いざ侵入! ゴブリン拠点へ!
『いやはや失礼しました。道理で体が軽いと思ったのです』
あの後慌てて戻ってきた馬に乗せてもらい、俺たちはゴブリンの拠点に向かっていた。
「そそっかしい馬だな、お前は」
『ご主人さまにも良くそう言われるんです』
お腹の前に乗せているプリンが俺を見上げて口を開いた。
真剣な顔をしているが、犬だから可愛いだけだ。
『ところでマサオ、少し話がある』
「なんだ?」
『拠点での戦い方なんだが、ラスだけには頼れないぞ』
「どうしてだ?」
『さっきの戦いを見ただろ。ラスは長時間の戦闘に向いてない』
「確かにそうだな」
俺は後ろに乗ってるラスを振り返った。
ラスは馬の背中が怖いのか俺に必死にしがみついている。
今俺が言った意味がわかるか?
ラスの大福が俺の背中に密着しているんだ。
ああ、可能なことなら服を今すぐ脱ぎ捨てたい。
生肌で大福を味わいたい。
『……おい、おい! マサオ聞いてるのか?』
「ふへへ、大福柔らかいなり……え? お、おう」
『そういう訳だから正面突破するのはやめた方が良いと思うんだ』
「わかったわかった」
『本当か? しっかりしてくれよな』
そう言うとプリンはクルリと丸くなった。
とりあえず耳をピロピロと指で弾いてみる。
『みなさん到着しましたよ』
馬が立ち止まったのはゴブリンの拠点から十メートルほど離れた物陰だった。
拠点は柵でぐるりと囲まれており、正面の門にはゴブリンが二匹いる。
思ったよりも堅牢な作りだな、ゴブリンって結構賢いのか。
『正面突破はありえない。指揮官の居場所を確かめて急襲――』
「よう、そこのゴブリンちゃん。この馬のご主人知らない?」
『えええぇぇぇぇええぇえー!?』
俺はとりあえず門番らしきゴブリンに聞いてみることにした。
プリンが信じられないものを見るような目で俺のことを見ている、なぜだ。
「ナ、ナンダ。オマエタチナニモノダ!」
「俺か? 俺はマサオ=フンボルトさまだぜ!」
俺は言葉では言い表せないかっこいいポーズをとって決めてやった。
そのあまりのかっこよさにゴブリンたちも思わず棍棒を取り落とす。
「フ、フンボルトダト!」
「オイ、ドウスル?」
「オウサマ、シラセロ!」
ゴブリンの一匹は慌てて拠点の中へ走っていった。
もう一匹は俺たちのことをじろじろと見ている。
『おいマサオ! 俺の話を聞いてなかったのかよ!』
「プリン良く聞け。世の中大福に勝るものはないのだ」
『意味わかんねーよ!』
「ラスお腹すいた」
「この拠点に食べ物でもあれば良いな」
『え? 俺がおかしいのか、これ?』
プリンが俺とラスを交互に見て頭を抱えている。
こいつはいつも悩んでるな、俺みたいに明るく生きろよな。
そんなことを考えていると、さきほどのゴブリンが息を切らせて戻ってきた。
「オウサマ、アイタイ、イッテル。コッチコイ」
「うむ、ご苦労」
『行くのかよ……』
門番に案内をされ拠点内部に入っていく。
俺たちが珍しいのか、ゴブリンたちは遠巻きにしてこちらを眺めている。
「ココ、ハイレ」
大きなテントの前まで来たところでゴブリンはそう言った。
中に入るとそこには豪華な椅子に座ったゴブリンの王様がいた。
「良くぞ来たな、マサオ=フンボルトよ」
ゴブリンの王様は流暢な言葉を操り、俺たちを迎えてくれた。
周りには小さいゴブリンたちと、側近と思われる武装したゴブリンたちがいる。
「それで余のところにきた用件はなんだ?」
「この馬のさらわれたご主人さまとやらを返してほしいんだが」
「ふむ?」
そう言うと王様は身を乗り出して馬のことを見た。
二メートル近くある体躯に馬が怯えているように見える。
王様は立ち上がり俺の正面に立つと低く威厳のある声で言った。
「さらったつもりはないが……まあ、良い。条件がある」
プリンが俺の足をツンツンつついた。
『気をつけろ、どんな無理難題を押し付けてくるかわからないぞ』
「今更ながら正面から突入したことを後悔してる俺がいるよ」
『遅いよバカ!』
最近プリンのつっこみが鋭くなってきた気がする。
誰のせいでこんなことになってしまったのだろう。
「さて、余の条件とは……」
王様は一歩一歩近づき、俺のすぐ目の前までやってきた。
そして信じられないことを言い出したのだ。
「まさにそのとき! 晴天のへきれき!」
「は?」
ウッソだろお前……お前……。
「ワァッハッハッハッハ、驚いたか?」
「驚きすぎて何も言えねえ、あのババァ……!」
ドワーフのおばちゃんの噂拡散能力ヤバすぎだろ。
これもうなんらかの兵器だ、兵器。
「我々ゴブリン族はラップが大好きなのだ。特にこの余の子供たちはそなたのファンでな」
「マサオー」
「サイン、チョーダイ」
