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君の心臓を……

よろしくお願いします。

 動かなくなった機械の体を見て、その勝利を喜ぶことはなかった。

 なぜなら、すぐそばに血を全身に浴びたジュンが叫んでいたのだから——。

「生き返れッ! 生き返るんだ!! こんなところで死んではいけないッ!」

 しかし、貫かれ握りつぶされた心臓が鼓動を鳴らし、動き出すことなんてない。揺さぶっても、叩いても、もちろん、叫んでも。どんな刺激を加えても再び心臓が体に血液を送り出すことはない。そこにはすでに心臓と呼べるものはない。


 だから、聡明なジュンは考えた。自らの心臓を捧げようと——。

「だったら、私が心臓をッ!!」

 ジュンは、自らの胸に手をあてて、機械の心臓を取り出した。

「彼を助ける!!!」

「ジュンさん……、自分の心臓を……」

 いまだに規則正しく脈打つ心臓をアルシアは恐ろしく独白した。


 その不安な言葉に自らの判断を鼓舞するように

「私が助けるんだ!! 私の心臓なら!! 彼は助かる!!」


——ジュンは、使徒にはならない——


 元々がヒトではないから。ジュンは完璧な機械からのアンドロイド。だから、元々ある意識が“誰か”に飲み込まれる事なんてなかった。故に、ジュンには、通常では考えられないほどのカロリーストーンが埋め込まれていた。

 だが、ヒトも機械も変わらない——魔力を送るのは結局のところ心臓が担っている。

 大きなカロリーストーンに大きな魔力。それを体全体に送るためにジュンの心臓は、考えられるだけの技術が使われ、優れた耐久力と莫大な魔力を送り出す力を備えていた。

「私の心臓なら彼を生き返れる」

 ジュンはそう言い聞かせ、自らのモノを心臓があった場所に移した。機械の心臓は、即座に血管を探し、自らのオートリペア能力により、結合を試み、心臓を動かすために模索しだす。

 しかし、鼓動を刻むことはない。いくら強い心臓を譲渡としたからと言って簡単に動き出すことはない。そんなに単純なものではなかった。

「どうして…なの。なんで動き出さないの……よ。あなたが死ぬことなんてない……の」

 その様子を見ていた。アルシアがサトシに近づいた。そして、ボソボソというのだ。

「あなたはこんなところで何をしているのですか? あなたは、こんなところで死んでいる人じゃないはずです」

 死んだサトシの傍らで独り言のように言うアルシアの感情が哀しみで深まっていく。

「あなたはこんなところで死んでいるなんてないはずです!!——私だって!」

言葉にすることで哀しみがあふれ出した。

「命を助けたら……私の命を助けたなら、あなたは私の命に責任を持たなきゃいけません!! いけないんですッ!! いけないんですぅぅぅ」

 子供のように駄駄を捏ねるアルシアの顔は悲しみの色で染まり上がった。


「死んだ人間に魔力はない。その心臓に魔力が宿ることはないんだ」

 アデルバードが言った。

「だったら、私の魔力をあげます。だから……」

アルシアが両手に魔力を灯していったが、アルシアには魔力を譲渡すると言うことができなかった。

「私がやる……」

 そういったのはジュンだった。ジュンは魔力を灯して直接心臓を鷲掴みにした。優しく愛撫する様に心臓マッサージをした。

「生きてください! 私に生きろと叱ったあなたは誰かのために生きるべき人……です!」

 トクンットクンッ。わずかだが、心臓が鼓動を鳴らした。

「やった!」

アルシアから声が漏れた。だが、徐々に鼓動は弱くなっていき、今にも止まってしまいそうなほど弱々しくなった。

「ど、どうして」

アルシアが不思議がったが、その答えはジュンを見れば、明白で簡単でわかりやすかった。ジュンが灯している魔力が弱くなっていたのだ。そればかりか、ジュンの息も荒くなり、動きも遅くなっていた。


