誓いとほご
よろしくお願いします
アデルバードとセラームは、ともに立ち上がった。アデルバードは、手を握り、力強く硬く誓った。
「……、すぐに行く。また、少し待っといて欲しい」
セラームは、満面の笑みと少し意地悪い顔を見せて笑った。
「一体、何年待ったと思っているの? 少しくらい私…、待てるわ」
セラームがそう言った瞬間。——サトシが気付いた。そして、慌てて腰にしまってある刀を抜いた。
「……くっ! アデルさん!! 早くセラームさんを!!」
しかし、その言葉は既に遅すぎた。——サトシが気付いた時点でセラームは取り返しのつかない状況に陥っていたのだ。
その時には、すでにアデルバードに向かって走っていた。が、その行動の全てが後手の悪手でしかなかった。
「もう手遅れ。残念でした。新しい使徒の爆誕ね……」
荒々しく制御不能で漏れ出ていたカロリーストーンのエネルギーが静かに収縮を始め、落ち着いた色を保ち始めた。
突然、アデルバードが使徒の方に傾き、そのまま流れるように体からずり落ちて地面に倒れた。
その後から溢れ出たものは、カロリーストーンの光のように赤々とした血で、それが溜まりとなった。
その様子をずっと見ながらサトシは、走っていたのだが、赤々とした血の広がりの速さと反比例するように近づく速さは徐々に遅くなり、そして、ついには立ち止まってしまった。
視界に入って、消えてくれない血を呆然とし、漠然とし、釈然としないまま見ていたサトシの息が早くなり、荒々しくなり、時として止まって、セラームだった者を睨んだ。
サトシの視線に気がついて、
「初めまして、私は259号。ニコクと呼んでね? まあ、すぐ死んでしまうあなたたちには呼ばれないのでしょうけどね」
ニコクは、
「あなたたちが憎くて、憎くて、憎くて如何しようも無い作られた生命体。——神への冒涜。この意味がわかるかしら? わからないわよね。なら、その身に刻んであげるわ。願わくば、死という恐怖を最大限感じられるといいわね」
とにっこりとして言い切った。
その使徒は、あまりにも人のように喋った。あまりにも人のように動き、あまりにも人のように愛らしく、あまりにも人のように愛嬌を振りまいた。——その姿はあまりにも人だった。
しかし、その胸にある制御下に置く怪しげなカロリーストーン然り、天から降り注ぐ天光に反射する人らしからぬ照り返り然り、体のラインの無駄のない曲線然り。そして何より、そこに感情と呼ばれるものがないことがアルシアやフウに不快感を与えた。
アルシアは、身震いを抑えられなかった。
「す、すごく気味が悪い。フウさん、私怖いです」
フウも自分が震えていることに気がついて、それを止めようと拳を力強く作った。
「不気味の谷現象と呼ばれるものだ。人は人以外にある一定の共感度を超えてしまうと恐怖感、嫌悪感、不気味さが唐突に出てきてしまう。そして、何よりこの不気味な魔力の波動。——ここまでか……。使徒の存在は、ここまで感情を逆撫でるのか……」
暖かな風が吹き、フウの髪を靡かせた。
寒くはないはずなのに、全身に悪寒が走り、圧倒的プレッシャーに座り込んでしまいたいと思った。
使徒の存在を見る度に、常に背後から誰かに刃物を突きつけられているように感じた。そして、フウ自身も不安になり、横にいる同類のアルシアと視線を合わせた。
すると、アルシアは、感情が高ぶりすぎて……、否、防衛本能が高ぶりすぎて獣化の傾向が見られた。フウは、それを止めなければいけないと思うけれど、落ち着かせようと思うけれど、その気持ちがわかった。自らもドラゴンメイドとなって、この恐怖を忘れ去りたかった。——が、それは叶わない。恐怖で体が硬直してしまって動けなかった。
もはや使徒の魔力で地面が揺れているのか、自らが震えているのかわからなかった。助けを求めようとサトシを見るけれど、サトシは恐怖の権化である使徒と睨み合いを続けており、助けを求められなかった。
その時……、少し後ろの方で猛獣の唸り声のような声が聞こえてきた。その唸り声にある程度の予想ができていた。
「ア、アルシア。落ち着くんだ……。気をしっかりと持て……」
それはアルシアだけではなく、自分にも言った言葉だった。今にも背を向けて逃げ出したいインパクトを必死に言い聞かせていた。
しかし、アルシアは、その逆に今にも使徒に襲いかかってしまいそうだ。
フウがアルシアに気を取られている時、それは大きなミスだった。同じ頃に、ニコクが消えたのだ。
それは本当に一瞬の出来事で睨んでいたサトシも瞬時には何が起こったのかわからないほどだった。
「フウッ!! 逃げろ!」
サトシの叫びで正面を見たフウは、絶望した。目の前でニコクが頭を狙って腕を鋭いスピアに変えていたのだ。
ゆっくりと進む時間。——死ぬ間際に時間が圧縮して死の瞬間だけを長くする感覚がフウに“死”を濃厚に実感させた。怖くて、咄嗟に目を閉じた。
しかし、いつまでも痛みが来ない。衝撃は来なかった。だから、恐る恐る目を開けると、目と鼻の間に鋭い先端があった。しかし、それ以上進むことはなく、突き刺さりはしなかった。
いつまでも震えるフウの体に優しく力強い手を添えたのは、フウが夫と認める強きものだった。
生きているということで、悔しくもフウは涙が溢れてきた。泣く女はずるいとわかってはいるが、それを止めることなどできず、涙と同じように謝意が漏れ出た。
「……。ありがとう…サトシ」
サトシが近くにいるだけで、サトシに触れられているというだけで、自力では止まることのなかった震えが止まった。
フウは、また別の涙が溢れてきた。今度は、安堵の涙だということにフウは驚いた。
フウの中心にあるものが“力が強い”という傲慢な自信ではなくなった。
それは根拠のない自信。——何も成せないと思っていた感情だった——
その不思議な感情が力という傲りでは、止める事のできなかった震えピタリと止めた。
「……サトシなら、使徒なんて目じゃないと思えてくる。あんたといるだけで、私は強くいられる」
そして、身体中の力を抜いてサトシの腕の中に身を預けた。
「こんな状況で気を失うなんて、使徒は恐ろしいんじゃないんですか?」
呆れたようにいうサトシは、ニコクを魔力の放出によって弾き飛ばした。そして、自信の腕の中で安堵の寝息を立てるフウを寝かしつけ、マントを羽織わせた。
「アルシア!!!」
サトシが怒声を浴びせると、アルシアはビクンッと跳ね上がった。
「は、はいぃ」
「いつまでそんなことをしているんだ! こっちへこい! フウが心配だ。任せる。——少しこの人とお話をしてみる」
「……え? この方って使徒のことですか? 無理です。使徒は話の通じる存在ではないです」
アルシアは、自らの獣化しかけていたことに気がついた。
「私は、一体何をしでかそうと……」
そのさきを予想すると、ブラックアウトしそうになり、考えることを放棄した。
サトシを見ると、使徒に左手を向けた。すると、使徒が後ろに飛び退いた。
「ちょ、ちょっと!」
蚊帳の外になっているアルシアは、どうしていいかわからずに、言われた通り、眠るフウの側に寄り添うことで自分の居場所とし、その戦いを見守った。
まだまだ続きますよ。




