冒険者カードとアンダー
宜しくお願いします。
受付嬢は、奥の方に消えていき、冒険者カードの準備をする。
奥に消えたと思いきや、すぐに嬢は戻ってきた。その手には、薄い金属板があり、一人一枚と渡してきた。
「この金属は、特殊な金属でできており、魔力を読み取り、新しく冒険者になった方の情報が表示され、記録されます。これが冒険者カードになりますので、肌身離さず、特に、クエストや冒険の成果の際は、受注の契約に必要なのでお忘れなく」
魔力というものがこの世界にはある。聞き慣れない単語が出てきても、動じない。
なんたって、異世界に来て前の世界と全く同じなんて残念極まりない。彼女ほどではないけれど、僕も都合よく少しこの異世界にはそういった方面だけ期待している。
冒険者カードには、何も記載されていない。眺めてみても、擦ってみても、舐めてみても、噛んでみても、カードの様子には一行の変化はない。
「そんなことをしても、今は、何も表示されていません。これから契約を行うんです」
嬢は、小さな座布団を敷いた。そして、よいしょっと言い、気泡の一つもない純粋に透明な球体を取り出した。
その球は、それだけで光っており、神々しかった。
「片手にカードを持って、反対の手で水晶に触れてください。あとは私がやりますので」
彼女が一歩前に出る。
「って! 何で先にやろうとするんですか!!」
彼女はくるりと振り返り、僕の方を見た。
「だって、こんなにワクワクすることが目の前に待ち受けているのに、じっとなんてしてられない」
興味のあることには恐怖というものが皆無であったように、彼女は笑いを携えた。
「僕がやりたかったのに」
「あら。そうなの? だったら先に言ってよ! そうしたら、代わってあげたのに——うん! 大丈夫よ。何の問題もないわ。サトシさんもやって」
ニコッとかわいく笑うが、先にしていることに変わりはない。だけど、その笑顔がとても大好きだから、許してしまう。
「僕もやろうかな」
彼女に習って、僕も片手にカードを持って、反対の手で水晶を触った。それを見計らった受付嬢は、水晶の側面に両手をかざす。
すると、水晶は光り輝き、その内側に僕のステータスとも言える情報が浮かび上がってきた。
名前:サトシ・コバヤシ
Level:1
HP:8
MP:8
職業:ビギナー
スキル保有数:1
踏破率:0%
発見数:0%
備考欄:異世界転移者
ステータスはこんな感じだった。ちなみに彼女のステータスはというと。
名前:サキ・ザイゼンジ
Level:1
HP:36
MP:51
職業:花嫁
スキル保有数:1
踏破率:0%
発見数:0%
備考欄:異世界転移者、花嫁修業修了者
カードは、契約によって契約者の現況の全てを知り得ている。それをレベルやHPといった数値に表したに過ぎない。とても便利なツールであることに他ならず、個人情報の塊と言ってもいい。
冒険者組合は、その契約の特性に注目し、本人証明として用いた。
その証拠に受付嬢は、興奮気味に言う。
「まあ!! サキさんのステータスは、レベルの割には優れておられるのですね。あまりおられませんよ。特にMP量は、私が見た中ではダントツですね」
といったように言っていたのに、僕の場合は……
「サトシさんのステータスは……、ふ、普通ですね。HPとMPが他の方より落ち着いているくらいですか……」
その二つの項目を挙げ連ねてしまえば、そこらの一般人よりも劣っていると言っているようなものだった。だが、言葉にはしないでおく。きっと言葉にしてしまったら、目に見えて落ち込んでしまうから……。
「それにしても、レベル1で冒険者になる人なんて、私は初めて見ました。ほとんどの方は30レベル前後の方ですし、低くても、20レベルはいってますのに、これからが楽しみですわね」
「みなさん、そんなにレベルが高いのですか……」
「ええ、冒険者になるためには、お金が必要だということはご存知かと思います。これはふるいにかけているんです。金貨15枚というのは、平民が一生を使おうとも到底貯めることなんてできない金額です。しかし、冒険者になりたければ、あの手この手で資金を集めなくてはなりません。その時に多くの冒険者候補のアンダーは、修行を兼ね、危険を重ねてお金を貯めるのです。なので、強さもそれなり。よほどのお金持ちの家でない限り、レベル1で冒険者になる方はいませんね。しかし、お金がある方ほど危険な状況に好んで身を置くメリットはなく、名誉職の色が強い冒険者には魅力を感じられないようですね」
