ドラゴンの呪いか契約か
よろしくお願いします。
「そうか。アタイの負けか……。嬉しい。涙が出るくらい嬉しいよ。やっと、やっと見つけられたんだ……」
サトシとアルシアは、フウの胸中を察して黙っていたのだが、どうやら察せられなかったようで二人はフウを見て首を傾げた。
「どう言うことですか?」
とたまらず聞いたのは、アルシアだった。
フウは、その言葉に高揚した様子で言った。
「見てくれよ!! アタイの瞳の色」
「ええ、綺麗なルビー色ですね……、ルビー色!?」
「そうだろう、そうだろう。アタイの瞳は、もう赤色になっているんだ。これでアタイも一人前なんだ」
アルシアは、訳が分からず、サトシの方を見た。
「いや、僕の方を見られても、さっぱり見当がつきません。戦闘前は、確か碧眼では、なかったですか?」
「ええ、私もそうだったと思いますけど」
そのやりとりを見て、カリーナが笑いを堪えきれずに、声をあげた。また、フウはサトシの方に座り直し、向き直った。そして、姿勢を正し、少し目を伏せた。
「不束な女ではありますが、これからどうぞよろしくお願いします。私の旦那様」
サトシとアルシアは、かしこまるフウを見て顔を見合わせた。
「「はあああああ!?」」
サトシとアルシアは、揃って声をあげた。
焦りを隠しきれないサトシは、慌ててフウに問いただした。
「ちょっと! ちょっと待って! どうしていきなりそうなるんですか?」
サトシがフウの肩に触れるだけで、フウの瞳は潤み、頰は紅色に染まり、甘い声をあげた。
とっさにサトシはフウから手を離し、一歩後ずさった。
「ちょ、ちょっと。その反応をやめてください。悪いことしているみたいな気持ちになる」
「ああ、旦那様。私は、ここで初めてを迎えるのですね。嬉しいです。早くあなたのお子を授けてくださいまし」
「何これ? 性格が全然違うっ!!」
サトシは、再び後ずさる。
初めてあった時とは、まるで違う様子にサトシは、触れることもできず、話しかけることもできないでいた。
そんな様子を見かねたのは、カリーナだった。
「サトシよ。こやつは、竜人の中でも、より原種に近いもののようだ」
「原種? どう言うことですか?」
「つまり、竜人の二世だ。後から血を入れたのではなく、初めからその血を持つ者だ。途中からではないので、ドラゴンの特性を色濃く受け継いでいるのが特徴で、成長過程時は碧眼だ」
「それが一体この状況と何の関係があるんですか!?」
「質問ばかりだな。こやつも言っていたが、強い者を探していたんだろう。まるで、ドラゴンだ」
「それは聞きました」
「ドラゴンの女はより強い種を残すため、己より強い番いを探し出す。強さにこだわるドラゴンは、より強い子孫を残すために、自らよりも強いものとしか子をなさない。これだけ言えばわかるか? お前の強さを認めたと言うことだ。それは直接的に結婚を意味する。恋や愛などの感情ではなく、現実的な強さで伴侶を選ぶのは、お主ではわからぬ感覚だろうな」
とカリーナが言う。そして、さらに愉快に笑い声をあげた。
カリーナの話に付け加えるように、フウが話した。
「はい。私は、赤の国の王。ユーラシス・ナーガラージャの18番目の子。フウ・ナーガラージャでございます。この度、一生の番いを見つけるため、赤の国から出てまいりました。そして、私は、見つけたのです、あなた様を!!」
サトシは、呆気にとられた。気圧されたと言ってもいい。しかし、それでも、反論の言葉を口にした。
「……僕は、あなたの夫にはなりません。僕には既に妻になる人がいますので」
サトシは、そう言った。
その言葉を聞いた時のフウの顔は、悲しさで溢れ、涙を流して————はいなかった。
「はい! あなた様ほどの強い男性です。私一人では、体が持ちません」
