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嘘と本当

 だいぶ遅いですが、お読みくださいませ。

 ——手入れされていない扉が騒がしい音を立てて、静かに閉まる——


 ぴしゃりと閉まり、そこに現れた村長は、ゆっくりと話し始めた。

 昔を思い出す。小さな頃のハクアを思いだす。

「ハクアは、昔から何かあれば、隠してしまう子だったな。大きなマツボックリやどんぐり、誤って割ってしまった花瓶なんかも隠したのう」

 村長は、穏やかに笑った。

 日はとっくに沈み、暗いは一層深まる中で、村長の話だけが陽だまりの中のような明るさを持っていた。

 その明るさは、暗く影を落とすハクアを照らす。


「何かを隠しているとき、ハクアは少しソワソワし出すのじゃ。見つからないかと、いつも不安で、わしの顔色ばかりを伺っておった」

 村長の話を聞いて、ハクアも村長に合わせて穏やかに笑う。二人の間には、いつもの空気感が流れている。

 それは決して変わることのない日常。

「村長は、意地悪です。いつもそんなことを言って、『何を隠しておるんじゃ?』なんていうものだから、私は慌ててしまうんです」

「ハクアは、隠し事が好きであったが得意ではなかった。そんなハクアがワシにとっては可愛くってのう。孫のように可愛かった」

「……」

 ハクアは、黙り込む。随分と長い間、黙り込んだが、決して気まずさはなかった。むしろ、温かな、それとものどかな空気に心地よさそうに和んでいるような沈黙だった。

「私も……、私も村長を本当のお父さんだと思って甘えていました」

 その言葉を聞き、村長はハクアと同じ笑みを漏らした。

「ハクアが成人した年に話したことがあったな。ハクアは、昔、商いの帰りの山道で拾ってきたと。その時のハクアの顔を今でも忘れることはできん。——笑っておった。実に良い笑顔でのう。ポツンと一人、一枚の布に包まれて心細いはずなのに、ワシを見て笑った。それだけでこの子を育てようと思うた。そして、こんなにも立派に美しい娘に育った」

 ハクアは、笑う。それと同時に涙を流した。

 その笑みは、村長がハクア拾い上げ、育てようと思った笑顔と同じであることをサキにはわかった。

 そして、その涙の理由がラルフへの懺悔の涙であることも気がついていた。


「ありがとう…ございます。村長のおかげで、私はこうして大きくなれました——ううん、それは違うね……。私は、こんなにも偽りに満ちて……、醜悪な存在。村長に褒められるような娘ではありませ、ん」

 村長は、一度瞳を閉じて、体に入っている息をゆっくりと全て吐き出した。そして、素早くハクアの腕を激しく掴む。

「何度でも言おうっ!! お主のせいではない……、気にするな!!」

 意思の宿る迫力のある言葉。その説得力のある言葉は、ハクアをパンクさせる。だから、ハクアはさらに大粒の涙を流した。

 

