闇医者のマルコス
新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
診療所のあるところまでアルシアは、サトシを先導した。
「次の角を右です! そこが一番近くのお医者様の場所になります」
その扉を『ダンダン』とサトシは強く叩いた。
「すみません。けが人です。ここを開けてください」
大声で言った。
早朝。人の生活音は聞こえない。老人ならば、起きているだろうが、大抵は静かな時間を過ごしている。そんな朝早くにドアを煩く叩くものに不快を示さないものなどはきっといないだろう。
ダークな雰囲気が扉を押し出すように、ドアが開いた。
「オレは低血圧で低体温なんだ。それに今日は、雨も降ってた。気温が低いとなおさら仕事をする気にならん。今日は、午後から。その時来な」
隙間程度の扉開きから医者と思われる声が聞こえて、そして、閉じようとした。
「お願いします!! ひどい怪我なんです。そんな時間まで待っていられません」
サトシの言葉に扉がもう少しだけ開き、サトシの背中で寝ているフウの息遣いをみた。
その時に見えた男は、白衣を着ていたが、ヒゲは手入れされておらず、睡眠不足なのかクマができて目つきが悪く、鼻眼鏡が特徴の男だった。
「はあ、金貨3枚」
後ろ頭を掻きながらいい。そこから頭垢が溢れた。
「き、金貨3枚!? たかっ!! ぼったくりですよ、サトシさん」
「嫌なら帰れ。この王都には医者なんて腐る程いる。そこに行けばいい。オレとしちゃあ、そっちの方がありがたい」
アルシアは知っている。確かに、王都には医者はたくさんいる。だが、この近くに医者はいない。ここら辺は、闇商人の屋敷があるように王都内だからと言っても、あまり治安が良い方ではない。高給取りの医者がこんなところにいることはなかった。そして何よりも、ここで働くこの医者も闇商人の一団や盗賊などの無法者などを相手にしているためか、善良な心というものは持ち合わせておらず、金銭目当てでの商売をしていた。
だから、ただでさえ高い、医療費を割り増しでふっかけてきているのである。
「構いません。まずは手当をお願いします」
「ああ? 何言ってんだ。金だ。普通は、金が先だろ。お前が金を持っていなかったらどうする。無駄骨はごめんだね」
医者の言葉にサトシは、鋭く睨みつけた。
「人の命に関わるんだぞ! それでも医者か!」
「オレにとって関係のないことだ。金がないなら、王だって見ない。金がないやつは命を繋ぐ資格すらないんだよ。こっちは慈善事業で医者をするために学んできたわけじゃない。それとも、お前は、その女の命程度の金も持ち合わせてないのに、ここにきたのか?」
サトシは、苦虫を潰した。
医者がそういうと、二人の不穏を避けようとアルシアがチャリンと金貨3枚を持ってきた。
「これでお願いします」
「……ああ、確かに。入んな。静かに入れよー」
ギギィっと扉が大きく開いた。
「奥のベッドに寝かせな。すぐに治療してやるから、とっとと帰ってくれ。ああ、それと——」
「それと?」
医者は、手を洗いながら、水と一緒に流れるように言う。
「その傷は、跡が残る。金をもらった以上、完璧に治してやるが、こればっかりはどうにもならん。まあ、魔法で止血をしているから金額は安くしておいた」
サトシは、奥の方にフウを寝かせた。
医者が言うには、これでも医療費は安い方であるらしい。
サトシは、医者に急かされるように手術室から追い出されると、アルシアと薄汚い廊下で手術の終わりを待った。
「良かったですね。あの人、命に別状がないらしいですよ」
アルシアが言った。
「いや、それでも痕は残るそうです」
「あれは、サトシさんのせいではないじゃないですか」
「そうとも言えません」
一時間経たないうちに、医者が出てきた。
「あー眠い。終わったから、向こうの怪我人を連れてとっとと帰りな」
「ありがとうござい……ます。フウの容態は大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。オレは、回復魔法と医術を駆使して傷を治す。報酬が支払われた以上は、信用してもらっていい。これは唯の契約だ。お前がオレに金を支払って、オレが何かを治す。それだけの関係だ」
「そうですか。ありがとうございます。名前は、何て言うのですか?」
「オレは、クソ魔法医師。マルコスだ」
マルコスは、仕事を終えたからか。白衣の胸ポケットから粗末なタバコを取り出して、魔法で火をつけた。
スパスパと煙を吸って、その息でサトシに言った。
「さあ、用が済んだなら、とっとと帰りな。金さえあれば、悪人だろうが、奴隷だろうが、人外だろうが、誰だって直してやる」
サトシは、マルコスの目の下の線がこれ以上濃くならないように、すぐにフウを背負うとマルコスのところを後にした。
最後にサトシは、マルコスに深々と頭を下げた。
「礼なんて蛆が湧いちまう」
マルコスは煙を肺から追い出すようにサトシに言った。
王都にて、サトシたちの拠点となっている宿までの道のり。アルシアがマルコスの診療所が見えなくなると言った。
「やっぱり、闇医者ですね。態度が最悪です。あんなところで本当に大丈夫なんですかね」
「腕は確かだと思います。フウを見た時、痕は少し残っていましたが、傷は完全にふさがっていました」
「へえ、本当ですか? あの不潔な見た目で高い治癒能力を持っているなんて、嫌ですねえ。人は見かけによらないところが世の不条理を現してます」
サトシは、笑った。
「アルシアは、存外、毒舌ですね」
その言葉に、アルシアも目を細めて笑った。
サトシたちは宿に着き、一つグレードの高い部屋に泊まった。一応、グレードは上がったが、冒険者専用特価の範囲内であるらしく、無料で泊まれる。
ちなみに冒険者カードで、借りられる部屋は一つだけだ。一枚につき、一部屋。ただ、その部屋に何人泊まろうとも、冒険者カードの範囲内だ。冒険者カードの使用裁量は広い。比較的、融通やわがままが効くカードであった。
部屋にはマットレスは三つあるが、その配置は、一列に並べられており、一つの大きなベッドのようになっている。
サトシたちのパーティーで冒険者なのは、サトシだけであるので、サトシのカードで借りることができる部屋は一つ。融通やわがままが効くからと言って、そこは範囲外となる。なので、女性二人は、サトシを仰がねばならなかった。
サトシは、フウをベッドに寝かせた。
「アルシア、お腹が減っていませんか? 何か食べてきてもいいですよ?」
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。フウさんとサトシさんを二人っきりにさせるわけには行きません。フウさんが目覚めたら、四人で食べに行きましょっ!」
「そうですね」
サトシは、フウに目をやった。すると、フウの目に変化があった。まぶた越しではあるが、目が動いている。
そして、すぐにフウは静かに目を開けた。
目を開けて何を考えているのだろうか、フウは覚醒しているが、何の行動も起こさない。
「アタイは、アンタに負けたんだな」
開口一番がその言葉であったので、サトシは少し意表を突かれた。
意気消沈に見えるフウにサトシは口を開きかけて閉じた。フウの言葉から返答としては、長い時間が経った。
「はい。あなたは僕に負けました」
サトシの言葉を聞いて、フウはまた目を閉じた。そして、大きく息を吸って、それを捨てた。
「ああ、やっぱり。あれは夢じゃなかったんだね」
そういって、握りこぶしで額を小突いて、涙を流した。サトシは、その様子に言葉を選べずに何も言えずにいた。
それでは、本年もバージンロードのその先へをよろしくお願いします。




