ハクアとサキ
よろしくお願いします。
サキは、真剣な顔をして表情を崩すことはないようだった。だから、ハクアは、言葉に詰まった。サキの顔を見て、静かに視線を外すことで必死の抵抗をした。
「私、ですか……?」
「ええ、あなたよ。理由を聞きたい?」
「……はい、サキさんの推理をぜひお聞かせください」
サキは、ベッド近くの血しぶきの前に歩いて行った。
「まずは、この血しぶき。すごいと思わない? こんなに緩急よくついて、山や谷を成してる」
「はい……」
「これは首にある大動脈を傷つけないとできないものよ。しかも、血の位置から見る限りお互いに立っている状況ね、抱き合っていたのかしら? つまり、この状況は、殺害だけを目的にする快楽殺人者にはできない場面ね。少なくとも、親しい関係の比較的警戒していない間柄でしかできない。でも、この関係は、それ以上。とても愛し合っていたのね」
「……」
「村の人から聞いたわ。彼が死んだ時、あなたは自ら志願して王都へ行くって聞かなかったらしいわね。ここから王都までたくさん死の危険があるわ、それなのにハクアは、行くと言っていうことを聞かなかったそうね」
ハクアは、肯定するようにうなづいた。
「あなた、私が助けたあの時死ぬつもりだったんでしょ?」
ハクアは、小さな息を飲んだ。それから黙って耳だけを傾けた。
「二人の間に何があったの? 私には、わからないの。二人の……この愛が憎むべきものになってしまった?——ロールシャッハテストを使って、奇しくもあなたの心を理解しようとしていたけど、どうしてもわからない。あなたは、なぜ愛していた人を殺してしまったの?」
ハクアは、乾き切った口で1つ唾を飲み込んだ。
そして、気持ちを落ち着かせるようにゆっくりとゆっくりと深呼吸のような言葉を吐いた。
「どうして……、私が彼を憎まなくちゃいけないんですか……」
「でも、あなたが彼を殺したんでしょ? それとも些細な喧嘩で突発的に頭に血が上っちゃった? 何か裏切られたと感じてしまった?」
ハクアは、サキの言葉を鼻で笑った。
「ふふ……。彼の精悍さに見惚れ、彼にそぐわない私の醜悪さを憎むことはあっても、彼を憎んだことなんて一度もない……。私にとって彼は、憧れそのものだったんですから」
サキは、言葉を強めた。
「だったら、なぜ!? そんなに愛していた彼を無残に殺してしまったの? 死体はどうしたの?」
ハクアは知ってしまったのかもしれない。愛が幸運をもたらすことや、はたまた、憎みをももたらしてしまうことを……。
しかし、ハクアは、それを否定する。
「違うの……。彼を愛してしまうと、私はどこか他の人と違うのだとわかった。だって、彼を愛せば、愛するほど彼のことを食べたくなる。そんな人いないでしょ? その不自然さに苦しみ、嘆いた。それは間違っているんだと、思い、それは摂理じゃないと、思った。こんなのは不幸になると、自分に言い聞かせた。だって、他の人と同じじゃないんだもん」
ハクアの目から大粒の涙が勢いよくこぼれ落ちた。
静まり返った部屋で、ハクアが泣き叫ぶ。
「でも、我慢できないんだ!! ダメだと口で言ってみても、心が求めるんだ。心が彼で満たしたいと言うんだ。その“同じじゃない違い”でしか埋められない。……愛せば愛すほどに、心は体から離れていく。——気が狂いそうで他の人と違う私は、誰からも受け入れられないのではないかと悩み、ついには、心と体が別のものだと感じた」
崩れ倒れてしまいそうなハクアをサキは、支えた。
「大丈夫?」
時間とともに力をなくすハクアをついに支えきれなくなり、ハクアはそのまま力なく、血が飛び散る壁にもたれかかり、愛しかった男の血を優しく触った。
「日に日に痩せ細っていく私を見て、彼が言ったの。『ハクアを見ればわかる。何をそんなに悩んでいるんだい?』と。だから、私は嫌われる覚悟で『あなたを食べたくて食べたくて仕方がないの。あなたが大好きなのに、あなたを食べたいと気が付けば思ってしまう』そう言ったわ。するとね、彼は笑った。『こんなになるまで悩んだんだね。いいよ、食べて。大好きな君のそんな姿は見たくない』と、そう言って優しく抱きしめてくれた……」
ハクアは、子供のように泣いた。今まで我慢していた涙が決壊したように泣きじゃくった。
「だから、私は彼を食べた。大好きだった彼を食べたの。心の思うままに彼を食べてしまった。気が付けば、彼は私の前からいなくなった。だけど、不思議とね、悲しいはずなのに、心は満たされて、今まで不自然だった心と体が一致した。私が求めていたことは、こういうことで、初めて本当の自分を知れたし、愛というものがなんなのか知ったの。——サキさんは、私たちの愛が偽りだと思う?」
ハクアは、悪魔のように薄く笑った。
その異常とも言える愛を教えられて、サキは戸惑い——を見せなかった。すっと真っ直ぐにハクアに向かい合い、目線を合わせ、今思っている気持ちを伝える。
「……正直、わからない。私にはない考えと感覚。ロールシャッハテストじゃ、わからないはずだわ。でも、それが嘘だとは思わない。あなたにしかわからないけど、あなたの心がそう感じたんなら、それは真実だと思う」
「ふふ、愛する人を全部食べたのに……?」
そう自分で言って、赤い目で笑った。
「そうだとしても、あなたがあなたであるために、二人がそれを受け入れた……。愛は、互いの同意。——私は、“人は、自分らしく生きる権利がある”と思う。だから、あなたたちの考えや気持ちは私からしたら、理解できることではないけど……。でも! あなたの違うところを受け入れたラルフさんも、その違いに悩み、苦しんで話したハクアも自分らしくてかっこいいと思う。そんな二人の間には、きっと美しい愛があったんだと思う」
「……ふふ、驚いた。……そんなことを言ってくれるのは、きっとサキさんだからね。嬉しい。彼以外にこんな私を受け入れてくれる人がいるなんて……」
ハクアは、サキと目線を合わせた。
「彼と出会い、愛し合い、わかったことがある。——人は多くの違いの中で生きていく。そして、その違いが受け入れられた時、人が完成に近づく。彼がそうであったように……」
サキは、言葉を噛みしめるように声を出さずにハクアの言葉を口で真似た。“受け入れること”……と。
「彼を食べて私と彼は、本当の意味で1つになった。私の中に彼がいる。——……、ううん。夢とか幻想じゃないの。本当に彼は私の中で生きている。死ぬときは一緒。未来永劫、離れることがない契約で結ばれた……誓い。私たちは、究極の絆で結ばれたの」
ハクアの告白を聞いていた人物がサキ以外にもう一人いた。二人以外誰もいないその家の扉がゆっくりと開いて、ギィっと音を立てた。
「初めからこの村の誰も犯人探しをするつもりなんてない。ハクア……。お前たちが選んだ道ならワシらは、それを受け入れた」
ハクアは、音のする方を見た。
「村長……」
村長は、一歩ずつ杖でバランスを整えながら、一人でゆっくりと部屋の中に入った。
「今、真実を話そう……ハクア。お前の出生にまつわることじゃ。そのあとのことはお前で判断しなさい」
扉がギィっと音を立てて閉じた。
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