精霊
よろしくお願いします。
盗賊たちが私の姿を下から上へと舐めるように見る。その視線は、この場所で二度目となる不快なものだった。
自らのモノであると認識しているゲテモノの目。私に対してそれ以上何も考えていない。
ただ、自らの欲望を吐き捨てるように視線を向けて、ニヤつく。そんな欲望に触れることすら気持ち悪く、汚らわしい。
「惚れ惚れするある。よだれが出ちゃうあるね。ああ、仕事も終わったし、早くその毛皮を剥ぎたくなってきたある。それとも、とっとと殺して、ホルマリン漬けにするのもいいあるね」
十数種類という動物たちのキメラは、とても珍しい。
この世界の術師が長い年月と多くの命を犠牲に失敗を繰り返した憧れと欲望のキメラは、誰も作り出せていない。
誰もが私を欲しがる。神の御技だと誰もが口を揃えて賞賛し、目で蔑んだ。
こんな風に作った神を私は呪った。
「お前たち、どんな手を使っても表面に傷をつけてはダメあるよ。価値が下がってしまうある」
一般的に動物の毛皮を剝ぐときには、三つの方法が用いられる。
1つに殴り殺す方法、1つに首の骨を折る方法、1つに感電させる方法。
主に上の三つに分けられる。
一つ言えることは、そのどれもが残酷で、綺麗に殺すためだけの方法だった。安楽死とは程遠く、激痛が伴う。
三つの方法。ちょうど、盗賊たちも三人いて、誰がどの殺し方をするのか、楽しそうに話している。それが金に目が眩んだ生き物を殺す人なのだ。
その中で、リーダーがいった。綺麗に殺したやつに報酬を多く支払うと。
「ぐおおおおおおお」
相手の敵意に反応して、熊のように雄叫びをあげた。
「おとなしくするある。お前はもう逃げられない。助けてくれる者もいない。死ぬしかないある」
私との間合いを詰めるように盗賊たちが三方からにじり寄ってくる。
その時、カリーナさんが呪文のような何かを言った。
『かわいい私の子供たち。––––澄み渡り、澄み切り、隅々まで行き届け。––––揺れ動く水泡に写す、かがり歌』
カリーナさんは、3寸(約9センチ)ほどの大きさから5尺5寸(約165センチ)ほどの大きさに水が膨れ上がった。
美しい天女が私の前に現れて、こう言った。
「大丈夫だ……」
ただそれだけを。ただそれだけなのにどこか気持ちが安心していった。
「精霊が大きくなったからって何ができるわけでもないある。精霊は、それ単体では、自然と同じ。自然が故意に何かに牙を向くはずもないある」
「よくわかっているじゃないか。そうだ、私はお前たちには何もしない。何もできない。たとえ、お前たちが殺してくれと願えども、私はお前たちには何もしない。それが本来の精霊というものだ」
「なら何故、今その姿になったね?」
カリーナさんは、獣化している私の横を何事もなかったように通り過ぎ、血溜まりに浮いてしまっているサトシに触れた。
「私の愛子。ただ私は、愛する者のためにしか動かないし、育てる気もない。愛でる対象は常に冷たく、温かく、恵みを齎す水––––ほら、サトシよ。目を覚まさんか」
カリーナさんが彼の横顔を子供の頬を慈しんで撫でるように優しく指を滑らせた。
すると、サトシが
「ゴフッ」
吐血をして、息を吹き返した。そして、私に焦点を合わせるように見て、何事もなかったようにゆっくりと立ち上がった。
彼は言った。
「アルシア、おはよう」
「なんとも呑気だな、大丈夫か? 大きな音に驚いて心臓停止で気絶なんて、どんだけビビリなんだ。私は、笑ってしまったぞ」
「カリーナだって体の中から突然爆発したら、きっと僕と同じようになりますよ」
「はあ、本当に呑気だ。危機感というものをまるで感じられない」
カリーナさんは、やれやれと言いながら右手で眉間のところのしわを伸ばした。
「それで、サトシよ。状況はこうだ! こやつらは、私たちの可愛いアルシアを殺して、神秘的で美しい皮を剥ごうとしているようだ。許せるか?」
「それは……、許せないですね。死刑決定です。サキとの約束を果たしましょうか」
「ああ、私もあやつとの契約を履行せねばなるまいよ」
サトシは、カリーナさんからそう聞くと、なぜ今まで誰も襲っていないのか不思議な私に近づいて、そっと抱きしめた。
その間にカリーナさんは、敵を牽制するように睨みを利かせた。
「動くなよ? 今動けば、契約者が生きている私が契約履行の守るために動くことになる。それだけはお前たちも望むことではないだろ?」
サトシは、子供を咎める親の口調に諭すように私に言った。
緊張感がカリーナさんと盗賊たちとの間で渦を巻いているが、そんな空気を壊すようにサトシは、優しく丁寧にいうのだ。
「少し驚かせてしまいましたね。でも、大丈夫です。少しだけ怪我はしましたが、今はもう大丈夫」
サトシが私の耳を撫でた。優しく、心地よく、カラカラだった心に水を差されたように感じた。
彼の水は、私のマグマのようにグツグツと煮えたぎる気持ちには効果覿面であったようでいつの間にか大人しくなってしまった。
水を差されたことで感情の高まりが収まった。私の体は、血が入れ替わったように体を覆う多くの毛が泡のように弾けて消えていった。
「本当に驚かせないでください。死んでしまったのかと思いました」
「僕は、死なないですよ。約束しました。アルシアのことを守ると……。僕は、頭は良くないですが、約束の事は、覚えられますし、守り通します。といってもそれくらいしかできませんが」
「だったら、早く守ってください。今さっき、古の姿を見られてしまいました。今が怖いです。これからが怖いです。私は、きっと誰からも狙われてしまう」
「大丈夫。怖がらなくてもいいです」
泣いていたのだと思う––––。
しかし、頬から伝わる暖かく流れてゆく目に見えないモノを私は悲しみだと言えないだろう。いや、悲しいと思って泣いていないということだけは確かなようだ。
「悲しくないのに、辛くないのに涙が出てきます。こんな気持ちは、初めてです。––––約束ですよ。私をこの世界で最も安心させてください。私らしく、生きさせてください」
「約束しましょう。決して違う事の無い約束です。アルシアは、いつも安心してみていてください」
サトシが私にそういうと、私の頭にポンっと手を置いて、優しく去ってゆく。
先ほどまで、狂乱の状態だったのに、思わず口元がほころんだ。
「カリーナ、共闘です。あなたも僕とともに」
「やっとか。では、征くとしよう。こやつらを悪だと理解させるために、正義の執行を!!」
彼は、左手を差し出した。
ではまた。




