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黄の国民

よろしくお願いします。

「もう、いやあああああぁぁぁぁ」

 アルシアが叫び声をあげる。後ろからドカンっと爆発音と土煙が上がった。

 全力疾走。今、サトシたちは全力で足を動かして、全力で腕を振っていた。

 つまるところ、彼らは逃げていた。サトシの不注意で怒らせたのは、”使徒”。たまたま単騎でいた狼型の使徒に追われているのだ。


 この状況に呆れたアルシアは、隣で余力を残して走るサトシに向かっていった。

「もおっ! サトシさんが……、はあ、はあ。サトシさんが興味本位であんなところで魔法を発動するからですよっ!! はあ、はあ」

「だって、明らかに怪しい穴だったから! 興味本位というか、なんだか攻撃したくなるじゃないですか! それにフウも面白そうだなって!」

 サトシは、共犯としてフウを差し出す。

「そ、そんな子供みたいなっ! サトシさんは、もっと考えて行動するタイプだと思ってました!」

 アルシアがそういうと、サトシが首を傾げた。

「もちろん、考えてますよ? どんなのが出てこようと物の数じゃないと思っていたんです」

「そ、それが考えなしっていうんですぅぅ。使徒ですよ? 使徒ッ! 不死身の使徒なんですよぉぉぉぉぉ」

 その時、後ろから高密度の追撃が加えられて、アルシアの足元に小さく深いクレーターができた。

 その危機的状況に焦ったアルシアを見たフウが動きを止めた。


「ふう。やっぱり、逃げるのは性に合わないんだ。それがいくら使徒だからってね!」

 そういうと、後ろを追う使徒に向き直った。そして、間を置かず、大太刀を構えた。

『大いなる大蛇の一撃! 龍線一刀!! 天ッ!』

 その攻撃は、一撃両断の大上段からの一振りだった。

 だが、使徒は、ただ単純に上から降りてくる大太刀を真横に飛び跳ねることで回避。その大きな一振りは、簡単に狼型の使徒に避けられてしまった。


「避けたつもりかっ! これは二段攻撃!! 甘いんだよ!」

 フウは、その全力の一振りから流れる線のように体の重心の変化で、横に刃の向きを変えた。

 避けられることを覚悟の一振り。これは一種のフェイント——。


「キィィィィン……ピッピッ」


 フウの攻撃は、見事の足を3本、胴体から切り離した。

 動かなくなった使徒を確認すると、フウはサトシの方に向いて、胸を張った。

「どうだいっ。 私だって捨てたもんじゃないだろう? 単騎なんてこんなもんさっ!」

 こちらに歩みを進めて笑うフウの笑顔につられて、サトシが笑った。

 しかし、それもつかの間。サトシはその光景に目を見開いた。


 サトシが焦りながら、フウに近づいていく。

「なんだい? 勝利のハグでもしようってのかい? いいよ! 来なッ!」

「違う、フウッ! 伏せろ! 伏せるんだっ!!」

「あぁ??」


 途端、フウも後ろから高音と高温を感じ取った。だから、慌てて、後ろを振り返った。

「ど、どうゆうことだい? 足が。——足は、切り落としたはずなのに、生えてる!? いや、これが自動改修(オートリペア)!! こんなに早く!?」

 フウの体は、硬直しサトシの命令とは裏腹に動けないでいた。

 それはまるで、迫り来る大型トラックを前に足がすくんでしまい、動けないことと同じことだった。

 つまり、驚きと恐怖。この世界にいるフウは、知っている。毎年襲いかかる使徒の恐怖を——。そのフウは、小さな使徒の一撃で命に関わるダメージを受けることを直感的に想像して、怯んでしまった。

