わからないこと
よろしくお願いします。
それからサキは暗い顔をし続けた。
「私は、人を殺すことが信じられない。私はしたことないし、どんな状況でも殺意を表に出すことなんてない。だから……」
以前見た時とは違い、少し欠けてしまっている双月。サキは、その2つの双月を見た。
サキの瞳に写り込んだ双月は丸々とした月だった。
「どうして、そんなことができたのか。なぜ、そうしようと思ったのか。知ろうとしたわ。でも、所詮、ロールシャッハテストは、人を理解するための1つの指標に過ぎないのだと実感した。理解の助けにはなっても、同調はさせてくれない」
サキが一度酸素を取り入れようと、二酸化炭素を吐き出そうとした時、ハクアが口を開いた。
「…人は、それぞれです。似たような気持ちになることはできても、真に理解することはできません」
その合間にサキは、息を吸い込んだ。そして、月から目をそらしてハクアを見た。
「自分自身を理解できる人なんて、世界にどれだけ居てくれるのでしょう……。——そんな自分ですら、理解できない人間がどうして他人を理解できたと言えますか? 人の関係は、理解ではなく、他の人と違う部分を認めることだと……私は思います」
ハクアの言葉をサキは、どう飲み込んだのか。どう感じていたのか。どうしようと思わせたのか。ハクアには、わからないかもしれない。
それは、先ほどまでのような暗い顔の表情を崩さないからだ。
「……そうね。全くその通りだと思うわ。私がしていたことは、拒絶に近いことだったようね。——ありがとう、ハクア。私もしっかりと向き合うことにする」
「……はい。お願いします」
サキは、事件現場に戻り、部屋の中をゆっくり歩く。それは再び検分するように、事件に向かい合う姿勢を示した。
「ハクア、ここに血で象られた四つ葉のクローバーがあるのわかる?」
「はい、私もさっき見つけました」
サキは、そう言ったハクアの目を見て頷く。
「私は、冒険者だから、四つ葉のクローバーの意味は、知っているわ。あなたは、知っている?」
時間はゆっくりと流れ始める。……、事件の真相に近づくことで、時間は再び勢いを加速度的に戻した。
ハクアは、答える。自分の知るクローバーについて。
「もちろんです。四つ葉は、右上のクローバーから時計回りに信頼・愛情・幸運・希望の4つです。それがどうかしましたか?」
ハクアの答えを聞いて、サキが驚いた。
「あ、あれれぇ? なんだか、私が冒険者組合で聞いたのと違う……んだけど?」
「確か……組合マークが四つ葉のクローバーでしたねっ!」
「そう! そうなの。冒険者になった時に説明されたのは、名声・冒険・探求・幸運だったわ」
ハクアは、サキの言葉を聞いて首を傾けて“う〜ん”考え出した。そして、何か閃いたように言う。
「あっ! 思い出しました。四葉のクローバーって地域や団体ごとに諸説あるんです! 実際、四葉のクローバーは、4つの色の結託のシンボルにもされていますね!」
「独自に意味があるの? じゃあ、私が考えたことって違うかもしれない」
「サキさんが考えていたことですか……?」
サキは、最初に“そう”とだけ言い、その後は言わなかった。だから、ハクアは、そのあとの言葉を促した。
「どうされたんですか? サキさんは、初めどんなことを考えていたのですか?」
「う〜ん。……私はね、初めこのクローバーを見て、ラルフさんは、冒険者に助けを求めていると思ったの。そして、そのメッセージを受け取った私はと言えば、犯人を探すことを諦めて、犯人の気持ちを理解することに執着していた。なんだかラルフさんに申し訳ない気持ちがいっぱいになって、この場からも逃げてしまったの」
「あの時、そんなことを考えていたんですね」
「うん、そうなの。ハクアの話を聞けば、違ったみたい。これは冒険者に助けを求めたメッセージじゃなかった……。そもそも助けを求めるメッセージじゃなかった。——これは、そうね。言うなれば、“願い”に近いのだと思う。大切な人に対する願いなの」
「大切な人への“願い”? ですか?」
サキは、笑顔で答える。
「ええ、私も思い出したわ。私が知っている四つ葉のクローバーがどう言うものだったのか。——ラルフさんは、大切なあなたに向けてメッセージを送っていた。素敵……。死ぬ瞬間ですら、あなたのことを信頼し、愛し続けて、これからが幸運で希望に溢れた人生が送れるように願うなんて」
サキとは反対にハクアは、暗く沈んでいく。
「彼がそんなことを……」
その瞬間、ハクアは、口に手を当てて、一度だけ小さな嗚咽をした。
「大丈夫? 気持ち悪くなっちゃった?」
「いえ、ご心配には及びません。大丈夫です。でも、彼が死んでから、3ヶ月も経つのに、今更、気分が悪くなるなんて、おかしな話です」
サキは、お腹と口を押さえているハクアに近づいて、背中を摩る。
「ううん。そんなことないわ。精神的な傷は、時間が経ってから気づくものよ。——それに、ここはあなたにとってトラウマになってしまってもおかしくないところかもしれないんだから」
サキは、ハクアを部屋から出すべく、ドアに向かって連れて行こうとした。だが、ハクアがそれを拒んだ。
「……いいえ。それはできません。私は、ここであなたと彼を殺した人を見つけなくてはいけません。それこそが私があなたにできる。唯一の償いなのです」
「……償、い?」
「……、いえ、こんな辺境な場所に連れてきてしまった償いです。私は、本当に申し訳なく思っているのです。冒険者は、それだけ忙しい身分の方達ですから……。こうして一人を雇うことが奇跡なくらい……」
「そんなこと気にしてなくてもいいの。だって、私がこうしたくて、こうしているんですもの。正直あなたなんて関係ないかもしれないわよ?」
それを聞いてハクアの顔に笑顔が浮かぶ。
「やっぱり、あなたは優しい。——だから、せめて……、この解決までは、あなたのそばで見届けなくては、いけません。私は、そうするべき人間です」
ゆっくりとサキから離れて、自分で立とうとするハクアからそっと助けを離す。
「あなたがそう言うなら、私は止めない。——ラルフさんを殺した人の予想は立っているんですもの」
「さすがです」
ハクアは、背筋を伸ばした。静かにサキを見据えると、ハクアはいう。
「では、お聞かせください。誰が彼を殺したのかを……」
「ええ、いいわ。——私は、初め迷っていた。村長か村の別の人かで。でも、それが間違いであると、教えてくれたのはあなた……」
サキは、反対にハクアを見据えた。
まるでため息でもするように吐き出した。息が苦しくなるような濃度の薄い空間の中で二人だけが居る。
誰にも聞かれない声だった。それはサキの心ばかりの気遣いでもあった。
「あなたが犯人だったのね」
ハクアは、小さく静かに笑った。その笑みが憎しみの笑みだったのか。それとも、悲しみの笑みだったのか。はたまた、また別の意味があったのか。ハクア以外の誰にもわからない。
だが、ハクアは笑った。その瞳に影が落しながら……。
「私ですか……」
知らぬ間にハクアの笑みは消え失せ、動揺が滲みむように汗を滴らせた。
サキは、堪らず口の中に溜まっていたモノを飲み込んだ。そして、言う。
「ええ、あなた……。ラルフさんを殺したのは、ハクア・シベリア……あなたよ」
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