後か先か。
よろしくお願いします
ジュンの家についてみれば、そこは見窄らしい家だった。見た目は至って貧相、所々、風の悪戯を許容してしまいそうな穴が空いていたり、天井には雨が悪ふざけをしてしまいそうな穴が空いてと、人が住むには些か……、だいぶんに機能を果たしていない家だった。
アルシアが、これは果たして家なのか、子供の秘密基地なのではないかと心で思ったのも頷ける。そんな家の体を模しただけの家だった。
そんな家にジュンは、もちろん躊躇う筈もなく入っていく。
そして、後ろをちらりと見て、
「ここ……よ。遠慮しないで……いい。——?? どうした……の?」
誰も入ってこようとしない。それを不思議そうに聞いた。
誰も遠慮しているというわけではない。誰も、それを家と認識していないために、入ることを躊躇ったことにある。
「1つ言わせてもらうよ。あんた、こんなところに住んでいるから、錆びだらけの体になっちゃうんだよっ!」
フウが責め立てて言った。
そんな体は——ジュンの軋む体は、サトシの魔法によって円滑に動くようになったが、その原因は、明らかに風と雨に晒され続けるボロ家だった。
フウの粗暴な言い草にジュンは、可笑しそうに笑った。
それはジュンにとってはくだらない疑問に過ぎなかったのだ。
「ギシシ。私の体が脆くなり、剰え、滅んでしまっても、そんなことは重要じゃない……の。——この家が無くなってしまう方が私にとっては、とても問題……なの。とても嫌……なの」
「何かの思い入れがあるのかい?」
「そう……。昔、ある人が……、私の憧れの人が死ぬまで離れることを拒んだ家。槍と見紛うほどの激しい雨が降ろうと、離れることなく。ギロチンが飛んできているようなかまいたちが吹こうが離れることなく。周囲の様子を一変に変えてしまうほどの土砂崩れが起きようとも、瓦礫を拾い集め、立て直し……ここに住んだ……の」
それを聞くと、真っ先にサトシが家の中に入っていく。踏み込むたび床が抜けそうなほどにギシギシと反る。
「見た目よりも、ずっと力強い家でした。しっかりとした柱がある」
その時、初めてジュンがサトシを見て笑った。スフィアブルーのように爽やかな笑顔。機械的な笑いではなく、人間……。そう、普通の可愛らしい女の子の笑顔だった。
「そうか……。道理で見覚えがあるわけで、私と彼女の家だったのか。それで君が約束を果たすまで、守り抜いてきたというわけか……。ありがとう。本当にありがとう」
「そう、しっかりと覚えていた……のね。なら、約束を果たして。彼女のために……」
見窄らしい家の戸が昔のジュンのように軋む音を鳴らしながら、優しく開いた。——誰もがいない暗い部屋を想像したが、そうではなかった。そこには、ロッキングチェアに座り、静かに本を読んでいるかのような女性がいた。
それが一種の家具なのかと思うほどに……、存在感が溶け込んでいた。
「彼女は、生きている……の。多くの体を失いながら、その存在だけをこの世に留まらせた。私から見ても、彼女は変わり者……ね」
その女性の顔は、もはや、生まれ落ちた時の原型は、留めておらず、体は、もはや誰のものか、機械化していないところを探す方が難しいほどだった。
あまりにも醜くく、あまりにも静かだった。
「それにしても、落ち着いていますね。誰もいないのかと思いました」
「借り物の命。なぜ、こんなにも落ち着いているのか、それが彼女の不思議……ね」
「不思議ですか? 確かに何を考えているのか、わかりませんけど……」
アルシアは、その女性の顔を伺うように見てみるが、どこを見ているのかわからず、ずっと視線は定まっていなかった。
「そう……ね。生物が機械化すると、心臓と入れ換える形で魔石を埋め込む……の。そうしなくちゃ、生きてすらいけない……の」
「直接、魔石から魔力を受け取るということですか?」
アルシアがそう聞き、
「そう……よ。魔石を体の一部とみなして、エネルギーを受け取る……の」
ジュンが答える。
しかし、驚くジュンとは、対照的にフウが強い口調とともに、ジュンの胸ぐらを掴んだ。
「そ、そんな危ないことを貴様の国は、平気でやっているのかッ!!」
「……、そう。あなたたちからしたら、危険だと感じるのだろうけど、私たちは魔石の安全な使用方法を研究して、確立した……の」
フウは、めいいっぱい口の中を噛み締めて、ジュンを見下すように目を見開いた。
魔石は、基本的に体から離した状態で使用する。しかし、イエローは、そこを克服した。
イエローでは魔石本体を、体に埋め込んで、直接、体から魔力を受け取る。魔石の力を最大限発揮するためには、これほど効率の良い使用方法はない。
しかし、他国でこの使用法を行わない理由もある。
フウは、ジュンの馬鹿げた話をせせら笑った。
「魔石は、本来、触れることができぬ筈の魔力が物質化したようなもの。それを体内に埋め込むなど、自ら毒を受け入れるようなものだ!」
フウは、そのままジュンを突き飛ばした。乾いた泥がついた棚にぶつかり、薄い土煙を起こした。
「私たちの歴史は、魔石の歴史……よ。どうやって、エネルギーの塊の魔石を余すことなく使用するのか。それを模索し続けた歴史……なの」
「そんな歴史など、どの国でもやっていることだッ! 莫大なエネルギーがそこにあるのだからな、誰もがその力を手に入れようとした」
「そう……ね。誰もがそこに手を伸ばして、そして、諦めた。黄の国以外は……ね」
ジュンは、ゆっくりとたち上がって、フウの前に立ちはだかった。
「じゃあ、聞かせてもらおうじゃないか! その答えを!!」
ジュンは、自身の体を晒すように、体を回転させた。
「これが一種の答え……よ」
「貴様の胸に魔石があることはわかった! だから、なんなんだ」
今度は、ジュンがフウのバカをせせら笑った。
「困った、鈍い人……ね。——私たちイエローは、機械化することによって、その答えを見つけた。生身なら犯され続ける魔力の影響もプログラムによって制御することによって、扱いきれるエネルギーへと昇華させた……の」
サトシがその核心をついた。
「魔石の使用は、機械化を繰り返すうちに生き物のエネルギー量を超えてしまったから、仕方なく使用したということではなく、魔石を使用するために、機械化という道を選んだと……?」
ジュンはサトシの方を見て、頷いた。
「そう、それが最良の選択だった……の。だから、イエローでは、機械化に危険なイメージはない……わ。むしろ機械化は、魔石を制御する安全プログラムなんです……から」
この世界で、黄の国は遥か昔に滅びた文明を受け継がれて発達した国として認知されている。
それは使徒の存在が大きい。アルシアの認識のように過去に滅びた負の遺産とされる使徒の技術が小さいながらも、脈々と受け継がれているのなら、他の国の機械化のイメージは悪い。かつ、体を無機物へと改造することの倫理的価値観は、青の国をはじめとする国々には受け入れられるはずもなかった。
他の国にとって機械化は、受け継がれた進化であると認識していた。それは、ただの意味のない文字の羅列のような意味しか持たないかと思われていたが、それがジュンによって否定されることとなる。
機械化は、魔石ありきの進化だった。しかし、安全に使用するために機械化という道を選んだのなら、そこに他国との相違が生じた。
では、また。