 この怯みが一瞬で命を奪う。一瞬の命となってしまう。


「何やってんだ!! いいから。早く、伏せるんだっ!!!」

 サトシは、フウに飛びかかる。

 それと同時に、使徒により攻撃がフウの頭を目掛けて発動した。

 しかし、一瞬早く動いていたサトシがフウの頭を掴み、力のかぎり地面に押し付けた。

「か、間一髪!——フウ、大丈夫ですか?」

 サトシが下にいるフウのことを心配して、自身の下にいるフウに聞いた。

 フウの顔は、土で汚れていた。傷はないもののあまりにも情けない姿だった。

「う、うん……! なんか幸せ!!」

 フウは、小さく呟いた。

「な、何を暢気な……。——はあ。フウ、いいですか? そこから動いちゃダメですよ」

「え?」

 フウがサトシの言葉を聞きなおそうとした時、使徒が大きく口を開いているのが見えた。

 フウは攻撃態勢に入った使徒を見ても、驚かないことに自分でも驚いた。

 そこには目には見えない安心感があった。

「何があっても、動かないで」

「……はい」

 フウは、その時を見ていた。

 知っての通り、サトシの刀は、刃がない。つまり、刃が抜く瞬間とその後の道程で邪魔になることがないと言うことだ。それは最速の抜刀につながる。それもどんな体勢からでも、抜ける変幻自在の抜刀だ。

 その抜刀が使徒に向かって抜かれた。

 ゆっくりと首が落ちてゆく——。首が離れてから、胴体が時間差で横に倒れた。

 一瞬の抜刀は、フウの目を持ってしても、かろうじて追えるレベルであった。

「これが強者に嫁に行くことで得られる安心感か……」

 そう言葉にした自分が恥ずかしくて、フウの顔は赤くなる。


 そして、再びサトシの一振りに酔い痴れる。

 フウ自身の放った一振りとは違い、混じり気のない一刀両断の一振り。その強さに惚れ惚れとした。

 フウにとっては、その一線がまるで流れ星のようで、少し残念であった。だから、その美しくも、一瞬の出来事に物足りなさを感じて、少し膨れた。

「何をそんなに膨れているんですか?」

「別に……、なんでもないさねッ!——ふんっ!」


 サトシに対して、ぶっきらぼうに右手を差し出すフウ。

「ん?」

フウの差し出された手にどうしていいのかわからないサトシは、合わせ鏡のように右手を差し出した。

「これじゃ、握手ッ!! 女の(レディー)が倒れていたら、手を取って立たせてくれるもんだろ?」

 その時、動きを止めたはずの頭部がサトシに噛みつこうと、大口を開けた——。

 あまりに突飛押しな出来事で、『フリーズ』と言われたように、サトシを含め、その場の全員がその攻撃に動けないでいた。


噛まれようとする瞬間——攻撃されようとする瞬間から、サトシの時間はゆっくりと流れていた。

 それは、アナログ時計の秒針が1秒以上止まって見えてしまうクロノスタシスと言う現象と似ており、使徒の口が開くスピード、こちらに近づいてくるスピード。その全てが止まっているかように見えていた。

しかし、止まって見えていようと、その時間にサトシの体が追いつかない。体が凍りついたかのように、意思が体を置き去りにした。

 その噛み合わない心と体で使徒に噛みつかれるギリギリに防御姿勢をとったが、どうにも間に合わない。サトシの頭をめぐる次の行動、その全てが後手で悪手と似通ったものになっていた。


 途端、目を覆い隠したいほどの砂煙をまき散らす衝撃。



「こんな時期にここに入ってくるなんて、飛んだ物好きがいたもの……ね。——(あたま)じゃなくて魔石を破壊しなく……ちゃ。頭だけでも、こいつらは、生きる……、そして、いつしか自動再生(オートリペア)……するの。破壊やる時は、素早く……ね。仲間を呼ばれちゃう……から」

 使徒からの弾ける火花、土煙が未だに立ち上る範囲の女の子は——いやサトシたちは、その声の質で女の子と判断したが——明らかに様子がおかしい。一番近くにいるサトシも、使徒の返り血のような紅い目が消えてなくなることはわかったが、それを倒した女の子の姿を確認することはできない。


 だが、時間が経つにつれて、土煙が落ち着くと、その姿が露わになる。

 次第に見えてくる運動力学に沿った美しい曲線の(シルエット)。変形に容易く、苦とならない流動するメタル(ボディー)。動くたびに奏でる軋む音。——妖しく輝く命がそこにはあった。


「き、君は?」

「私はジュン……よ。弱い冒険者……さん」

 スフェーンのように綺麗な瞳だった。強い黄色の澄み切った瞳かと思いきや鮮やかな緑色の瞳だったりと、不思議な瞳だった。そして、遠い未来を見通すように朧げな瞳だった。

 しかし、その儚さという美しさとは裏腹に、無骨にも金属でできた骨組みだけの右手が違和感を与える。——そんな少女だった。

まだまだ続きます。


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