「……違う!! 私のせいなの! 彼を殺してしまったのは、私なの。そして、食べたのは、私っ!! 村長の孫を殺して、食べてしまったのは私なのっ!!」


 ドクン、ドクンと胸が早くなる。慌ててサキは、手を胸に当てて、鎮まるように念じた。

 これからの展開をサキは、想像できずにいた。言葉を発するたびに小さく見えなくなりそうに、小さくなるハクアはもう消えて行きそうになる。

 ハクアの口から放たれた言葉は、罪の自白……、改めて聞くその告白に村長は、どのような反応をするのか。サキにはわからなかった。


「いいや、それが違うのじゃ。それはハクアとラルフが決めたこと。それをワシがとやかくいくことではない。そのことをワシは言っていない」

「でも、でも……。ごめんなさい。私が彼を殺したの……」

「謝ることはない。ワシ達は、それを知っておる。ワシは、ハクアを責めるためにここにいるわけではないのじゃ」

 ハクアは、泣く。とことん泣き崩れた。

 何も言えない。そのハクアの代わりにサキが言った。


「では、村長。何を話しにきたの? ハクアの出生のことは聞いたわ。この村の出身ではなかったってことよね? それだけなら——」

 サキの言葉に被せるように村長がいった。

「それは、真実であるが、この場の(しゅ)ではない。ハクアは、特別なのじゃ」

 サキは、村長の答えのない返しに混乱を余儀なくされた。

「それはわかっているわっ! この村の人間じゃないって……」

 話を続けようとした時に村長は、口調を強めた。


「話は最後まで聞くもんじゃっ!!——ハクアは、喰人族(グール)なのじゃ。それこそあワシがハクアに伝えたいことなのじゃ」

 ハクアが涙を止めて、とても小さく呟いた。

「喰人族……!? 私が……!? おとぎ話に出てくる人を喰らう種族……」


 ハクアの衝撃は、一人だけではとても背負いきれないものだっただろう。それは例えるなら、心の核とも言えるものがとても大きな……爆発。そう超新星爆発を起こしてしまったような衝撃的な情動の変化だったに違いない。

 ハクアは、その悲しみのままに言葉をぶつける。

「だから、私は……、彼を殺して…食べてしまった!? そんなのバカみたい……、辛すぎるよ。そんな話ないよ……」


 その様子を見て、村長は一喝した。

「泣くなハクアっ! それは本能。止められるもんじゃないっ!!」

 小さな単身者用の部屋は、ハクアの泣き腫らした目。絶望に満ちた顔。深く、深く、それでいて静かに堕ちてゆくハクアの空気に飲まれてゆく。

 光さえ逃さぬ大きな穴が空いてしまったかのようだった。

「全部私のせい。こんな私なんていらない……。 私は厄介者、嫌われ者、下等種族。私は、人喰い……、危険な存在」

 ハクアは上を向いて、ボソッと呟いた。

「私だけがいなくなればいい……。そしたら、みんな幸せでしょう?」

 そんなハクアを見て村長は、厳しい目を向けた。


「お主は、グールのことを噂程度でしか知らんのだろう? グールという種族がどれほど哀れな宿命を受けているのか、わからんのだろうな……。心の悲しみがわからんのだろうな」

「?? どうゆうこと、です?」

「グールの摂食行動は、昔の名残り。それは単に腹を満たすためのものではない。——グールにとって人を食べることは、例えるなら、見つめること……。例えるなら、照れ隠し……。例えるなら、恋心……。食べることは、それらの表現の仕方でしかないのじゃ」

 そう残念そうに村長は言った。

 

 だが、ハクアは、強く握りこぶしを作り、太ももを強く殴り続ける。

「!! そんなくだらないことでっ!! 私は! 私は彼を殺してしまったっ!! そんな本能で彼を…大好きな人を殺してしまったのっ!! こんなに! こんなに悲しいことがある?」

 自らを殴り続けるハクアの腕を村長は、止めた。そして、優しく笑った。

 サキにはその笑みは、寂しそうに見えた。

「食の乏しい時代が何百年も続いた。ハクアの祖先のグールたちは、止むに止まれず、同族を食べて命を繋いだ。それが生きるためには必要なことじゃった。悲しい哉、神はそのまま進化させてしまった」

 村長は、涙を流す。その涙がハクアの手の甲に落ちて、手の甲を伝い、床に落ちた。

 サキには、わからなかった。嘘が人をも殺してしまう。その悲しい事実がわからなかった。だから、サキはその涙に誘われて、涙を流した。

 

「悲しすぎる真実だ。皆が知っている偽りで、グールたちは、カニバリズムを持つとして滅亡させられることになる。真実は、アントロポファジー。人の恐怖心や好奇心はなんとも恐ろしい……」

「滅亡して当然です……」

 村長は、ハクアの言葉に一瞬驚いて、目を少し大きく開いた。

「本当にそう思うか? 何も知らないのに、ただの嘘話だけで滅亡したのじゃぞ? それを当然と思うのか?——ハクアに感情があるように、そのグール達にも感情がある……。同族を食うということは、知り合いを食うということは、只ならぬことじゃ……。何も食べておらず、枯れ果てているはずの涙を流して、親や友人を食べていたかもしれぬ」


