捜索と女の子
よろしくお願いします。
“戦う”ということになっても、いや、戦わなければならなくなっても、正々堂々と戦い、勝つ確率は低い。
僕たちは、レベルという概念が存在する現世界で目に見える戦力ではなく、戦略によって勝利を導かなければならない。
レベルが最低の僕たちは、途方もなく勝利不可能な戦いに挑まなくてはならなかった。
「とりあえず、相手を見つけることから始めないと……」
「私も賛成。でも、相手を見つけてどうする? 相手は4人もいるのよ? 奇襲をかけて倒せるのは、精々一人、うまくやって二人が限界だと思うわ。そして、その後が問題なの」
彼女のいう通り。
奇襲をかけても、ただ闇雲に相手のヘイトを買うだけだった。
レベル差が明らかな鎖となって行動制限する。
「実はね。私に考えがあるの」
「……、奇遇です。僕もいい考えがあります」
彼女は、僕の戸惑いを察したように小さく笑った。
実のところ、僕にはいい考えなんてなかった。だけど、彼女がいい考えがあるというので、それに乗っかるという情けない男である。
「とりあえず、彼らを探しましょう」
手分けをして敵を探すことにした。
もちろん危険だ。突然の異世界でスマホもなければ、この世界には瞬間的連絡手段が魔法しかない。目的人物を探し出せたとしても、僕たちには連絡を取る術がなかった。
だから、15分間だけ探す。そして、見つけられてもそうでなくとも、再び同じ場所に戻ることにした。
しかし、心配だ。彼女に何かあれば、僕はその場で卒倒するに相違なし、何ならその勢いで自らの命を落とすことだってあり得てしまう。
彼女よりも初めに敵を見つけなければならない。もし、彼女が先に見つけ出したのならば、きっと、待たずに先走ってしまうことに違いなかった。
「じゃあ、15分後にね」
彼女は軽くいう。
この世界に来てからの彼女の行動が気がかりで仕方がない。あまりにも軽率なのだ。
いや、あっちの世界でも、その傾向は強かったのだが、未知の世界で彼女はたががはずれたように軽率になった。
それが彼女の本質なのだろうが、あまりにも心配になる。
それが身を危険に晒すことと等しいとことだと認識しているのにも関わらず。
彼女と別れて、はじめにあいつらが現れたところを見てみることにした。
そこから相手の考えをトレースしてみる事にしたのだ。
(ここから、こう来て、絶対あっちだな)
自らの考えからより小さな道に入る事にした。
小道というのは、なぜこうも迷路のようになっているのだと悪態をつく。
この時には気がついたのだが、土地勘がない僕たちが相手のいそうなところを予想して見つけるということは不可能に近い。むしろ、土地勘を持つ敵の方が有利で見つける前に見つけられてしまう可能性だってある。
ならば、今の行為は、無駄になってしまっているということになる。
自己弁明をするなら、今している行為は、等しく地図作りになっている。つまり、土地勘を養っているということだった。
そして、それは今——無意味のなにものでもない。
この街は目で見えるところだけは、綺麗に整えられている。
表通りは統一性に重きを置いており、同じような造りの家が規則正しく並ぶ。
家々は、煉瓦造りで補強のため白く塗られているらしく、家と家とは均等に幅が設けられた。しかし、一歩表通りから、迷路のような小道に入ってしまうと、土地区画を何も考えずに無造作に建てられた家が所狭しと乱立し、人一人がやっと通れそうな迷路を形成する。
そして、やがて、表通りの立派な煉瓦造りは、貧相な木材や掘建小屋のような間に合わせの家へと変わっていた。
個人的には、今を生きる人の生活臭がする人間味ある場所の方が子供心をくすぐられ楽しい気持ちになる。家の作りもあちらの世界では廃れてしまった伝統ある技術などが使われていることがあると興味をそそられる。
だからか、15分が過ぎて、僕は彼女との待ち合わせの場所に迷うことなく着くことができた。
製図の成果である。
約束の場所には、すでに彼女がいて僕を見て退屈そうな表情を笑顔に変えた。
「何か収穫はあった?」
収穫といえば、このあたりを頭の中で製図したくらいだが、当然とそのことを彼女に言うことはできない。サボってたのねと言われることがわかりきっていたからだ。
だから、真実を隠すことにした。
「いや、影の跡も見つけられなかったです。そっちはどうでした?」
「そうねぇ。私は、何だか街を歩くのが楽しくなって、いろいろなお店を見て回ってしまったわ。ゴメンなさい」
素直に頭を下げる彼女に罪悪感のようなものが芽生えた。
今まで、僕の方も彼女と同じような心境になってしまって、相手を探すことすら疎かにしていたのに、謝りもせず、それを隠しにしている。この時の僕の顔は、どうしようもなく沈んでしまっていたことだろう。
そんな顔を見て、勘違いをした彼女が再び謝った。
