抑えきれない興奮は隠しておくには勿体無い
よろしくお願いしまーす。
いつも静かなはずの廊下を慌ただしく走る。それは急いでいるからに他ならない。
老は急いでいた。緊急事態を知らせるために、玉座の間へ急いでいた。
「急がなくては……。これは想定外! こんな……、こんなことが起こるなど……想像できん」
老体に鞭を打ち付けて小走りをして、ようやく、玉座の間についた。
老は、ノックなどせず、警護兵を余所に大きな扉を力一杯押す。そして、そこで目にしたものは……。
「いない……。誰もいないぞ! この非常時に一体どこに……」
王であるバーナードは、玉座の間にはおらず、玉座近くの大きな両開き窓が全開でレースが風に揺れていた。
「もぬけの殻とは……どうしよう……」
◇◆
バーナード・フォレスという男は、変わった男であった。
行ったこともない場所、見たことのない光景。彼には知らない“記憶”があった。しかし、彼はそれを不思議だとは思っていない。
この不思議な力のことを誰も教えてはくれない。——『ただのスキルだ』と言われることが落ちで、バーナード自身もそれがスキルの仕業であると考えていた。だから、バーナードは誰に相談することをせず、自身のスキルとだけ向き合った。
それはスキルを持つものとしてごく当たり前の行動でもあり、推測自体も間違いではない。
彼の不思議な力はスキルによるものだった。だが、スキルの定義から外れているスキルでもあった。
スキルとは、魔力と己の強い意志が呼応することにより、困難を打開し得る力を授かることだが、彼のそれはまるで違った。
そう、彼のスキルには強い意志も信念も備わっていない。生まれ持ち、その不思議に気がつくまでじっと身を潜めていたスキルだった。
「僕は、このスキルを神からの贈り物……。いや、まだ知らぬ自分からのプレゼントだと思う。このスキルがあるから、僕は王となれた」
バーナードは、天を仰ぐ。
雲ひとつない満天の夜空が彼を包み込み、風がバーナードを祝福するように優しく撫ぜる。
バーナードは、目を閉じた。それはスキルの使用を意味していた。すると、体から淡い光が生じ、一瞬で消えていく。
「僕が王だ! 僕が王なんだ!! この僕が王だぞ! あはははははは!!! この国の“モノ”は、全て僕のものだ!! 誰にも邪魔されない」
しばらくバーナードは笑い声をあげ、酔いしれた。
「あの頃の僕は、もうどこにもいない。このスキルを知って、その意味を知って、僕はついにこの国の王に上り詰めた!!」
一人しかいない大きなバルコニーでバーナードは、自らの地位を噛み締めた。
「僕だったら、十二使徒でさえも、倒すことができるんだ!」
バーナードは、それを証明するかのように魔力を高めた。大きな魔力の柱が立ち、その魔力の全てを風に変えて街に放った。
「やっぱりだ。こんなに大きな魔力を難なく扱える。僕は……、王なんだ!!——この目に見える大きな街やその奥に広がる広大な土地の王なんだ!!」
彼は、遥か遠くに広がる地を見て、堪えることのない笑みを漏らした。
「僕が王になって、初めての使徒侵攻だ。楽しみだなあ。この力を思う存分、力一杯使ってみせるぞ」
手に力を入れて握りこぶしを作り、興奮する気持ちを抑えようとした。
高ぶりを抑えようとしていると、放った風が知らせを持ち帰ってきた。
その知らせは、今の彼の高ぶりをさらに高めるには十分すぎるほどの風の便りだった。
その知らせとは、もうすでに使徒は青の国に侵攻を開始しており、その数が過去の記録の3割増しほどの量であることだった。
「使徒が聞いていた数よりも多いな。これは早く行った方がいいかも……。いや、ここで慌てても、王として素質がないと思われるのか……」
バーナードは、そう悩み、小さくため息をついた。
「王も悩むことが多いな」
と、気持ちの晴れない言葉とは裏腹に嬉しそうに呟いた。
