私と獣人
よろしくお願いします。
耳が麻痺するような大きな音がした。その方向に……、サトシの方に目を向けた。大きな音は遠く、彼は静かに寝静まっている。決して動くことはしないし、決して音を立てなかった。
感覚を頼りに、足元に転がっている彼に言葉をかける。
「サトシさん? 何をしているの? ねえ、サトシさんったら!!」
「……」
揺すってみるが、反応はない。無造作に転がる彼は、命が刈り取られているようでただの人形のように反応を示さない。もうこのまま動くことがないように精気がない。
ドアの方から声が聞こえてきた。
「お前、馬鹿ね。私たちは敵ある。どんな卑怯な手を使おうとも、敵を殺す。それが仕事ある」
理解が追いつかなかった。なぜ、彼の右腕がなくなってしまっているのかがわからなかった。どうして、こんな状況になっているのかが私には、わからなかった。
「どうゆうことなの? ねえ。カリーナさん……、どうゆうことなの? なぜ、体の中から爆発が!?」
カリーナさんは、泣きべそをかいた質問に至って冷静に、そして、何事もなかったかのように言ってのける。
そう、カリーナさんは、言ってのけてしまうのだ。自らのパートナーとも言える契約者が重体で、動きすらしない状況で言ってのけてしまえる。それが精霊だった。
「ナイフだ。奴らのナイフに魔法術式が組み込まれていたのだ。それがサトシのMPに反応して魔力爆発を生んだ。真相だ」
「そう、それが真相ある。まあ、その術式のスイッチを入れたのは、私たちなのだけど、体内に保有してくれて、とんでもない爆発を生んだあるね。あはは。本来なら、音だけがすごいものだったあるのに、バカがいたものある」
「ああ、バカだな。こやつは、確かにうつけ者だ……」
「戦闘では、常識ある。敵の持っているものには必ず仕掛けがある。むやみに触れていいものじゃないね。——誰がそのバカの教育者あるかぁ〜? 冒険者も質が落ちたあるね〜」
盗賊たちは、揃いも揃って彼を指差し、笑う。
私には、それが許せない。心のそこで許せなかった。見世物小屋に閉じ込められ、私で商売をしたここの商人に抱いた感情と酷似していた。
激しい憎悪。黒い感情。憎んでも、憎んでも限りが見えることのない感情は、平静という時を奪い去っていった。
それは私たちにとっての愚かさだった。
「なぜ!! なぜ、カリーナさんは、そんなに冷静でいられるの!!」
感情そのままにカリーナさんを怒鳴り散らした。
わかっているし、知っている。私はひどいことを精霊に要求しているのだ。精霊に人の価値観で命の尊さを理解させようとしている。私の感性を無理矢理に押し付けようとしているのだ。
それはカリーナさんに自分を曲げろと言っていることだと、理解している。理解しているが、言わずにはいられなかった。私を理解してと——そう言わずにはいられなかった。
「私が冷静だと? 私が冷静に見えるのか?」
カリーナさんの表情は、それまでの退屈そうな表情ではなく、眉間にしわを寄せ、口角を少し上げて、サトシを見下ろしていた。
盗賊は、再び傷を負ったサトシに手投げナイフによる攻撃を仕掛ける。三人がナイフを構えて、サトシに一気に投げつけた。
「12本というのは、嘘ある。なかなか、楽しく踊ってくれて愉快だったある。でも、これでおしまいあるね。トドメを刺させてもらうあるよ」
もう動きすらしない彼に攻撃を当てることは、私から見ても、簡単に思えた。
ドスッ、ドスッ、ドスッ。3点から同じ音が私に希望はないことを伝えた。
サトシは、もはや精霊化をしていない。生身でその攻撃を受けていた。
「クフフ。クフフ。冒険者だと言ってもこの程度ね。重契約者と言っても、その程度ね。とっとと死ねよ」
その声が空虚に私の中を駆けずり回る。
彼の出血は、もはや手遅れの域に達しており、生きていたとしても重大な後遺症を残してしまうだろ……う。
急に嗚咽が喉を伝う。この場ですぐに今日食べたものを吐き出してしまいたい。そして、できればそのまま気絶してしまいたかった。