「サトシさんゴメンなさい。でもね、入ったお店でとっても有力な情報が手に入ったの。あのアンダーの人たちは、本当に質が悪くて、店の品をよく盗んでいくらしいわ。でも、文句を言ったら殺される。だから、街のみんなも警戒しててね、いつもあの人たちが集まる場所は近寄らないようにしているらしいわ。——だから……ね?」
「その場所に行けば、いるっていうことですね!」
彼女は笑顔で「ええ」と頷いた。その顔は、本当に可愛く、ついつい罪悪感のことを忘れて見とれてしまった。
でも、ハッと我に返ったときには、彼女はその場所に向かって歩き出していたらしく、すでに馬車専用道路の向こう側にわたっていた。
「ちょっと待ってください!」
「早くいらっしゃいよ」
手を振る彼女がちょうど馬車で隠れてしまった。
僕は、馬車が過ぎて、向こうの道に行こうとするのだが、なかなか馬車の切れ目が見えない。
やっと、馬車の切れ目が見えて、街の人もその瞬間を待っていたかのように一斉に渡ろうとした。だが、渡った先に彼女の姿はどこにもない。
平静を保っていられなかった。それはまるで、子供が生まれてくるお父さんのような心境に近かったと思う。常にその周辺を腕組みしながら、歩き回っていた。突然彼女がひょっこりと現れて『驚いた?』と言ってくれることを願って。
しかし、この消え方は不自然過ぎた。いたずらで隠れているにしても、時間が経ち過ぎている。
考えられるのは、最悪の可能性だけだった。
今いる場所は、街の真ん中の一番賑わいのある場所である。
粗方このあたりの地図を頭の中に作り上げていたので、その地図を頼りに彼女を探し出すことにした。
彼女が消える前に言った、“警戒すべき場所”の情報は僕の地図の中にはない。ならば、15分間のうちに僕が探すことのできなかった場所にいることは間違いなかったが、しかし、僕の地図はあまりにも小さすぎた。
僕が15分間のうちに作ることができた地図は、精々ほんの30メートルくらいの範囲のもの。だが、この街はおそらく、その1000倍の30000平方メートルほどはある。
アンダーの情報を手当たり次第に聞いても、やはり案内してくれるものはおらず、サンリー通りの三本目の道を右に曲がって、それから……と土地勘がない僕だと指さされる方に当てずっぽうに歩くしかなかった。
だから、探す時の顔は、まさに鬼の形相。たとえ、彼女の髪の毛一つでも、身につけていた服の糸くず一つでも、どんな彼女の痕跡だとて、見逃してなるものかと目凝らし続けた。彼女の身に何かあったらと考えると自然とそうなった。
「あのー、そんなに怖い顔をしてどうされたんですか? 探しもの?」
彼女を探すために、小道に入るとすぐに、声をかけられた。どうやら、怖い顔でキョロキョロと視線をバラつかせていたので、気になって声をかけられたようす。
彼女は言うなれば、小動物のような可愛らしい女の子だった。背は高くなくこじんまりとして、大きな麦わら帽子をかぶっている。
顔は、大きな麦わら帽子で正確にはわからなかった。
「彼女を探しているんです。見失ってしまって」
僕は、早く彼女を探しに行きたかったから、手短に要点だけを並べた言葉だった。
「へーそうなんですか。どんな彼女さんですか?」
「それはもうまるで雪で出来ているかのように白くて、髪なんかは、淡いマロン色をしていて、それがその肌とよく合っているんです。目鼻立ちは、素晴らしくいい。僕の好みそのものっていう彼女なんですが、性格もまた……」
とっさに口に手を当てて、そのあとの言葉を飲み込んだ。
そうしなければ、彼女の性格や彼女の好きなところを述べつなく捲したてることになっていたことだろう。
それは、僕の愛の大きさなのだけれど、それを他人にいうことは違ったようだ。
「え、あ、はい。そうなんですか……。それは可愛らしい彼女ですね」
「そうなんです。彼女は僕の光なんです。女神なんです」
その子は、なんとも歯切れの悪い言葉を吐いたが、これは僕が悪い。初対面の女の子に彼女の愛を語ってしまったから、こんな返事にもなる。
そんな女の子が何かを思い出したようにつぶやいた。
「そういえば、そんな特徴の女の子がさっき悪い噂の絶えないアンダーに連れ去られるのを見たような……」
その言葉を聞いて、とっさにその子の両肩を掴んで、揺る。その子は、まるでヘッドバンキングしたように、激しく前後したが、そんなことに構ってはいられなかった。
これが暴力だと言われても、僕は断固として否定したい。
「どこ? どこにいった? わかる? どっち? あっち? こっち? ねえ、早く教えて。教えてください」
その子は、剣幕に追い立てられるように、指をさして
「あ、あっちの方に……」
目を回しながら言った。
「あっち? あっちね。わかった。ありがとうございます」
短く頭を下げ、お礼を言って走ってその場を去った。
僕の拘束から解放された女の子は、そのままお尻から座り込んだ。しばらくへたりこんだ後に
「え……。普通にタイプかも」
と、何かにとりつかれたように唱えた。
また明日投稿します。