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避けては通れないこともあるかもしれない

よろしくお願いします。

 飛び退いた使徒は、笑い声をあげた。

「ククク、アハハハ」

 ニコクの笑い声は、木々たちの葉の擦れた音と相まって、不気味に響き渡った。

 不吉さを孕む空間は、使徒の笑い声が止まると同時に無音になる。それはこの空間自体が使徒に支配されていることを意味していた。

「ああ、すまない。私は、つくづく幸福だと思ったんだ」

 支配者が言葉を吐き捨てる時、嫌悪感が体をかけずり回った。

「幸福?」

「体の支配権が移り、初めて自分の意思で憎い人間を壊せると思うと笑いが止まらないんだ。これが幸福だと言わずに何という」

 ニコクがサトシを指差した。その示す内容が“お前が標的だ”ということをサトシを含め、その場の誰もが考えた。

 しかし、サトシは不思議そうに首を傾げた。


「僕を殺す……ということですか。果たして、出来るもんでしょうか」


 その様子を見たカリーナがサトシに話しかけた。

「あの使徒の強さ……。魔力の制御が覚束ない貴様は、わからないだろうが……」

 サトシがカリーナの話を遮った。

「わかります……、流石にね。このガリガリと肌を削るような魔力の質、それと量。何より禍々しく気色悪い」

「……鋭いな。魔力が大まかに判れば、相手の強さがわかってくる日も近い」

「だから、わかりますって。悔しいですが、カリーナから借りた力を100パーセント扱うことのできない僕で相手が務まるか……。それよりも——」

 カリーナが笑った。

「あははは!! 使えこなせなくて当然。精霊の力は、それほど甘くない。なぜなら、私が勝手に貸し付けているようなものだからな。時間をかけて慣らすしかないのだ。だが、今、重要なのは、あれだろ?」

 サトシが怒りを露骨に現した。

「ええ、あれです。ここで一番腹がたつのは、使徒なんかじゃない。そこで事が済むまで狸寝入りをしているじじいです!」

 カリーナは、涙ぐむ素振りを見せながら、

「やっと少し本性が見えてきたな……。私は、それが嬉しい」

 なんてことを言う。


 そんなカリーナを意に介さずに、血だまりに寝るアデルバードのところに歩いて向かい、しゃがみこんだ。

「いつまでグジグジしているつもりなんだ!!!」

 アデルバードを起こし、胸ぐらを掴んで怒鳴り込んだ。

「……」

 返事はなく、動きすらなかった。だが、サトシは構わず、言い放った。

「うすら野郎が!! あんたがその気なら、俺がセラームさんを助けるぞ! このまま、何1つ約束を守れなくてもいいんだな!!」

 そのままアデルバードを手荒く地面に叩きつけた。


 そして、しばらくしてアデルバードがやっとのこと立ち上がった。

「イタタタ……、君は厳しいな。感傷にも浸らせてはくれないか……」

「当たり前だ! あんたが感傷に浸っている間にも、セラームさんは、待ってるんだ!」

 その叱咤の言葉にアデルバードは……、泣いていた。気づいたら、泣いていたというように彼すら泣いていることに気がついていなかった。——雫が地に染み込んでいくのを見て、やっと気がついたほどだった。

「……彼女がいないと思うと、こうして涙が出てきた。ここにいるんだと思って、騙してきたが、やっぱり側にはいてくれない……」

 アデルバードの傷心ぶりは、サトシにとっても察して余りあるものだったが、だからこそ、強く言い放つ事にした。

「いない!! だけどな、1つだけ言えるとしたら、ただ一人、たった一人であんたを信じた人がいたってことだ!」


 アデルバードは、一度目を瞑った。そして、1つ大きく息を吸い、ゆっくりと軟弱な気を追い出すように息を吐き出した。


「まったく……痛いところをつく若造だ。だが、全くその通り!! 俺が今!! 1つ、ただ1つの“生きている”約束を守ろう——そして、そんな大切なことを教えてくれた君に、先輩である俺が!! 精霊の使い方を教えてやるとしようか!!! そこでじっと見ていなさい」

 アデルバードが覚悟を口にした瞬間、魔力の質が小気味好く、爽快に、清々しく、そして、潔く——変化する。


 その魔力を放出し、アデルバードがニコクの前にたった。ニコクもアデルバードの挑発とも取れる魔力の放出に競り合うように魔力をぶつけ合った。二人の魔力は、絡まり合い、渦を巻き、ぶつかって上空で1つの柱となった。

「ニコク……、君は彼女を殺した……」

「殺したとは心外だな。取り込んだのだ!! そして、1つとなった。お前の愛した女の心も体も……、そして、記憶もな!」

 ニコクは、不敵な笑みを漏らした。

「実に愉快だ。この体には、大きな愛が刻まれている。お前と過ごしたわずかばかりの時間で、これほどまでに記憶に刻まれるものか! この女はともに死ぬことすら厭わないように思ったのだ。——素晴らしいとは思わないか?」

「ああ、素晴らしいさ! それが彼女と俺だ!!」

ニコクは、アデルバードの同意に首を振った。



「違う違う。そうじゃない」

 ニコクがさらに腹黒く、ニヤニヤとして笑った。

「お前が愛した女をアタシが乗っとったことだよ!! こんなにも、大きな愛に生きていたのに、その愛に死んだ。実にバカバカしい、実に笑い話だよ!」


 アデルバードの魔力の放出がより一層に大きくなった。

「あははは、なんなんだ! 愛する女がコケにされて、嬉しくて張り切っちゃった? あははは、だから、人間は、面白イィ!!」

 アデルバードから放出される魔力に競り合うようにニコクが、さらに大きな魔力で上回った。


 その大きすぎる魔力にアルシアは震えていた。

「これが個人の魔力なの……。使徒の魔力が桁違いすぎます。こ、こんな静かで、恐ろしくて、大きな魔力……、感じたことがないで、す」

 アルシアの眼に映る二人は、まるで自分とは違う生き物に写っていた。

「確かにとても大きな魔力です。ですが、大きさだが重要だとは、限らないですよ」

「で、でも! この差は覆せる差だとは思いませんよっ!!」


 アルシアの言う通り、ニコクとアデルバードの二人には、大きな隔たりがあった。それは魔力の総量。——アルシアの目算で、約30倍。魔力の総量だけで、その大きな差があった。——その差をわかりやすく言えば、体重差。誰しもが30倍の差を埋めることはできない。それは素直に、腕力、脚力、パンチ力、ピンチ力。ありとあらゆる膂力に変換される。

 そして、それはアデルバードの魔力量をカロリーストーンなどの道具で補えば、その差を埋められると言うものではない。アデルバードには、彼の力量にあう魔力量しか扱えない。道具等で単純に量だけを増やしても、垂れ流すしかなかった。

 そう、今、アデルバードは魔力を垂れ流していた。



 そうして、競い合うように放出していた魔力をニコクの魔力が蝕むように食べた。


 そう、食べたのだ。突然、アデルバードの大き過ぎる魔力が消えた。


「なんて濃密な魔力なんだ」

 満足げに唇を舐めた。

またお願いしますね。

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