ちっちゃいゴブリンたちが俺を取り囲んだ。これ子供たちだったんだな。
ある意味これも抜群のコミュニケーション能力なのか、人外なら何でも効くんだな。
「今から宴会を開こうではないか。マサオよ、そこでラップを披露してほしい」
こうして俺の黒歴史がまた一ページ増えたのであった。
◇◇◇
「余の軍を蹴散らしたというのはそなただったのか」
「ラスがやった、ごめんなさい」
出された食事をもりもり食べながらラスは申し訳なさそうに答えた。
すごいな、もう三人前は食べてる気がする。
「良い良い。先代の王のときに我々は人間と戦いすぎたから憎まれても仕方ない」
「お前は人間と戦いたくないのか?」
「うむ、余は人間たちと交流したいとさえ思っている」
「でもオンセーン村を占拠したんだろ?」
「占拠……いや、それは誤解なのだよ」
王様はバツが悪そうに頭をかくと、俺に飲み物を注ぎながら続けた。
「我々はあそこにある温泉に入りたくてお金もちゃんと用意していたのだが、訪問したら人間たちに逃げられてしまってな」
「そりゃ逃げるだろうな」
「やはりそうかのう」
そう言うと王様は肩を深く落としてしまった。
子供たちもがっかりした表情をしている。
「よし、このマサオさまが話をつけておいてやるぜ!」
「なんとそれは本当か!」
「ホントウカ!」
「マサオー!」
王様とその子供たちは大喜びでハイタッチを始めた。
一方プリンが苦々しい顔で俺に文句をつけてきた。
『おい、マサオ。俺たちの本当の目的を忘れるなよ』
「俺のハーレムを作り上げることだろ」
『違う。魔王討伐が最終的な目標だ』
そう言うとプリンは俺の膝に前足を乗せて立ち上がった。
『だからゴブリンと仲良くするなんておかしい』
「魔王を倒すことが目的であってゴブリンを倒すことは目的ではないだろ」
『ん? ああ、まあ、そうなるのか……?』
納得したようなしてないような微妙な表情をしてプリンは引き下がった。
プリンもまだまだ甘いな。
ゴブリンに恩を売っておけば女の子紹介してくれるかもしれないだろ。
異世界だとゴブリンだろうがコボルトだろうが女の子は常に可愛いものだからな。
「オウサマ、ウマノゴシュジン、ツレテキタ」
「おお、そうか! 入れ入れ!」
ひゅー! ついに美しいご主人さまのおでましだ!
あわよくば俺たちのパーティに入ってもらって結婚前提のお付き合いをしたい!
『ああ、ご主人さま! お助けに参りました!』
『おお、私の可愛い下僕よ! 何しにここにやってきたの?』
『ご主人様がゴブリンにさらわれたのでお助けにと……』
『あらあら、私は彼らに招待されたのですよ』
『まあ! 私ったらまた勘違いをしてしまったわ!』
そこにいたのは黒い毛並みに白いたてがみが美しい……馬だった。
ほう、どういうことだね? ちょっとマサオさまに話してごらん?
「おいお前ご主人さまって言ってたけどどういうことだ、俺は人間だと思っていたんだが?」
『あら、私人間の女性とは一言も申し上げておりませんわ』
『こちらは私の下僕なのよ。馬同士にもそういうキケンな世界があるのよ』
「マジかよ……」
ご主人さまと聞いただけで人間だと思い込んだ俺がバカだった。
馬で百合で主従関係とか誰が得するんだよ。
「ウワッハッハッハ。なんか良くわからぬがめでたしめでたしじゃのう」
王様はそう言うと俺の背中をバシバシ叩いた。
痛い、マジ痛い。加減してくれ。
「マサオは我々ゴブリンにとっても勇者かもしれんな」
◇◇◇
「また近くに寄ったらラップを見せにくるんだぞ」
「ラップの話はホントもう勘弁しろ頼む」
俺たちはゴブリンに見送られながら拠点を出発した。
馬は二頭いるが相変わらずプリンは俺の前に、ラスは俺の後ろにしがみついている。
『それじゃマサオ、一度冒険者ギルドに戻って報告しよう』
「何言ってんだ、オンセーン村に行くぞ」
『もうゴブリンたちは引き上げたって言ってただろ』
「被害状況の確認を一応するべきだ」
『ん……確かにそうだな』
『ではオンセーン村までは私たちがご案内しますね』
馬の背中にふたたび揺られて旅をする俺たち。
しばらくするとプリンが俺に身体を預けて呟いた。
『少しだけ勇者らしくなってきたな』
「だろ? 俺は勇者マサオさまだからな」
さっきはもっともらしいことを言ったが、はっきり言って俺の目的はそんなことじゃない。
オンセーン村には温泉があるとゴブリンの王様が言ってただろ。
温泉だぞ。
ここにはラスがいるんだぞ。
温泉とラス、ラスと温泉だぞ。
あとはわかるよな?
「今日はなんだか素晴らしい日になる予感がするな……」
背中にラスを感じながら、俺は温泉に想いを馳せるのであった。
ふひひ。