この異世界でも、普通に生計を立てるもののレベルは、1がほとんどで、たまに冒険者になりたくて、お金集めをした者は、レベル4程度までのものがいるが、それもごくわずかだということ。
嬢は、少し目を伏せて、哀れみを多分に含んだ目線を向けた。
「これからは私があなた方の担当になります。あなたたちの冒険譚を楽しみにしています。——それでは、これはカード以外に冒険者としての証となります。冒険にちなみまして短剣になります。大切にしてくださいね」
嬢は、二本の短剣を取り出した。業物とはいかないまでも普通の人は、持ち歩かないような良質な短剣であるらしく、鞘と柄頭には、四葉のクローバーが施されていた。
主な用途は、本当に証と名誉であるらしく、戦闘での使用は使えないことはないが、他の冒険者は使わないことから、オススメしていないと嬢は話した。
「鞘と柄頭に施されている四葉のクローバーは、冒険者組合の組合マークです。四葉には、それぞれ願いが込められており、一つに“名声”。一つに“冒険”。一つに“探求”。一つに“幸運”の四つの願いが込められております。四葉のクローバーを心に刻んでかんばってください。そうだ、それで短剣の刃は脱着式になっておりますので、痛んでしまわれたならお取り換えができます。しかし、鞘と柄は再支給は致しておりませんので、無くされないようにお願いします」
薄々気がついていた。僕たちは、あまり歓迎されていないということに。
「それとこれは忠告なんですけど、帰り道には十分に気をつけて下さい。あなたがたのこれからに幸が多からんことを」
嬢は、それだけを言い残して奥の方に消えた。
「嫌な予感がします」
彼女は、真剣な顔で返しす。
「こうゆうのをフラグが立ったっていうのよね。だけど、気にしても始まらない。教会に戻りましょう。教会までの距離なら何も起こらないでしょ。大通りを通るならなおさらよね」
彼女の発言もフラグを強くしているのではないかと思ったが、真剣にそんなことを言うので可愛いなと思って何も言わないでおくことにした。
まず最初に組合から出る直後を気にした。当然に嬢が言っていたフラグの件を気にしてのことである。
だけど、さすがに組合の近くには、待ち伏せをしていない。
教会に向けて歩いていく。教会と冒険者組合は、直線距離で100メートルほどであるが、教会は大通りを挟んで、反対側にあり、絶対に少し小道を通らざるを得ない。
僕と彼女が小道に入った直後に後ろから声をかけられた。
「新人の冒険者様。少しお話でもしないですかねえ?」
ついに来た。なぜそう思ったのかというと、わざわざ”新人の冒険者”と名乗ってもいないのに、あちらから言ってきたからだった。
振り返ると、そこには身軽に動くことを重視したストライプタイツの軽装姿の男たちが3人、他とは違う雰囲気をまとう男が一人。合計4人が逃げ道を遮るように現れた。
それを確認した僕は、一つしかない逃げ道である小道に彼女の手を引いて猛ダッシュで駈け出す。
「おい、逃げやがった。やっぱり、噂は本当だったんだ。あいつら、ボンボンの冒険者だ。持ち物すべて剥ぎ取ってやれ!」
「「「いー」」」
僕は、必死で走らなくてはならないのに、その掛け声を聞いた瞬間に後ろを振り返ってしまった。
だって、そんな掛け声をする連中なんて僕の中では、ある結社しか知らない。
「あ、悪の秘密結社だ」
彼女の手を引いて全力で走る。
小道の中の小さな物陰でひそひそと僕と彼女が話をする。
「もうね、このまま逃げてばかりではダメだと思うの。だからね、戦いましょう」
耳を疑った。彼女から戦うという単語が出るとは思わなかった。でも、彼女がそう言うなら、僕はそれをしなくてはならない。
だって、それが彼女の望みなら、僕は叶える義務があるからだ。理屈じゃない。感情の問題だ。
「よし、やろう。君が言うからではないですよ? ちょうど僕もそうしようと思っていたところだったんです」
彼女が優しく笑う。
この戦いが僕たちの初めての共同作業になった。
また明日、投稿します。