「じゃあ、こうゆうことにしよう。今日はいいことがありそうだ。だから、少し早く出てみても何も言われないだろう!とね」
そして、バーナードは、少し王の顔を作って言う。
「アン。そろそろ使徒を撃退しに行こうか。今日は、いいことがありそうだ!」
「そうね、今回は珍しく12使徒が来ているって聞いたことだし、それに使徒の数も多い。早くぶち壊してもいいでしょう!」
そう返したアンの言葉にバーナードは……笑っていた。
「そうだな……」
それだけ言うと、彼は、飛び跳ねて、シュノーケリングのように陣風に乗った。その風は、彼が作った風であったが、とてつもなく速い風だった。
通常の風ですら、条件を満たしさえすれば、優に時速300キロを超える。ならば、この王の風は、どれほどに速いのか。
正解は、遷音速。バーナードが作り出す風の速度は時速900キロを超えてくる。
王都が青の国のおおよそ中心であるが、この速度ならば、即座に目的地に到達することができる。使徒が侵攻しているという目的地は、黄の国の方角ではなく……、黒の国との国境から侵攻していた。
遷音速で国を低空飛行横断するとどうなるのか……。バーナードは、しっかりと弁えている。
遷音速で物体と空気が移動すれば、耳をつんざすような爆音とその通過した後には、流出気流により巨大な竜巻が発生し、広範囲で甚大な被害が及ぶ。そして、移動後に衝撃波が起こるだろう。
だが、バーナードの飛行は、至って静かなものだった。
なぜなら、ここでバーナードは、トンネルを作った。狭い大きい力に対して、四方八方に筒のようなジェット気流を作ることでエネルギーをバーナードとともに移動させていた。
——しかし、この方法には難点があった——。
目でとらえることのできる速度を超えて、超スピードで目的地についた。
空中で静止してバーナードが一言、
「使徒の数がおびただしいな。それに無駄のない動きだから、気味が悪いな」
バーナードは、少し余裕そうに、いや、嬉しそうに話した。
「指揮系統が最強の使徒がこの量で来たら、大抵の強者は、尻尾を巻いて逃げ出してしまうところだけど、あなたは違うわよね。そんな余裕そうに……」
木々が生い茂り、決して平坦とは言えない大地を蠢く使徒は、闇雲に侵攻するのではなく、一機たりとも乱れぬスピードで侵攻していた。
その数、およそ8000機。そのほとんどは、動物型であるが、指揮系統の上級には人間型ちらほら見受けられた。
そして、上空——。バーナードたちは気がつかなかったが、彼らのさらに上空には、鳥型の使徒が偵察がてら配備されていた。
鳥型の使徒がバーナードを発見すると、同時に、全ての使徒がバーナードを認知した。
攻撃の合図があったわけではないが、全ての使徒がバーナードを目掛けて攻撃を開始した。計算され尽くされた最低でも8000以上の攻撃は、ぶつかり合う事なくバーナードから回避する道を無くした。
しかし、バーナードは意を介さない。バーナード目掛けて発射されている砲弾、弾丸、レーザー、飛礫、その他全ての攻撃。まるで球体でも形成しているかのように取り囲む攻撃を1つ残さず彼は、撃ち落とした。
煙でバーナードの姿は見ることはできないが、声だけが彼の生存を伝える。
「小手調べのような攻撃にかまってられない。——向こうのほうで、魔力の放出があった。どうなっているんだ。臆病な12使徒が2機ということなのか……?」
バーナードは、南の方角を見て、冷や汗を流した。
「そうね。12使徒のように強い魔力ね。でも、その横にもう1つ……、精霊の反応があるわ……。この精霊は……」
アンがひどく歪んだ。そして、ついには醜いほどの笑い声をあげた。
「キャハハッはあああ!! ついに出てきたのね、アイツ!! これはもう、こんなところで遊んでいることなんてない!!」
アンの高ぶりと言葉に呼応するようにバーナードが魔力を極限まで高めた。それから魔力がぱったりと消える——。
まだまだ続きます。




