サキの事件目録
よろしくお願いします。
サキは、ハクアの顔を覗き込む。ハクアの異変を察知したからだ。
「どうかした?」
「いえ、何でも……」
ハクアは、言いたいことを押さえ込み、サキの後ろに回って事件現場の検分をした。
サキたちは、散らかっていた部屋をパズルのように正しい位置へ戻してゆく。それはそのまま事件直後の様子に戻す作業だった。
「本当にめちゃくちゃしてくれたわ。事件現場は触らないっていうのが鉄則でしょ? ねえ? ハクアもそう思うでしょ?」
とサキは、後ろで同じように作業に勤しむハクアに問いかけた。
「……それは調べる側の話ではないですか? 事件直後のそのままの方が何かを見つけやすいですもの。でも、犯人の心情からしたら、出来るだけ特定されたくないはずです。私も犯人なら、この状況みたいにしっちゃかめっちゃかにしますよ」
「…あはは、それもそうね。ハクアの言う通りだわ」
そういってサキは乾いた笑いをした。
だから、サキとハクアは、それ以上に会話はなく、そのおかげか事件直後の様子はすぐに再現することができた。
作業が終わり、サキが言う。
「全く……犯人もやってくれたわ。でも、この愚痴もここまで! これが事件直後の現場の様子よ。ちょっと壊れたりしたところがあるけど、概ねその通りだわ。そして、私が睨んだ通り、争った形跡なんかひとっつもない!!」
「本当ですね……。生活などでつく傷はちらほらありますが、大きな凹み、傷や汚れはありませんね」
「ここからわかることは……」
サキは、言い淀んだ。それを見たハクアは、不思議そうに首を傾げる。
「い、いえ。なんでもないわ。——ウーン。どうやら、私には分からないみたい……。冒険者、なんて言ってもダメね。なんでもできるわけではないわ」
先ほどまでの勢いをなくし、突然そんなことを言ったものだから、ハクアは驚いた。
しかし、サキは、はにかんだ笑みを漏らして、“ちょっと考えてくる”と言い、外に出て行く。
一人残され、やる事がなくなったハクアは先程サキが見て、言い淀んだところをぼんやりと見てみた——。そして、それを見たハクアは、口に手をあて悶えたように震える。
「知ったんだ……。あの人は、この事件を起こした犯人がわかってしまったんだ。だから、この場から逃げ出した……。いや、それとも村の人のところへ……!?」
ハクアは、外に出て行ったサキを追った。
部屋を元に戻せば、そこには隠されたメッセージが記されていた。遺言に近いそれは、とてもダイング・メッセージと呼べるものではなく、正しく特定の誰かに向けた——たった一人に向けた——遺言だった。
部屋を事件の様子に戻したことでサキは、それを見つけてしまう。
そこには、血のついた親指で象った四つ葉のクローバーがあった。誰にも見られないようにと、その人にだけ届けとばかりにしっかりと記されていた。
ハクアもそれを見つけた。そして、声が出ないように口を手で押さえて震えて泣いたのだ。
「…聞きましょう。彼女は、もう犯人の検討がついている……。ここに招き入れた私はそれを聞く義務がある!」
サキを追うハクアの目には、もはや、涙はなかった。
外に出ると、サキは村人を一人づつ呼んでは、ハクアにしたような事件現場に残っていた血の跡を指差した検証の記録を持ち出して考えていた。
そして、その調べがひと段落終えると、ハクアに気が付いて振り返った。
「もう、あなたは気がついているんではないですか?」
「何のこと?」
「誰がこの事件を起こしてしまったのか……」
「?? いいえ。そんなことはないわ。まだ、誰かわからない」
サキは、大げさに首を傾げた。
「でも、さっきから血の跡を指差して、何に見える? って聞いているだけです。事件そのものの真相を探ろうとしているようには、見えません。まるで、事件から遠いところで奔走しているみたいです」
「……私には、小説や漫画のようにうまく推理はできないみたい。だって、証拠なんて全く見つからないんですもの。誰だって殺せちゃうって思ったわ。だから、別の方法で犯人を特定しようと思ってね」
