愚か者どもよ
よろしくおねがします。
あれほどの魔力を込めた攻撃が不発に終わったことにニコクが焦る……ことはなかった。
ただ訝しんだ。どうして? 何が起こったんだ、と。
その謎に答えたのがニコクで笑っていた。
「エネルギーを喰らったか……。まあいい。——力を持たぬ弱き人間よ。これが死というものだ。存分に楽しんでくれ」
その場の誰もが何を言っているのか理解するのに、時間がかかった。人間とは、誰のことなのか……。自分なのか、それとも他の誰かなのか。その答えは目の前の出来事でわかった。
サトシが口から勢いよく血を吐き出した。と同時にその場に倒れこんだ。——人間とはサトシのことだった。ニコクの触手のように伸びた手は、心臓に大きな穴を開けて、血溜まり作っていた。
「見なかっただろ? 気を抜いただろ? あの男が来て、もう狙われることがないと踏んでいただろ? 人間は、なんて呑気なんだろう」
ニコクはそう嘲笑った。
「お……お前えええええ」
倒れこんだサトシが力を振り絞り、ニコクに反撃をしようと立ち上がりかけた時、ニコクが呆れたように言う。
「やめてくれ、見苦しい。死人に口無し。喋る必要はない」
そう言うとニコクは、アデルバードに向き直った。
「し、死人だと……? 僕はまだ死んで…なんか、いな……いぞ」
サトシの意識が途絶えた。
◇◆◇◆
サトシが動かなくなった。すぐそばにいたジュンが蘇生を試みていた。
「死なせない……。これこそ無駄死に……だ。あなたは生きなきゃいけない。私に生きろと言っ…たそばからこんなこと……」
ジュンの必死の救命処置をみて、ニコクが嘲笑った。
「さあ、始めよう! 2番目はお前だ」
そんなことを言うものだから、アデルバードは反論した。
「君に壊されるものなんてない。誰一人、君が壊せるものなんてないんだ」
アデルバードの言葉に面白くない顔をしてニコクがせせら笑った。
「結果が全てだ。あの男はもう助からない。それが結果だ。そして、この現実も」
ニコクは、再び触手のような手を伸ばしてアデルバードの心臓に大きな穴を開けようとする。
だが、同じようにさせるアデルバードではい。
「ッチ」
と言う舌打ちが聞こえた。
「使徒は、効率的に殺したがる。だから、攻撃がわかりやすい。最善の一手と言うのは、よくよく考えればわかりやすいものだ」
その言葉と同時に、ニコクが大きく跳躍をした。
「無駄だ。ニコク、君の自我はまだ幼い。俺の言葉を受けて、学習しての攻撃だろうが、精神が電脳を超えられていない。だから——こうなる」
ニコクは、大きな跳躍を見せたが、何もできずそのまま砂埃を撒き散らしながら、落下していた。その不可解な出来事にニコクの頭はついていかない。
そして、その謎が解決しないままにアデルバードに飛びかかったが、先ほどと同じように地面に伏す。それを数回繰り返してニコクは動かなくなった。
「不思議かい? 今、起きていることが不思議でたまらないかい?」
ニコクは、顔を伏したまま何も語らない。だが、ニコクは次なる攻撃を仕掛けていた。細いコードの触手を地面に潜らせ、アデルバードを捕らえようとした。
「だから、無駄なんだ……」
しかし、無駄の言葉通り、アデルバードはその企みすら看破した。
「ど、どうゆうことだ。なぜここまで見切られている!! ありえない。ありえないぞ! どうなっているんだ!!」
「言っただろ? 君の自我は、まだ幼い。その幼い精神では電脳は超えられない」
「だから、貴様は何を言っているんだ!!」
「これこそが君がセラームではないと言う証拠でもある。だから、安心だ」
「……貴様は、一体何を知っていると言うんだ」
アデルバードは、悲しげに笑って見せた。
「君は、自らを使徒と呼んだが、それこそが君の弱さだ……」
幼き使徒ニコクは、気づいていない。突然に自我を持つと言うことがどうゆうことなのか。そして、使徒となることがどうゆうことなのか。
「使徒とは、サイボーグ化の成れの果て。しかし、成れの果てって言うが、それは終着点ではなく、誕生に近い。新しい生命の誕生だ」
「そうだ、だからどうした! 以前に比べて、魔力量も格段に上がっている!! これが進化でなくてなんだと言うんだ!!!」
「いや、それは勘違いだ。使徒の魔力量は、カロリーストーンの内臓量に影響している。以前は、その魔力を使ってしまえば、途端に使徒になるだけだっただけだ——そして、それが「十」使えるようになるだけ」
「だからどうしたんだ! このカロリーストーンが十全使えれば、大抵のやつは壊せる。あの男のようにな!!」
ニコクは、息の荒々しいサトシを指差した。
だから、アデルバードは悲しげに笑って見せたのだ。
「君が使徒になったように私は精霊になったのだ。ニコク……君のように生まれたてではなく、新たな次元に足を踏み入れたのだ」
「っふん! そんなことは私もそうだ! 新たな次元に足を踏み入れた」
アデルバードは、鼻で笑った。
「君のその認識は間違っているよ。使徒は、新たなステージなどではない。もう、成長すらない絶望の底だ」
だが、ニコクはアデルバードとは違う笑いを見せた。
「…ふは。これが絶望だと……? この支配された感情が絶望だとは笑わせてくれる」
「風薫り、時薫る。水薫り、時薫る。土薫り、時薫る——時間とは、成長だ。私たちに時は、そっぽを向いてしまった」
「わけのわからんことを……。それを証明してみろ!!!」
ニコクは、逃げ道を塞ぐように触手で取り囲んだ。その触手の先に魔力が圧縮されていることに気がついたが、アデルバードは右手を左から一文字を引いた。
「証明しよう。我々は、力を求める為に全てを投げ出した愚か者だと。証明しよう。何かを捨てることは、強くなることじゃないことを」
お久しぶりです。




