日の出
よろしくお願いします。
「傷跡が残ってもらわなくちゃ困るんだ。アタイは、アンタとの闘いで傷を負わなくちゃ困るんだ。それがアタイにとっての証だから……」
フウの息遣いは荒く、そして、時間とともに速くなる。その様子でフウの傷が深いことがわかった。また、話そうとする話の重要性の高さも……。
「証? 敗北を目に見えるように刻んでも、如何しようも無い。本当に、このままじゃ死んでしまいますよ? それでもいいと? 単純に死を選ぶと?」
「はぁはぁ、死を選ぶ? そんなことをしているんじゃない。アタイが選んだのは、アンタさ!」
フウが弱々しくサトシを指差した。
「え……? ど…ゆう…僕を選ぶ? 一体何を……」
この会話の間も、フウの胸から出る血は止まることがない。
それを見兼ねたアルシアがフウのそばに行き、応急的な止血を開始する。
「フウさんじっとしてください。本当に死んでしまいますよ?」
アルシアがフウに言うが、サトシに何か伝えようとじっとしようとしない。そして、サトシにさらに近づこうとするとあまり大量の出血により気絶をした。
その隙にアルシアは、左胸元から15センチほどの傷を持っていたハンカチで必死に抑えて止血する。だが、小さなハンカチにその傷を止める力はない。心臓に近く、傷も深く血が止まることはない、無論、アルシアのハンカチは血で溢れた。
このままでは、すぐに大量出血でフウが死ぬ。アルシアは、自らの服を破り、止血に使う。
「カリーナ!! お願いします。フウの傷を塞いでください!!」
焦って声を荒げた。
「それは無理だ。私には、他人の傷を塞いだり、ましてや、傷をなかったことにすることはできない」
「だったら、今すぐ、血を止めてください。液体の血ならそれくらいはできますよね!!」
「確かに、血を止めることはできるが……いいのか? こいつはお前たちを殺そうとした女だぞ? ここで死んでしまった方がいいのではないか? その方が後になってからの面倒ごとは少ないぞ?」
悠長に喋るカリーナの言葉に業を煮やしたサトシはいつになく感情を表に出した。
「いいから、早くしろ!! フウが僕たちのことを殺しに来るんだったら、何回でも返り討ちにする。でも、今それを議論しない!! そんなことを考えるのは後でいいんだ。僕にとっては!! 今、目の前で命がなくなりそうなのが問題だ!! 彼女が悲しんでしまう!!」
その言葉にカリーナは、すぐに行動に移した。
「嫌だ嫌だ。全くもう。——そんな強い言葉で言われてしまったら、か弱い私は従わなくてはならない。ああ、恐ろしい恐ろしい。私の契約者様は、なんと横暴なのだろうか」
とカリーナは言葉とは反対の顔をした。
「昇る水 降り注ぐ雨 廻る海——愛しき我が子よ。循環の理に従いなさい」
カリーナが呪文を唱えると、フウから漏れ出た血が体の中に戻ってゆく。そうすることで、フウの息遣いもゆっくりと正常に戻っていった。
「アルシアよ。私がこやつの血を止めているうちに、ことを済ませなさい」
「は、はい。そのまま! カリーナさん、そのままよ」
アルシアは、手際よく応急的にフウの傷を空気に触れないようにしたが、目を覚ますことはない。
「これでひとまずは大丈夫ですが、すぐにお医者様へ」
その時、サトシの左目に眩しいほどの朝日が飛び込んできた。
もう、約束の時間になっていた。
そこでサトシは、ザッジに目をやった。
「朝日ですね。これで依頼は完了です。では、僕たちは、帰らせてもらいます」
急ぎ早やに伝えた。
「はい。確かに依頼の完了を承認しました。それではゆっくり休んで、一週間以内に冒険者組合で依頼完了の手続きを行ってください。——ところで、その女はどうしますか? こちらで対処いたしましょうか?」
「……いや、この人は僕の方で保護します。聞きたこともありますし、どこか心配なので」
「わかりました。では、お帰りになる前に、一つだけ。宝箱の魔法の解除をお願いしてもよろしいですか?」
「ああ、すみません。忘れるところでした」
ドン! ドン! ドン! と荒々しく三回大きな音が部屋の方でした。
「では、失礼します」
サトシは、それだけを言うと、いまだにアルシアに看病をされているフウを前で抱きかかえた。
「アルシア、いきましょう。殺すわけにはいかない」
その言葉にアルシアは、「はい!」と、返事をしてサトシの言葉を追うようについていった。
◆
ザッジは、サトシたちが見えなくなると、その場でメモを取り始めた。
長い時間をその場で立ち尽くしていたが、シャアッと書き終えた。
「実にいい。これは久々にいい報告ができそうだ。よし! これであとは組合に帰ってまとめるか」