そういってサキは、困ったように笑った。
サキの様子を見てハクアは、
「この村には、彼を殺した人なんているようには思えません。私は、あなたが間違っているとしか思えません。村人にこれをした人なんていないんですから」
と言った。
だが、その言はサキからしたらあり得るものではなかったらしく、一蹴されてしまう。
「さっきも言ったでしょ? 確かにこの村は、完全に閉鎖された状況じゃないけど、部屋の中は、争った形跡なんてない。外部の犯行じゃないわ」
「でも、村の人は、やさしい人ばかりです。悪意を持って人を殺す人なんていません。それに、彼は、村でとても慕われていました。そんな彼を憎む人なんていないんです。——だから、サキさんのしていることは、私からしたら無駄だと思うんです」
「……村人のあなたの立場だったら、そう言ってしまうのはわかるわ。でもね。状況証拠から見ると、村の人くらいしかありえないの。この中に犯人がいなくちゃいけないの」
サキは、怒ったように強く言った。しかし、その言い方は不自然で、脈絡なんていうのはなかった。
サキは、そのままハクアから視線を地面に下ろした。
「そんなことないと思った。そんなはずないと思ったの。だって、殺した理由がわからない……。殺す意味すらわからない。今まで調べてきた情報からも、殺された人は、人柄や評判も良くって恨みを持つ人じゃなかった。それなのに、こんな血しぶきが激しく飛ぶような殺し方をする理由がわからないの」
サキは部屋に戻り、現場である部屋の四方八方に飛び散る血しぶきを見渡した。
ハクアの顔には汗がにじんだ。口を噤もうとしたが、それはできずに口を動かした。
「私からしたら、サキさんのしていることは、犯人のでっちあげです。どうして……、どうして犯人を他の人ででっちあげようとするんですか? あなたは、随分前から確信を持って犯人を特定できていたはず」
「……いいえ、買いかぶりすぎだわ。私が確信を持つ事ができたのはついさっき。それまでは、なんとなくだった。でも、なんとなくの時点で、犯人探しはやめてたんだけど。皮肉ね、探し物って意識から外れた瞬間に見つかるなんて。——私がしていたことは、ロールシャッハテストを応用して犯人の気持ちを理解しようとしていただけなのに……」
「ロールシャッハテスト……ですか?」
「その顔は知らないのね。それもそうよね。この世界では、そういった方面の学問は進んでいないのかも。これは所謂、心理分析よ。私は、この閉鎖された人の心理を分析したの」
「でも、それはたかが分析ですよね? 思考の傾向を知ることくらいしかできないはずです」
「うん、そうよ? これだけでは、不十分だった。でも、そこに会話を加えたら、理解の助けになった。でも、理解しようとするとその人は私の遠くにいるように感じたわ」
「そうですか……。でも、なんで他の人まで調べる必要があったんですか? 犯人らしい人だけで十分じゃないですか……」
「ええ、そうね。カモフラージュ……ではないわね。この村では、そう言った思考の人が多いのかと思ったから、村中調べてたの。でも、あなたからしたら、推理には、必要ないって思われても仕方ないわ」
「つまり、犯人探しじゃないと……。目的が違ったのですね」
サキは、ハクアの言葉を聞いて首を縦に数回振った。
「そうね。目的が違ったのよね。私は、犯人を特定することを拒んだ。そして、逃げ出したように別のことに取り組んだの。言ったでしょ? 私は、このテストを応用したの。犯人との関連性が強いあの血しぶきを使ってね。何を考えていたのか理解しようとした。でも、私には、どう言ったことなのか全く理解したくないことよ」
「はい……」
風邪をひいてしまい、寝込んでいました。更新が変則ですみません。これから徐々に戻してゆきます
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