 村長の悲しげな言葉にハクアは一瞬怯んだ。

「グールたちは——私の祖先は、本当に滅亡したのですか?」

「ああ、記録上は滅亡した」

 ハクアは、下唇を強く噛み締めた。

「……、それもそうです、人が人を食べるなんて、ゾッとする。それを自分がすると思うと、死にたくなる」


 パンッ! と大きな音だった。村長はハクアの頬を平手で叩いていた。


「バカなことを言うんじゃない。なぜ、グール達が同族を食うなどということをしたのか、生きるためじゃ! それを死にたくなるじゃと? だったら、ラルフはどうなるっ! 無駄死にか!? ハクア、お主は生きねばならんのじゃ。ラルフのために自分の真実を背負い、生きねばならんのじゃ」


 ハクアの瞳は、再び濡れた。

 事実、ハクアは死のうとした。ここに来る前に死のうとした。ハクアは、わざと安全な道は通らずに、険しく厳しい道を好むが如く進み死のうとした……。

 だが、それは阻まれた……、サキによって。


 その時、ハクアは、サキに犯人を暴いてもらい、自らが処刑されることを望んだのだ。

「グールは、滅ぼされた……。ワシは、確かそう言った」

 村長の言葉にハクアとサキは、揃って声のする方に揃って向いた。そして、サキがいう。

「ええ……」

 村長は、一度頷いた。

「だが、はたしてそれは真実なのじゃろうか?——ハクアを見つけたのは、今から16年前、王都にある王宮大図書館には、当時から50年もの前にグールを滅ぼしたという記述がある。一体、どちらが嘘つきなのじゃろうか?」


 風がたつ。ゆっくりと時計の短針のようなスピードではあったが、流れ、吹く。

 ハクアは、口を開けた。その口は、震えていた。

「……、そ、れは……、それを聞いて私にどうしろというのですか?」

 村長の目は優しい。暖かくハクアを見ていう。

「まずは、今もどこかで生きているグールを探してみなさい。ハクア自身の真実を探してみなさい。ワシでは、知り得ていることに限りがある。ハクアの種族のことを話してやることはできない」


 今夜は、よく風が吹く。ハクアの心は、風になびく髪のように一定方向に揺れ動く。

「……私に知りたいことなんてありません!!」

「…そう言ってくれるな、ハクアよ。——何と言っても、世界は広い。だから!! まずは、自分自身のことを知りなさい。それこそラルフが最も望んだこと。この村を出て、ただ知らないことをただ知りたいと願った。しかし、ワシは、それを止めてしまった。これはラルフの願いでもあるのじゃ」


 齢18歳。ラルフは、小さな頃より冒険に憧れた。新しい場所に強い興味を持った。それは仕方がなかったのかもしれない。なぜなら、彼は、好奇心が強かった。そして、何より純粋に強かった。

 それは無い物ねだり。ラルフは、ハクアに恋をしていた。二人は、何も知らないまま、きょうだいとして育てられたが、ラルフは不思議とハクアに惹かれていった。ハクアのそばにいたい——それがラルフの無い物ねだりだった。

 それが村から出られない理由だった。そのこともあり、その強い腕っぷしで村の守護者(ガーディアン)として過ごすことになる。

 

 そんな時、ラルフは祖父の村長からハクアのことについて、盗み聞きかじる機会があった。

 家のドアの隙間から聞こえてくる村長の声。それは現状のラルフの隙間を埋めるのには必要以上の情報が流れてきたのだ。

 ——ハクアが喰人族であること——本当はきょうだいではないこと——自分のことを好いているということ——


 その全てがラルフの行動を変えた。

 だから、ラルフはすぐにハクアに想いを伝えた。

 その時からラルフは、ハクアと共に生きている。

「彼が……」

 

 サキは、ラルフのことがサトシと似ていると感じた。ハクアとラルフが自分たちのように感じて、ついつい割って入ってしまっていた。

「私の婚約者もね。好奇心の強い人だった……。でも、私との時間を過ごす内にいつの間にか私の身の安全を優先するようになった。私は、それが嬉しかったんだけど、それが堪らなく嫌だった」


