だだっ広い
よろしくお願いします。
“黄の国”の攻撃は、他の国のモノとは趣を異とする。しかし、その実、この世界の動力は全てが同じだった。魔力によるエネルギー変換で、個人単位では、得ることが難しい莫大なエネルギーを生んでいた。
草木も生えていないだだっ広い場所で、愛した二人は対峙する。あの頃の気持ちは何処に行ったのか探す様に二人は殺しあった。
セラームが攻撃をしようと、腕を伸ばし、アデルバードに狙いを定めた。セラームの目には、愛する男は、ただの標的でしかなく、淡々と攻撃の準備を行っていた。
そこにはきっと感情なんてなかった。その攻撃が確実に生命活動を止めるエネルギーが内包していることで悟った。
セラームの腕に刻々と魔力が溜められているのを感じ取り、アデルバードは身構えた。
そして、その時はやってくる。セラームの腕から一辺4センチほどの正方形のボックスが無数に浮かび上がる。浮かび上がった箱の中身は、幾つもの小型ミサイルが備わっていた。
しかし、黄の国の出身ではないアデルバードには、セラームの姿は理解し難い未知の技術であり、その攻撃性を測りかねていた。
その未知で悲劇は起こる。アデルバードにとって、それが攻撃には見えなかったのだ。
だから、ちょっとずつ近づき、誠心誠意の謝罪した。
「セラーム……。すまない。ワタシが……」
実に申し訳なさそうに言うアデルバードだったが、言葉は怒りに支配されたセラームには届かない。
「殺す……。お前を殺すぅぅぅぅぅう」
明確な殺意と共に準備されていた小型ミサイルが一斉発射された。
漂う発射痕——まるで火山活動による噴煙のように真っ白な煙だった。
セラームの周りは白い噴煙で覆われていた。覆われてしまえば、それは即ち煙幕の役割を果たした——。
一直線にアデルバードに向かう無数の小型ミサイル。その様子にアデルバードは、自らがとんでもない危険にさらされていることを察した。
「!!……」
近づいていたことが仇となった。しかし、当のアデルバードは、逃げる気などなかった。その暴力を受け止めようとしたのだ。
間も無く到達する無数の小型ミサイル。アデルバードはその威力に悲しんだ。
手加減などなされていない人一人を容易に殺す威力。もちろん、それはアデルバードも例外ではない。
しかし、アデルバードは、自分の命を脅かすほどの威力で攻撃したセラームの攻撃に悲しんだのではない。——穏やかなセラームがこんなにも激情に駆られるほどの怒りを持っていることに悲しんだ。そうさせてしまった自分の不甲斐なさに怒りを感じ、セラームの気持ちに触れて悲しんだ。
「……、すまない」
アデルバードは、ただ謝ることしかできなかった。
攻撃は、かろうじて、すぐそこに外れたミサイルの爆風を助けに遠くの方に吹き飛ぶことで難を逃れた。
吹き飛ばされ、倒れているアデルバードは、立ち上がろうとはしなかった。
先ほどまでセラームのいた方向は、濃い噴煙に覆われており、セラームを見つけることが難しかった。
「いつまで倒れているつもりなのかしら? それともワタシを見つけられない?——ワタシは、あなたの何処にいたの? あなたの心にいると思っていたのに……。——私は、あなたの何処にいるのよ?」
セラームの言葉を聞いて、ゆっくりと立ち上がるアデルバード。彼女の冷たく、悲しい声の方向に目を向けてみるが、やはり、そこには誰もいない。——途端、反対方向から強い衝撃があった。
「グフッ!」
アデルバードは引き摺られるように、地面を抉り取った。——しばらく、そこから一向に立ち上がろうとしないアデルバードは、ゆっくりと手をつき、立ち上がった。
しかし、前回と立ち上がった時の表情は違った。
「セラーム。君の本気はよくわかった。だから……、私も本気で君の気持ちを受け止めようと……思う——サトシくん、君の精霊を借りるよ」
アデルバードは、サトシにそう言い、カリーナを見つめた。
“——精霊術・誓約の懇——”
魔法陣とがアデルバードの足元に浮かび上がると、呼ばれたようにカリーナがアデルバードの正面に立っていた。
「私が水精霊:カリーナ・オルフィンだ」
