あなたには信じてもらいたい
よろしくお願いします。
どこかで強烈な魔力が一瞬現れて、消えていくのをカリーナは感じ取った。また、その後に精霊の存在が強く現れたのを知って、誰かが……とてつもなく強い誰かが精霊を使役したのだと思った。
だから、現れた精霊が誰なのかカリーナは、現れた方角に意識を集中させた。
「ふふ、彼女か……。そんなに存在力を高めてどうした? 私に気づいて欲しいのか? 全く……今日は実に愉快な日だなっ!」
カリーナが魔力を感じた方角に嬉しそうに呟いた。
カリーナは、精霊として能動的に“何か”をするということをしない。いや、カリーナに限ったことではない。攻撃されれば、攻撃を受けることもあるが、基本的には、受動的な反応のみでアクションを起こしている。
だから、今もニコクからの攻撃に対して全く動こうとしないアデルバードに代わって攻撃を防ぎ、彼を守っている。
だが、それに伴う反撃ということは全くしない。
だから、アデルバードのことを見た。当のアデルバードといえば、瞳を閉じているばかり。
◆◇◆◇
それは苦しくも、幸せな日々だった。
彼女の名前は、セラーム。良き理解者であり、妻だった。
「ねえ、アデル。私……、とっても幸せよ。あなたと過ごす時間が大好きなの」
彼女は、いつも笑って大切な人との時間を楽しんだ。
その素敵すぎる笑顔にそばにいる者は、いつもこう返した。
「いつまでも一緒に居よう…約束だ。君とあった瞬間から、二人の魂が離れることなんて、この先一生ないんだから」
これこそがセラームだった。二人が求めていたものは、この時間にこそあった。探し物は、この時間にこそあったのだ。
しかし、幸せな時間ほど、無常に過ぎ去り、すり減らしていった。
彼女の生まれは、黄の国。各国には、特色と呼べるものがあり、黄の国は、機械文明の発達により、体の多くを機械化することによって力を強くしたり、命を繋いだりもした。
住人は、体の悪いところを機械で補う。まるで、薬でも服用するかのように気軽なことだと、体を機械化へと変えた。
だが、それが正しいと誰も疑問に思わない。機械化するという初めの頃の恐怖はなくなる。笑顔で受け入れる異物が人であることや生き物であるということから離れさせているということを忘れる。恐怖をするということは、疑問に持つことと同義であることを——忘れる。
機械化した部分は、大きなエネルギーを必要とした。少ない機械化だけならば、人体のエネルギーだけで賄うことができた。だが、悪いところが多くなるにつれて、機械化する。多くの機械化された部分は、人体が生産できるエネルギー量を優に超えて消費し続けた。
そこで用いられることになるのが、カロリーストーン。莫大なエネルギーを保持しているもの特級に危険な謎が多い物質に目をつけた。
体の大部分が機械になったセラームは胸にカロリーストーンを埋め、エネルギーを補った。
しかし、そのカロリーストーンのエネルギーは——多すぎた。あまりにも多すぎたのだ。
その有り余るエネルギー量は、生命を維持するだけでは消費することはできず、また、体の機械化された部分だけでも、溢れ出るエネルギーを消費しきれなかった。故に、その無尽蔵なエネルギーを消費するために、さらに機械化をする。その繰り返しの螺旋が彼女を蝕んだ。
魔力は、漂っている分には人体に害はない。ないと言っても、実際は微力ながら体を蝕んでしまう。だが、少なくとも、ただ生活している限りは、死ぬまで人体に主立った影響はない。
しかし、魔力は体を介して使用すると途端に牙を剝く。
国民は、知らぬ間に使徒になるレールに乗ってしまっていた。機械化をし続けることは、使徒になることを早めてしまう。そして、長い年月を機械と共に過ごしたセラームは顕著だった。
多くの人は、長く生きたい……と願いながら過ごす。
セラームの場合、大切な人と共に過ごす時間がいくらでも続けばいいと考えていた。だが、アデルバードと過ごす時間は短すぎた。
アデルバードが冒険に出てしまう。そんなアデルバードをセラームは、よく引き止めた。
