオ。もしかしてここがアジトか?』
プリンの視線の先を見ると、そこには洞窟があった。
いかにも小物盗賊たちがアジトにしそうな場所だな。
「書置きによるとここで合ってるみたいだ」
『入り口に見張りが一人いるな』
「そうだな、よし」
『よし、じゃねーよ!』
歩き出そうとした俺のズボンの裾をくわえて思いっきり引っ張るプリン。
裾が伸びるからやめてほしい。
『まーた正面から突っ込む気かよ!』
「だって入り口あそこしかないだろ?」
『こういうときは策を使うんだよ……』
そう言うとプリンは辺りを見渡し始めた。
そして石を見つけるとくわえて俺の前にポンっと置いた。
今のプリン、すごく犬っぽい。
『例えば少し離れたところにこの石を投げて物音を立てるんだ』
「ほう」
『物音を聞いた見張りはそれを確かめに行くだろ?』
「そりゃそうだな」
『そこを不意をついて倒すんだ、これなら洞窟の中に逃げられる心配が無くなる』
プリンが尻尾をぶんぶん振りながらドヤ顔で俺のことを見ている。
頭を撫でてやるとすごく嬉しそうな笑顔を見せた。
くそ……なんだか……犬に恋をしてしまいそうだ……。
「それなら石よりもっと良い方法があるぞ」
『うん?』
俺はラスの肩をポンポンと叩いた。
ラスはその手をうるさそうに払いのけた。悲しい。
「ラス、なにか魔法を使ってあの見張りの気を引けるか?」
「できる」
そう言うとラスは呪文を唱え始めた。
赤い光が彼女の右手に集まり何やら熱を帯びだす。
『なるほど、魔法を使うのは良い手だな』
「だろ? 俺の案最強だろ?」
『調子に乗るな』
プリンが俺にツッコミを入れたそのときだった。
ラスが堂々と見張りの前に姿を現した。
「な、なんだお前は――」
『え? 何してんの……』
突然のことにあわてふためく見張りとプリン。
もっと俺のように何事にも動じない心を持たないとダメだぞ。
「デスフレイムパンチ」
ラスの左ストレートが瞬時にあご先を捉える。
言葉を発することも出来ずに崩れ落ちる見張り。
唖然とするプリン。
『えぇ……そうじゃないだろぉ……』
「だよな、魔法のはずなのにもうパンチって言っちゃってるもんな」
『そこじゃねーよ!』
「魔法は右手に使ってたのに左手で倒しちゃったよな」
『そっちでもねーよ!』
ラスが自慢げに小さな胸を張りながら戻ってきた。
頭を撫でてやろうとしたらちょっと強めに腕をひねられた。
『俺がしっかりしなきゃ俺がしっかりしなきゃ俺が』
「なんか犬の鳴き声がきゃんきゃんうるさいなぁ、オイ」
突然洞窟の中からのっそりと大柄のドワーフが出てきた。
もじゃもじゃと生えた立派なヒゲ。
弁慶のように背負ってる大量の武器。
そして右手に握り締めている巨大な剣。
間違いない、ギュンターだ。
「お前のせいで気づかれてるじゃないか」
『ど、どうしよう? どうしよう?』
急にオロオロしだすプリン。
こんな状況で言うことじゃないけど可愛い。
「あん? ゲルト、お前なんで寝てんだよ」
ギュンターは地面に倒れ伏している見張りに気がつくと足で数回蹴りを入れた。
しかしラスの魔法(パンチ)がよほど効いたのだろう、起き上がる気配はない。
「こうなったらもう先制攻撃するしかないだろ、聖剣ぶっぱなせ」
『う、うん』
プリンは聖剣をしっかりとくわえると、軽やかに身をひるがえし振りぬいた。
剣の軌跡が光波となりギュンターの身体に直撃する。
「やったか!?」
ギュンターがいた辺りにもうもうと立ち込める砂煙。
あの光波を喰らってまともに立ち上がれるやつは恐らくいないだろう。
……いや、バルトロメウスがいたか。
あいつの肉体はいったいどうなってんだろうな。
「あっさり終わったな、それじゃ洞窟の中でエミーを探そうぜ」
その瞬間、鋭い衝撃が俺の胸を襲った。
砂煙の中から伸びた巨大な剣。
その奥に見えるギュンターの瞳。
マジかよ……。
何で……。
◇◇◇
「何度その剣で攻撃しても一緒だって言ってんだろぉ!」
ギュンターの野太い声が聞こえる。
あいつ何で生きてんだよ、光波直撃してただろ。
『くそっ! マサオを! マサオを返せよ!』
プリンの声が聞こえる。
心なしか涙声になってるような気がする。
「ギュンター、お前は絶対に許さない!」
ラスの声が聞こえる。
相変わらず俺以外相手だと普通にしゃべるのな。
……。
あれ? 俺生きてんのか?
もしかして異世界でよくある残機制ってやつか?
身体を起こすと服の中からくだけたカボチャの皮がボロボロこぼれ落ちた。
これはラスの食べかけ種なしカボチャじゃないか……。
俺はそっとそれをひとかけら口に入れた。
『マ、マサオ!?』
プリンが俺に気づき目を大きく見開く。
しかし、その隙をギュンターが逃すはずもなかった。
「よそ見してんじゃねぇよぉ!」
重い蹴りがプリンの身体にまともにヒットした。
その華奢な身体が宙を飛び、木に叩き付けられる。
プリンはきゃうんっと一声鳴くと剣を取り落とし倒れこんだ。
「大丈夫か!?」
思わず声を出してしまう俺。
言ってから、しまったと思ったがもう遅い。
「マサオ……!」
俺の声に気づいたラスが駆け出した。
当然、無防備な姿がギュンターの前にさらされる。
「おねんねしなぁ!」
ギュンターの丸太のように太い腕がラスの首元目掛けて振り下ろされる。
強烈なラリアットを喰らったラスは地面に叩きつけられ動かなくなった。
「さて……貴様、なぜ生きてる?」
ギュンターがゆっくりと俺の方を振り向いた。
口角をあげてどこか楽しそうな表情をしているのが不気味だ。
「ま、もう一回殺せるって考えたらそれも良いわなぁ」
ゆらりと身体を動かしながら俺の方へ一歩一歩踏み出してくる。
全身からほとばしるオーラが、空気をビリビリと揺らす。
……これは本当にあのギュンターなのか?
不意をつかれた俺がやられたのは別におかしくない。素人だし。
だが聖剣を持ったプリンと怪力無双の魔術師ラスが勝てなかっただと?
気づくとやつは俺の目の前まで来ていた。
身体が動かない。
「貴様に祈る時間をくれてやろう」
そう言うとギュンターは大剣を肩に担いで俺を見下ろした。
祈る? 誰に祈れば良い?
俺無宗教だし、祈る相手なんてラノベの嫁くらいしか……。
女神――。
くそ! こんな時に思い浮かぶのがあのおしゃべりクソ女神なのが腹立つ!
「ふん、ビビって何も言えねえみたいだな」
ギュンターは反動をつけると、大剣を思いっきり振りかぶった。
「それじゃこれで終わりにしてやるわぁ!」
思わず俺は目をつぶってしまった。
けたたましい金属音が響き渡る。
ああ、今度こそ俺の冒険は終わってしまったのか。
「マサオ、あなたはここで死ぬ運命ではないわ」
目を開けるとそこには神々しい槍で大剣を受け止める女神の背中があった。




