お怒り
よろしくお願いします。
最高の状態で使用する魔石のエネルギー。——我々が扱える最高の毒だった——。
ジュンの表情は、浮かない。魔石の力、つまり、魔力を十二分に使用することができる体を晒しているというのに浮かない。
後ろめたいように視線を地に這わせ、右へ左へと向かわせた。どことなく落ち着かない。それは何か隠し事がある子供のそれだった。
「…でも、それは誤りだった……の。私たちの研究では、機械化をすれば、魔石による影響が制御できる……はずだった! そのはずだったの。でも……、本当は違った……。魔石は、単純なものなんかじゃなかった」
アルシアは、その呆れる馬鹿みたいな話に背筋を伸ばし、
「成功したと思っていたら、やっぱり、失敗で……、イエローの人たちは、今……、この時も知らぬ間に魔力に犯され続けているというんですね……」
と、アルシアは、視線を下から上へと追いやった。
その緊張にジュンは、小さく頷く。
「そう……ね。民は、このことを知らずに暮らしている…わ」
「いつ、自分たちが使徒になるかわからないのに、それでも国を信じ続けている」
「人はいつか死ぬ。それと同じだと考えれば……」
アルシアは、ついに怒りが抑えられなくなった。
「……!! なんて無責任な!! そんな馬鹿なことが許されるわけがない! 失敗を正当化するつもりですか!!」
ジュンは、一瞬止まった。活動自体が止まったのかと思うほどの静寂とともに、再び口を開いた。
「失敗……ではない。正確には、失敗ではない……の。国がこのことを公にしない……1つの理由」
サトシだけが首を傾げた。
この時、ジュンの言葉の意図を理解できていないのはサトシだけだった。質問をしたアルシアさえも、ジュンの言葉の真実には気がついた。
それはサトシが異世界人だから、仕方のないことだった。この世界にとっては、その存在はどんな犠牲を払ってでも、得たい存在だった。
しかし、わからないサトシは、だから、聞いた——。
「よくわからないなぁ。魔力によって侵されて、使徒になることが変わらないのなら失敗ではないんですか?」
ジュンは、悲しそうに否定した。
「違う……わ。研究者たちの目的——つまり、私たちの狙いは、王を創造すること……よ。それには成功した」
サトシの中にフツフツと怒りがこみ上げてきて、誰も気がつかないうちに握られていた拳が小刻みに震えだした。
サトシの言葉としては、普段通り穏やかな口調だったわけだが、その中には、確かに義への疑惑が含まれていた。
「成功……? そんなヘンテコな理由が通るわけがない。ただ一人の王のために、多くの人たちが犠牲になってしまったら、それは失敗です。たった一人、ただの一人の王を就けるために……」
サトシは、きっぱりとジュンの言葉を否定した。が、サトシ以外の者たちといえば、やはり、サトシの意見を肯定するものはいないように見えた。
ジュンでさえも、一瞬だけ目を閉じて、サトシを見て、首を振る。
「そうね。あなたのいう通り……だわ。たった一人の王のために、何十年も、何百年も……時間を費やした……わ。そして、時には、大切な人が理性のない使徒に成り果てたり、時には、大切な人の前で使徒になり、目の前の全てを壊したものさえ大勢いる……。時として、そんな悲しい出来事を起こして、何百、何万、何十万人、もっと多くもの人が使徒へと還っていった……の。——だから、本当にあなたのいう通り、私もあなたの考えに賛成したい……わ。でも…ね、たった一人の王は、その全ての犠牲を軽く凌駕する」
サトシも負けじとジュンに食ってかかる。
「王だって、1つの命です! そこには上も下もない。上なんてあってはならない」
ジュンは、嬉しく笑う。
「ギシシ。そう……ね。あなたが正しすぎて、嬉しい。この世界の人たちは、とってもおかしい……の。王の命は、ただ唯一の特別だと考えている」