「いや、そう言う話ではなくて……ですね。もう、僕には心に決めた人がいるんです」
「?? はい。それでも構いませんが?」
どこか話が噛み合わない二人にカリーナが助け舟を出す。
「諦めろ、サトシよ。竜人は、一夫多妻。こやつらの目的は、愛の独占ではなく、お前の強い種なのだ。それに逃れようもなく、瞳の色が変わっている」
「だから、瞳の色が変わっているから、なんなんですか……」
「それがバカにできないことなんだ。色の変わる条件は、キトンブルーなどのように体の成長に応じてではない。竜人は、愛を知ると瞳の色が変わる。瞳の色が変わることは、“目の色が変わる”と言うこと、感情が愛へと様変わりしたと言うこと。つまり、心の成長によるものだ。それは私の予想では、“覚悟”と同じようなものなのだろう」
「いや……、カリーナの話は、支離滅裂です。竜人の目的が僕の遺伝子なら、愛は不要のものでしょ? 愛の独占はしないとも言いました。それなのに、愛を知ると瞳の色が変わるなんて……無意味じゃないですか」
カリーナは、ため息を吐く。軽く。
「こやつらの目的は愛の独占ではないと言った。だが、だからと言って、愛がないわけではない! 無論、お前さんに対してただならぬ愛を持っている。それは瞳の色が変わることで証明されるのだ。——独占しないと言うことは、したくないというわけではない。それよりも大事なことを優先しているに過ぎないのだ」
サトシはうつむいた。それを見てフウが言う。
「私たちのように生まれつき血を持つものは、愛情によって変わる。ドラゴンの血がそうさせる。愛とは、贈り物。己から他への無二の贈り物なのです。贈り物なのですから、独占すると言うのは、あまりにも不徳ではありませんか?」
「……他の人を選ぶことをお勧めします」
「いいえ、それはできません……。私は、もうすでに傷物。瞳の色が変わる条件は、もう一つあります、それは傷を残すこと。入れ墨と同じようなものです。私は自分であなたの傷をつけました。この傷は私とあなたをつなぐ愛そのものなのです。インプットされてしまったのです。他の人を迎えることなど出来ず、心と体が拒絶をする。これは呪い。ドラゴンの呪いなのです。一人しか愛す事を許さぬドラゴンの呪いなのです」
フウは、伏せ目がちでまだ痛々しい胸元の傷跡をゆっくりと辿った。
「傷をつけたことは謝ります。でも、フウが僕を選んだとしても、僕はフウを選ばない。それでは、フウの目的も達成できない。そうじゃないですか?」
「振り向かせます! どんなことをしても! 必ず! 私は、あなたに愛されないのかもしれない……。でも、あなたのお子を一人でも多くこの身に授けるために! それが私の愛です」
涙ながらの訴えにサトシは、顔を上げない。
「サトシよ。諦めろ。竜人が番いを変えたと言う話は聞いたことがない。と言うよりも、変えられないのだ。それにお前さんもわかっているのだろ?」
「……くそっ。悔しいけどわかってしまう。フウのまっすぐな気持ちがわかってしまう。サキと同じような気持ちを持っているフウがわかってしまう、この悪癖が憎い。それが変わることのない気持ちだと感じてしまう。受け入れてしまいそうになる、僕が憎い。サキに申し訳ない」
サトシの口元から血が垂れる。
「それでも、僕が君を受け入れることは、あってはならない。お互い変えられないのなら、変える必要はない。だから、その話し方もこの話もやめましょう」
そういって、サトシは部屋から出て行った。
ピシャリと扉が閉まってから
「あれはどう言う意味ですかね?」
アルシアがそっと尋ねた。
「きっと宣戦布告だな。変えられるものなら変えてみろってことだろう」
それを聞いたフウの気持ちが晴れやかになる。
「じゃあ、ここにいてもいいってことだね!」
本日は、気持ちよく天気でいいですね。