 サキは、俯いた。そして、月明かりで明るくなっている窓の方を見た。それから段々とその光を放つ方に視線を移していった。

 そこには、一際大きな双月がある。


「ただ知りたいという好奇心を私のために無くしてしまった……。——それはどんなに辛いこと? どんなに悲しいこと? どんなに退屈なこと? 探求をやめた彼は、優しいけれど、とても窮屈そうな印象だった……」

 ハクアは、大きな目を更に見開いた。その瞳の瞳孔が活発に活動し、サキを捉えた……、その後ろにあるラルフを捉えた。


「……夢を語っていた彼は、最高に輝いていて、最高に素敵だった。ただ知りたいっていう……、そんな単純なことだけで彼は輝いていたの?」

「そう!! 私の彼も夢を語っていた時が一番(いっちばん)素敵な顔だった! 彼には、またそのころを思い出してほしいなぁ」

 ハクアは、一瞬考えているように硬直すると、すぐにクスッと笑った。

「だから、サキさんは大好きな人から離れて、一人で旅をしているんですか?」

 サキはハクアにつられて笑った。

「ふふ、わかる? 彼が私を探している内にあの頃の…、私が一番好きだった頃の彼に戻ってくれれば、いいなって思っているの——」

「サキさんは、随分とその方を信頼されているのですねっ!」

 その言葉にサキは、照れながら笑い、ハクアを見つめた。

「あなたとラルフさんみたいに……ね?」


 ハクアは、サキに近づいた。

「ありがとうございます」

 ハクアは、手をお腹に綺麗に立ち、頭を下げた。

「あなたのおかげです。彼の死を無駄にせずに済む。彼の力を無駄にせずに済む。彼の生きた道を無駄にせずにすむ。あなたのおかげです。ありがとう」


 そのハクアの笑いは、サキがみる初めての笑いだった。その笑顔を見るに、サキは恥ずかしく…照れ臭く…嬉しくあった。

 その笑いを生んだ自分が誇らしく思えるほどに、サキは嬉しかった。

 だから、ハクアと目線を合わせて、綺麗に合わせられた手を握った。


「よかった。あの時、助けてよかった。あなたの死にたそうな顔を無視してよかった。その笑顔があなたの本当なのね……。とっても素敵!!」


 ハクアは、笑った。サキに褒められた笑顔を絶やすくことはない。

 一人誓いを持って旅立ったサキは、ハクアの村で殺人事件の解決をした。

 だが、その事実をサキは、あまりにも残酷で、悩ましいものだと感じた。

「ハクアは、本当に私についてくるの?」

「はい! サキさんといれば、知らなかったことに触れることができると私の直感は確信しましたッ!!——だから……、私をお側においてください……」

 ハクアが言ったことをハクア自身が恐れていることをサキは気が付いた。それがハクアの真実であるグールのことなのだとサキは気がついた。

「あなたがグールであるからってそんなに気にしなくていいのよ? 村長だって言ってたでしょ? グールの摂食行動は、愛の表れなんだって!」

「でも、それは村長が言っていただけで、本当は……」

 サキは、ハクアの後の言葉を遮った。そして、じっと下を向いているハクアの正面を捉えた。

「あなたは、村長を信じられないの?」

「いえ、そんな……。村長は、私の親で……」

 その言葉を聞いてサキは笑った。

「でしょ? それでいいの。——私が『ついてくるの?』って確認したのは、慣れ親しんだ場所や人から離れてもいいのかなって心配になったから。決して、あなたの出生を知ったからじゃないわ」

「良かったです……」

 サキは、また先ほどとは違い、悪戯めいた笑みを漏らして言う。

「見くびらないで! 私は、そんなことで人の価値を決めたりしないんだから!——それに、私はハクアのことが好きよ? あなたがいいならついていらっしゃいよっ!」

「……はいッ!!」

 ハクアは、こぼれ落ちそうになる涙を拭く。

 サキは、先導するように前を歩いた。その後をハクアは、足取りの軽い——スキップでもしそうな歩調でついていった。


 サキとハクアは共に歩く。二人に目的地はない。しかし、先がないと言うわけではなかった——。

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