「そうか、そうなんだ、ジュンさんは心臓が……」

そう。ジュンに心臓はない。魔力を送るための心臓がないのだ。今、ジュンは呼吸なしで運動をしている状態に等しい。いつ倒れてもおかしくなかった。

 今という時間。ジュンを動かしているのは『助けたい』と言う圧倒的な感謝の感情だった。



「だから、無駄だといっているんだ。心臓だけを譲渡しても、それを動かすことはできない。それこそ、君が持っている巨大なカロリーストーンでもない限り」

 アデルバードの諦めるように諭す言葉が悲しげにジュンの耳に響いた。

「やめなさい。それは彼を殺すことに他ならないことだ」

 ジュンの行動をアデルバードが制止した。ジュンは、自らのカロリーストーンをサトシに渡そうとしたのだ。

「やめなさい」

「でも……、だって……。私のせいで。彼をここに連れてきてしまったから……。父様を母様に合わせてしまったから……」


 アデルバードは、今にも消えそうに存在自体が薄くなっていっていた。


「ジュン。そんなに彼を助けたいのかい?」

 ジュンは、涙で濡れていく顔が止められなかった。

「……当たり前……です。私は、彼に生きて欲しいん……です」

「そうか……、理解した。任せなさい」


「…え?」


 アデルバードが言うと不確定の存在——精霊と酷似した姿のアデルバードはサトシを見下ろした。

「限界突破化し、不完全な精霊になった私が意識すらも精霊となろうとするこの一瞬。この時を待っていたんだ」

「父様……? まさか……」

 アデルバードは、ジュンの言葉に続く内容がわかって、そっと微笑んでみせた。

「この時をジュンのために使いたかった。それがここに置き去りにした私の責任だと思っていたんだ」

「私の役目です!」

「いいや、これこそが私の役目だ。君が助けたい彼を助けるんだ」

「な、なんでそんな……」

「……君は父様といってくれた。今まで記憶がなかった私を父様と……。私の娘だ。最後くらいジュンの願いを叶えてあげたい」

 その様子を見て、カリーナが目を見開いた。精霊となったアデルバードは、サトシの機械の心臓に飛び込んだのだ。

「契約だ!! 私はこの心臓に宿る精霊となるぞ!!」

 意識が離れかけて、本当の精霊となる一瞬。彼は笑いながら、本懐を遂げた。そして、彼はサトシの心臓と1つとなり、鼓動を彼に伝える。

「あはははは。我が子が機械と1つとなったわ!」

 カリーナが本当に可笑しそうに笑った。


「いやはや、これは面白い。こんなことができるのか? 黄の国を毛嫌いする我々は考えることすら、吐き気する行為だ。機械の心臓に憑依する形で魔力を供給することを選んだか!! 人間らしい……、いや、アイツらしい素晴らしい契約だ!」


 機械と精霊。両者は、相対するものだ。2つが手を取り合うことはない。


 サトシの心臓が脈打つのに時間はかからなかった。

 トクンットクンと小さな鼓動からドクンッドクンと次第に鼓動の音が大きくなった。

 サトシの顔から生気が戻ってきた。目を覚まそうとするサトシにジュンが心配そうな顔で覗き込んだ。


 ジュンの膝の上で目を覚ましたサトシは咄嗟に体を起こそうとしたが、力がまだ入らず、仕方なくそのまま状況を確認した。

「イタタ…。どうしたんですか? 戦いは?」

「バ…カ。あなたはさっきまで死んでいた……の」

「あはは、通りで体が痛いわけだ」


 和やかな戦闘の終わりも束の間。ジュンに異変が起こる。魔力が行き場をなくして、一点に止まり、膨れ上がっていた。

「サトシ……」

「なんですか?」

「お願いがある……の」

「僕を助けてくれたジュンの頼みなら、なんでも聞きますよ」

「その言葉聞いて安心…した」

 ジュンは、少し悲しげに笑い、嬉しそうに涙を流した。

「私を壊して……欲しい」

「——何をいっているんですか」

「もうすぐ私は、使徒とも何ともわからないものになる……の。ただカロリーストーンのエネルギーがなくなるまで暴れまわる危険な存在に……ね。だから、その前に私を壊して……」


 ジュンの発言にサトシは言葉を失った。何を言えばいいのかわからずにただジュンのスフェーンのように美しい目を見ていた。


「壊し方は教えたわ……ね。カロリーストーンを壊すの。場所は……ここ」

 ジュンは、ぽっかり穴が空いた胸を指差した。そこには真っ赤に怪しげな光を帯びているカロリーストーンが内包していた。

「できない。僕にはできない」

「いいえ。あなたならできるわ」

「できない! そんな悲しいことできないよ!!」

 ジュンの意識は、いつカロリーストーンの魔力に飲み込まれてしまうかもわからない。ジュンには、それほど時間がなく、そして、そのことを自覚していた。だが、それでもジュンは優しく説得を繰り返した。

「あなたに会えたことが運命だった……の。今なら、あなたに出会うために作られたとさえ思う」

「どうして、そんなことがわかるんだよ!!」

「私の心は、あなたに渡すためにあったんだ。その鼓動が教えてくれている……の」

サトシは、自らの心臓がいつもと違い、落ち着いた力強い鼓動を打っているのを感じた。

「これは贖罪なのか……。君の心臓を奪ってしまった……」

「……いいえ、償わなくていい……の。——ねえ、サトシ?」

 サトシは返事をする代わりに泣きじゃくっていた。その様子を見て、ジュンはサトシの顔を見て、笑って見せてあげた。

「私は、あなたに命をあげる。だから、あなたがこれから生きていく人生で、生きることは素敵で美しいんだと……私に教えて?」

 ジュンの態度は、今の状況からしたら、大きく見せていることがわかった。その強がりにも似た優しさが心臓を強く締め上げた。

 その痛みが全身を駆け巡る痛みと違うこと、そして、ジュンの心臓が伝えてくる持ち主の感情がサトシには痛みを超えて伝わってくるのだ。

 その選択に後悔がないと言うこと。サトシに対する感謝が多分に含まれていること。そして、熱いほどの愛情。

「……わかったよ。証明してみせる。君の命の分も生きることは素敵で美しいんだと……証明しよう」


 サトシは、ジュンと向き合い、ぽっかりと穴の空いたジュンの胸部に手を入れて苦しまないように力一杯、それを握りしめた。


「命をありがとう」

 ジュンは、サトシの言葉に少し驚いた顔をした後に満面の笑みを浮かべた。

「どういたしまして!」

 ジュンは、幸せそうにとまった。

ありがとうございました。

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