そんな風に話がまとまりかけた時、フウが否定する。
「話を遮って悪いが、王は絶対だ……。どこの国でもそれは不変だよ」
そんな当たり前の言葉を聞いて、ジュンは頷くように下を向いて、わかっている、とだけ呟いた。
また、サトシの方を向くと、申し訳なさそうにサトシにいう。
「サトシ……。これが現実なの……よ。王とは、柱であり、壁であり、生活であり、規律であり、楔……なの」
全く納得のいっていないサトシと納得させようとしないジュンに、フウが姿勢を正し、右手を握り、胸に叩きつけた。大きな胸の音とともに、宣誓とも取れる言葉を口にした。
「我が敬愛する父君は、常々言う! 王とは、先駆者なのだと! 上に立つものだから誰よりも先を歩む者……。そこに躊躇いもなければ、恐怖もない。未開の地を掻き分け、危険を顧みない。傷だらけで進む者だと」
その時、サトシの体に隠れていたカリーナが彼の背後から現れた。
「どうしたんですか? 急に出てくるなんて」
サトシの呼びかけにカリーナが、
「そこの女の意識がはっきりし出したと思ってな。警戒するために出てきた」
カリーナの言う“そこの女”と言うのは、ロッキングチェアに座る女のことだが、その体が自らの記憶を頼りに自己修復を試みようと、再生を始めていた。
その変化は、劇的で触手のように伸びる回路が女の体を覆い、繭を形成した。
その様子を見て、次を予測したカリーナが漏らした。
「来るぞ、とんでもない奴が!!」
繭が裂けて、そこから姿を現したのは、まさに女神と呼称してもいいだろう。飛び抜けた美人が出てきた。
その美人に、アデルバードが目を見開いた。
「やっぱり、セラーム……なのか…!?」
セラームと呼ぼれる女は、一点にアデルバードを見続けた。
「ずっと待っていた。あなたが帰るのをずっと待っていたの」
「待たせたな。帰ってきたぞ。今帰ったぞ」
アデルバードの帰りを知らせる言葉に、セラームはニコッと笑みをこぼした。
「おかえり……アデル。——今までどこにいっていたの? 随分と帰りが遅いみたいだけど?」
その優しい詰問のような問いに、アデルバードが言葉に詰まる。
「遅かったわね。あなたがいなくなってから56年、218日、4時間31分15秒…。セラームがどれだけあなたのことを心配して、心配して、心配して、心配して、心配していたかわかる? 事故にあったんじゃないのかとか、重大な事件に巻き込まれてしまったんじゃないのかなとか、いろいろ考えていたの……よ?」
セラームの表情が怒りに満ち溢れると、正比例するように、アデルバードは、強張り汗を滲ませた。
そして、セラームは一瞬にして、その形相を優しげな母親のような表情に戻すと、アデルバードに近づいて行き、アデルバードの汗を指で拭き取り、それを自らの口に運んだ。
「懐かしい味、アデルの味。無事にセラームの元に帰ってきてくれて嬉しい……」
しかし、セラームが表情と言葉を一転させた。
「アデルッ!! 今までどこに行っていたの!! こんな危険なところに愛する妻を一人にさせて、よくもノコノコと帰ってこれたわね!!」
その時のセラームは、まさに鬼の形相で、年老いているアデルバードは、幼い子供のように顔を下に向け、目を閉じて、震えていた。
「歯を食い縛りなさいっ!!!」
硬そうな右拳を振り上げ、アデルバード目掛けて、思いっ切り振り切った。
当然アデルバードは、吹き飛んでいく。それは、家などと言う狭い空間に収まるようなものではなく、小さな掘っ建ての小屋を突き抜けて、外に吹き飛ばされていった。
大きな音を立てて、壁には大きな穴を開けた仕置だったが、家の完全崩壊は難を逃れていた。
「な、なんてことを!!」
と、サトシが慌てて外に飛び出していった。
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