カリーナがアデルバードの前に立って、誇示する様に自らの名前を叫んだ。
「触れてみてわかる。……精霊の存在力は、内包できる魔力量に影響する……、これほどの存在力。人間と同等サイズの精霊、見たことも聞いたこともない」
その賛辞の言葉にカリーナは、鼻で笑う。
「何をそんなに驚いている? 私をそこらへんにいる小童たちと一緒にするではない」
カリーナが不機嫌そうにぶっきらぼうに言った。
「それよりも、私に何か頼みたいことでもあるのだろう?」
カリーナの催促にアデルバードは、一瞬だけ俯いた。しかし、すぐにカリーナの方を見ると、こう願った、
「私と契約をしてほしい……」
「使役ではなく、契約か……。その覚悟はできているんだろうな? お前は……」
アデルバードは、大きく頷いた。
「最後まで言わないでもわかっておる。精霊と契約することの代償は心得ているつもりじゃ」
カリーナは、面倒臭そうに軽いため息を吐き捨てた。
「よかろう。貴様とて一端の精霊術者! すぐさま理性が飛ぶことは、あるまい! 少なくとも、あの女を止めるまでの間は。——時に、アデルバードよ。この契約で、貴様は私に何を差し出し、何を求める?」
アデルバードは、自らの心臓を叩きつけた。
「全てを捧げよう。この戦いが終わった後、好きにしてくれて構わない。体も、命も、そして、記憶も……。じゃから、力の全てを貸してほしい」
「ふは、ふははははは。面白い。よかろう! 気に入った! ならば、貴様の全てをしかと受け取るとしよう。その代わり、私はお前に力を貸してやる。存分に使うがいい。アデルバードよ!」
カリーナとの契約が成就した時、カリーナが甘い吐息をアデルバードに吹きかけた。それが肌にかかるとミストのように少し濡れた。
すると、アデルバードの体に変化が訪れた。——それは若返り。
劇的な若返りだった。肉体、精神、そして、内包する力。その全てが若返り、アデルバードに戦うための体を与えた。
「ちょ、ちょっと。なんでアデルさんの体が若返っちゃうんですかっ!?」
「さあ?」
そう返すサトシの後ろから、フウが答えた。
「水精霊の上位者は、時すらも“浄化”できると聞いたことがある。——肉体は、ピークを超えてから、衰えてゆく。錆びついてしまうんだ。しかし…カリーナは肉体の錆とも言えるものを洗い流すことで“浄化”できるのだろう」
アデルバードの姿が程よい筋肉がついた若かりし頃の姿に戻ると、彼は泣いていた。
「奇しくも、若返りすらも行える精霊だったとは……。そして、この姿は、君と初めて出会った時のそれ……そのものじゃないか」
「その姿を見るにつけワタシは、お前に対する怒りがこみあげる。ワタシを一人にしたお前の姿だ!! 長い年月にワタシたちの気持ちは変わり果てた! お前が忘れた年月に、愛するお前は、殺したいお前になった!」
セラームの言葉は、アデルバードにとってどんな攻撃よりも胸を刺すものだっただろう。
期待していた言葉と違うそれに今度は違う涙があふれ出た。
「わかっているとも。あの頃の僕はとんでもなくバカだった。強い君に相応しい男になるために、君よりも強くあろうとした」
アデルバードは、頷いた。
「だけど、それが間違いだった。君のそばにいるのに、力や富なんて必要なかった。それがわかったんだ!」
「…そう…。でも、もう遅いの。あなたはいつも遅い人。——アデルバードオオオオオ」
セラームの腕から刃が伸びて、アデルバードに斬りかかった。しかし、その時、アデルバードは、自身の体を水と為し、地面の中に染み込んだ。
そして、セラームの背後に回り込んで、攻撃をしようとするが——。
「できない……。どうしてもできない。君を傷つけることが……」
「何を今更!! お前は、ワタシをたくさん傷つけてきた!!!」
当然だった。理性をなくして、機械のようにプログラムに従って攻撃をしているようなセラームとは違う。
アデルバードには、しっかりと記憶があり、理性がある。そして、何も関係がない人間ではなく、今もなお、愛している人だった。
その様子を見たフウが、ポツリと漏らす。
「その感情が甘い……。今、殺されようとしているんだぞ」
遅い……申し訳ないです。