終えたのを見計らったように、先ほどまでサトシたちがいた家の中から人影が現れた。
見た目は若く、日差しを避けるように鍔の広い帽子をかぶっている。
唇が艶のある口紅の影響からか東からの朝日に反射する。
「急に宝箱の扱いが雑だわ。驚いちゃった。——ところで、この新人用の洗礼って本当に必要なのか甚だ疑問よ。上はいつも何を考えているのかしら? 元一流の冒険者の私からしたら、冒険者なんて冒険さえしていればいいと思うの。組合の依頼なんてする必要ないわ。運営の私たちにも、もう少し優しくあってほしいものね。寝不足は、女の敵なのよ? これでお肌が荒れたら、ポーションを請求してやるんだから!!」
ザッジは、後ろの方に目を向けて、声の主を認めると言う。
「マーニィは、我々屈指の怠け者だからね。でも、そんなことを言わないでくれ。冒険者の維持も我々の重要な役割だ。新人用のクエストは、洗礼でもあるし歓迎でもある。そこで死んでしまっても、それは冒険者の質の維持のために必要なんだ。それが破格の報酬だし、実力を測る試験的な内容だ」
「なまけものじゃなくて、美意識が高いのよ。——でも、冒険者って、お金さえ払えば、誰でもなれるのよね。だったら、最初から登録試験に盛り込めばいいじゃない」
「フハハ、確かにそうだ。でも、分ける必要がある。権力の強い冒険者は強くなくてはならない。そうでないと、民の不満が大きくなる。金は謂わば、その者の力以外の力量を測っているに過ぎないんだ」
「それは知っているけど、それって本当に必要?」
「一つの条件さ。冒険者になるためにはびっくりするくらい法外な金が必要だ。普通、民は何回人生を繰り返そうと貯められる金額じゃない。そこで必要なのは、運。——強い運が重要なんだ」
「運ねえ。私は、冒険者組合のただの資金稼ぎだと思っていたわ」
「君らしい考えだね。確かに登録料は高いが、それでも組合の運営資金としては微々たるもの。登録料の半分くらいは、依頼の報酬よって返金されるからね。金を用立てることは、我々に試される資格を得たに過ぎない」
「本っ当、まどろっこしいのよね。この仕組み。それでそのあとが力でしょ? 本っ当まどろっこしい」
「そうだ。資格を得たものは、純粋に力を試される。本当に冒険者としてやっていけるか篩に掛けるんだ。篩い落とされた者は死ぬことになる」
「せっかく大金を払ったのに、殺されるなんてかわいそうよね。でも、これで信頼高い冒険者の誕生ってことね」
ザッジは、マーニィの言葉に薄く笑った。
「マーニィの言ったことが登録と一緒にしない理由だ。誰でも受け入れるわけではないんだ。しかし、本当の目的は、それだけではない。マーニィは、まだ幹部になってから日が浅いから、知らないのも仕方ないね——ところで、君の目から見て、あのサトシという男。どう思う?」
マーニィは、少し考えた。
「うーんと……力は、間違いなく規格外ね。依専の冒険者の中では、“三本の矢”と言われるあの人たちと同程度か、それ以上よ。外に出ている“変態”の奴らと比べても、上位に位置する実力はあるわ。でも、ただそれだけ。彼は、使えそうにないわね。だって、彼はもう重契約者でしょ? すぐに力に溺れて、使い物にならなくなるわ。今のうちに登録抹消の手続きでも進めとく?」
「あはは、冗談がうまいな。でも……、進めなくてもいいと思うよ。彼は、確かに重契約者だった。でも、彼は他の愚か者とは違っているように僕は思った」
「そうかしら?」
「ああ。だから、今度の会議が楽しみだよ。新しい器かもしれない」
「器? 何の話?」
何も言わないザッジに対して、マーニィの不機嫌さが増してゆく。
「ザッジ。私にもあなたの考えを知る権利があると思うの。私も一応、この国の冒険者組合の幹部なのよ?」
「確かに、君は幹部だが、幹部ならどこの誰かが聞いているかもわからないところで、そんなことを聞くものじゃないな。これは最重要の秘匿事項だ。民が知れば、国が覆る」
「あっそ! もう! そうゆうことなら、先に言ってよ」
マーニィは、頰を膨らませてザッジを見た。
「あなたが意味深な言い方ばかりするからよ。特記秘匿事項なら、そう言ってもらわなきゃ!」
ザッジは、その言葉に静かに声を上げて笑った。
マーニィがそう言って、冒険者組合の方に向けて歩く。
「じゃあ、またその会議でねえ。あなたからどんな話が聞けるのか楽しみにしているわ」
「ああ、面白い知らせが聞けるはずだ」
ザッジの言葉を聞いて、マーニィは振り返らずに手のみで別れを告げた。
先週は忙しく更新できなかったのです。なので、今週はあと一回以上更新します。よろしければ、どうぞ足を運んでくださいませ。




