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カボチャ記念日

 この森の中にギュンターのアジトがある。

 そしてそこには俺の嫁候補であるロリエルフ娘エミーがいる。


 おそらく助けに駆け付けることで、彼女の俺への好感度はマックスになるだろう。

 場合によってはそのまま挙式イベントが発生するかもしれない。


 ――だが、本当にそれで良いのか?


 俺にはラスもいる。

 女神に頼んだ可愛いヒーラーの子もいる。

 この広い異世界にはまだ見ぬ更なる美少女たちがいるに違いない。


 それなのにすぐエミーとくっついてしまうのは早計なのではないか?


『……マサオ、いつになく真剣な顔だな』

「ああ」

『あんたのこと不真面目な変態かと時々疑ってたけど……誤解だったんだな』

「俺はいつだってぶれない男なんだぜ」


 エミーにいきなり告白されたらどうしよう。

 とりあえず「大きくなったら結婚しようね」と返して気を持たせておくか。

 そしてそれに嫉妬したラスといちゃいちゃするなんて案はどうだろう。


 俺ってもしかして天才なんじゃなかろうか。


『それで次はどこへ向かえば良いんだ?』

「正面に二本だけ生えているブナの木の間を直進してね、って書いてあるな」


 俺の目の前にはたくさんの木が生えている。

 そりゃ森だからな、木がたくさん生えているに決まってるよな。


 ……問題はどれがブナか、だ。

 スマホでもあれば画像検索してなんとかするんだけどな。

 女神にスマホの所持を許可して貰えば良かったな。


「プリン、ブナの木がどれかわかるか?」

『犬にわかるわけないだろ』

「ラス、ブナの木がどれかわかるか?」

「ううん、わからない」


 詰んだんだが。

 なんでブナを目印にするんだよ。

 自分が森に住んでるからといってみんなが木の種類わかると思うなよな。


「なんとか匂いでわかんないか?」

『うーん、まずブナの匂いがわからないからなぁ……』

『ブナの匂いなら、おいらわかるぜ』


 木の上から少年のような元気な声がした。

 見上げるとそこにいたのは一匹のシマリス。


 くそ、あの女神から貰ったコミュニケーション能力が役立ってて腹が立つな。


「ちょっとプリンにブナの匂いを教えてやってくれよ」

『良いけど、代わりにそれをおいらにくれる?』


 シマリスが指さしたのはラスが食べているカボチャだった。

 それでブナの匂いを教えてもらえるなら安いもんだな。


「ラス、その食べかけのカボチャを俺にくれ」

「やだ」


 え、なんで?


 まさか俺が食べかけのカボチャを口にして「ぐふふ、間接キスしちゃったね」とか言う変態だと思われてる?


「マサオはラスのカボチャ盗ったからあげない」


 なんだ、そういうことか。

 このカボチャは横取りしたんじゃなくて持ってあげただけなのにな。

 ラスには俺の高等な恋愛テクニックが全く通用しなくて困るぜ。


「じゃあこれと交換なら良いだろ」


 俺は手持ちのカボチャをラスに渡して食べかけを手に取った。

 新しいカボチャを手に入れたラスは、初めて遊園地に連れて行ってもらった子どものように弾けた笑顔を見せた。


 この笑顔を見る為に、きっと俺は異世界に来たのだろう。


「それじゃシマリスよ、これをやろう」

『おいおい、そんなにいらないぜ』

「うん?」

『おいらが欲しいのは種だけさ、実と皮の部分はいらないよ』


 なんだよ、最初にそう言ってくれれば良いのに。

 俺はカボチャの種を全てつまみだしてシマリスに渡した。


『そんじゃブナの匂いを教えるぜ、まずクヌギの匂いを頭に浮かべるんだ』

『クヌギの匂いがわかんねーよ!』

『そうなの? それじゃコナラの匂いを頭に浮かべるんだ』

『もうまずコナラってのが何だよ!』

『さてはおめー森の素人だな?』


 そう言うとシマリスは両手でカボチャの種を掴んで食べ始めた。


『素人にわかるように説明すんの難しいなー』


 匂いの説明を言葉でするのって実際難しいよな。

 俺が好きな匂いを言葉にしてみようか。


 みずみずしいオレンジのような、それでいてスッキリとした若草のような香り。

 その芳醇な香りを嗅ぐと俺はまるで全身の毛穴が震えるような感覚に襲われる。


 ――そう。

 その瞬間、俺は神と手を取り合っているのだ。


 ちなみに今のはラスの髪の香りのことな。


『……んで、舌で味わうような濃厚な匂いって訳だ。これでわかった?』

『わかったようなわからないような』


 俺が空想の世界を楽しんでる間にシマリスの講義が終わったようだ。

 しかしプリンは明らかに困惑した表情を浮かべている。


 シマリスはひとしきり考えると、手をポンと叩いて話し出した。


『あ、そうだ。おいらがいるこの木がブナだから、これを嗅げばわかるよ』

『いや最初からそれを教えろよな!』


 プリンは誰に対してもツッコミが冴えてるな。

 ツッコミ勇者ドッグだな。


『もう一本ブナがあるって聞いてるんだけど』

『それならこっちだぜ』

『はぁ……なんか無駄な時間を過ごした気がする……』

「プリンよ、無駄だと思った時間が無駄じゃなかったとわかる時が必ず来るのだ」

『謎の上から目線ムカつく。さっさと先に進むぞ!』


 シマリスに別れを告げると、俺たちはブナの木の間を進みだした。

 ギュンターの書置きによるとアジトはもうそう遠くないところだ。


 以前戦った時に比べて、俺にはラスとプリンがいる。

 ふつうに考えたら圧勝できる戦力のはずなのになぜか不安がよぎる。

 その不安を打ち消そうと手を握ると、そこにはラスの食べかけ種なしカボチャが残っていた。


 俺はそっとそれを胸の内ポケットにしまった。

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