「ねえ、アデル……。行ってしまうの?」
彼の袖を2つの指でそっとつまむ。
だが、彼はその制止を振り解いて、彼女の前からいなくなっていってしまうことが常だった。
「ああ、少し待っていてくれ。すぐに戻るから」
アデルバードは、セラームを一人置いて、いつも冒険に出た。
「早く見つけなくては……。今のカロリーストーンの魔力だけでは、生命を維持できない」
青の国のアデルバードにとって、セラームの改造のことはわからなかった。彼にとっては、オーパーツ。青の国がこれから発展し、発達したとして、黄の国の文明レベルに達するのにどれほどの年月がかかることだろうか。同じ世界に住んでいるが、2つ国は全くの別世界だった。
しかし、わかることもあった。この危険な土地に順応するために、度重なる改造するセラーム自身が持つカロリーストーンの内臓魔量を彼女の消費エネルギー量が上回りつつあること——。
アデルバードがセラームから離れて冒険に出た理由は、より多くの内臓魔量を誇るカロリーストーンを探し出すことだった。彼には、それくらいしかできなかった。
冒険に出たアデルバードは、最初の頃、3日ほどで帰ってきた。けれど、セラームの改造が多くなり、さらに多くの魔力量を保持するカロリーストーンが必要になると、アデルバードは長い月日帰ってこなくなった。それは長くて1年間、カロリーストーンだけを探し続けた。
そして、アデルバードは、ついに、最高のカロリーストーンを見つけ出した。
そのカロリーストーンの魔力量は、明らかにこれまで探し出したカロリーストーンの魔力量とは比べものにならなかった。
それをセラームに渡した時、運命の歯車は狂い出した。
そのカロリーストーンを見つけ出したということは、セラームの改造が完全に終了したことを意味する。それと同時に、セラームは、いつ使徒となってもおかしくない状況に堕ちた。
だが、その危機的状況とは異なり、二人は穏やかな生活を送ることができた。それは不安要素がなくなったからに他ならない。幸せな二人は……、笑顔が絶えない二人となった。
この記憶は、アデルバードの記憶の一部。精霊との契約で奪われた幸せな記憶の上澄みに過ぎない。
◆◇◆◇
機械化した人間は、いつしか取り入れた機械に飲み込まれる。
取り返しのつかないエネルギーに翻弄され、自ら持って生まれた姿を見失う。
ジュンは、外で起こっている出来事を俯瞰してみることしかできなかった。彼女自身も、セラームに起こっていることが人ごとなどではなく、近い将来自らに起こる災難と認識した。
ジュンは、彼女に起こる全てを瞳に焼き付けることしかできなかった。自分に何ができるのかと自問することなどできず、その将来に絶望することしかできなかった。
ジュンは、自分のせいだと思うことしかできなかった。アデルバードを連れてきたことが全ての始まりである、と自らで結論づけた。
何年も時の流れと内に秘めるエネルギーに身を任せたセラーム。強い願いを叶えることによって、手綱を放棄したがごとく制御を失った機械の体——。何もかもを忘れ去り、待ち焦がれた愛する男に攻撃するセラームを見て、ジュンは呆然として、何も考えないことが現実逃避だった。
しかし、失意に悩むアデルバードに嬉々として攻撃をしようとするセラームを見たとき、体が勝手に動いていた。
「全てを忘れた悲しい母さん。会いたい人に会えたのに、なんて顔している……の?」
アデルバードへの攻撃をセラームは食い止めた。
「ついに出てきてしまったのか。この殺戮という名の愛が終わるまでじっとしていればいいものを……」
「見過ごす事なんてできない……よ。この事態は、私のせい。二人には素敵な記憶のままでいてほしい…じゃん」
そのスフェーンのような目は、美しい輝きを保ち続けて、ニコクを見つめた。
「その目……、人間らしい目だ。そして、私が一番嫌いな目だ。——人間に復習を!!!」
ニコクの魔力が跳ね上がった。
時間がどうとかって話も重要です。