でも、その代償行為として私は……
「いやあああああああああああ」
叫び声をあげていた。
視界が真っ赤に染まったと思えば、今度は、白いとも暗いとも言えぬものに成り果てた。
身体は、どうしようもなく震えている。でも、決して寒いというわけではなく、その反対に血管がギュウッと絞られているようにあつく、アツく、熱かった。
そして、力なくただ座り込み、自身の血だまりに倒れこんでいるサトシを冷静に見つめている私自身がいる。
「主人が殺されて気が狂ったね……。だけど、御しやすくて好都合ね」
盗賊が言った。
違う。私は、狂ってなんていない。そんなことなく、頭はスッキリとしている。
「これが獣人の本来の姿ね。動物のように吠える。理性で動く。動物そのものね」
盗賊の声は、冷たかった。背筋が凍るほどに冷たく言い放っていた。
––––獣人について、この世界の多くの人は、大きな勘違いをしている。
獣人とは、毛むくじゃらの生き物ではないのか。獣人とは、動物程度の知能しか有しないのではないのか。獣人とは、汚らわしく動物との混血児ではないのか。
もともと、獣人とは、隷属し、支配され、搾取され続ける劣等種族だったはずだ。狩り尽くせ。と巷では言われている。
————その勘違いは、強ち全て間違いとは言えなかった。獣人とは、ある一定条件を満たすと、この世界の者たちが勘違いしているような毛で覆われた姿になり変わる。それは、獣人だけが知り得るただの秘密。
満月を見れば、狼男? 麗らかな乙女を襲う吸血鬼? 人の世界に憧れる人魚? すべての存在は、確実にいるということだけを獣人の存在が証明している。獣人の秘密とは、ただそれだけ。
ただそれだけの秘密なのに獣人は、このことをひた隠しにする。このことが露呈されることになってしまえば、私たちは、この世界で完全に狩り尽くされる側に回ってしまうことになるだろう。そう、今まで以上に狩り尽くされる側に回ってしまうことになる。
なぜならば、獣人の全身毛皮は、世界七大美宝に数えられる。そして、毛皮に多くの種が混じり合っているものほど、価値が高いとされた。
世界七大美宝の全てがこの世に現存すれども、もう新たに発見されることはないとされるものだった。
しかし、この世には、誰も認識していないだけで、その全てが存在する。
存在するとわかってしまったなら、人間は嬉々として、私たちを殺して私たちの体を引き裂いてしまう。
だから、幼い頃より、自分の感情を制御する術を学んできた。些細なことで、大きく気持ちを変化させないようにと……。獣人の姿に戻ることがないようにと。————
つまり、獣人が大きく興奮状態になると……、古の獣人の姿になった。それが私たちの隠し通してきたこと。
「ま、まさか、こんなところでお目にかかれるとは思わなかったあるね。本当に存在していたあるか」
盗賊のリーダーは、今晩で最も声を張り上げた。
古の獣人の姿になることを獣化という。
獣化に慣れていない獣人が獣化してしまうと理性が飛んでしまう。それは、本能のままに行動してしまう獣と同じだった。
獣化した私は、どこか俯瞰して冷静な部分と熱く燃え滾るマグマのように相反する感情が同居した。
冷静な部分が普段の私で、燃え滾るマグマの部分が獣化した私だ。冷静な私は、熱く触れられそうにない私をじっと見守ることしかできなかった。
「ウオオオオオオオオオン」
次に、狼のごとく感情の高ぶりからの遠吠え。
「つくづく、わたしらは運がいいあるね。大金と希少価値の高い獣人をいっぺんに手に入れられる。すぐに皮を剥いでもよし、子供を産ませてから殺してもよし。それで一生を遊んで暮らせるある」
「ガルルルル」
今度、私は獅子のごとく唸り声を低く唸り声をあげた。
意識はしっかりとしている。それなのに、よもや、今の私は、言葉すらまともに喋ることができないらしい。
病に伏している時ほどに、身体が私のものではないほどに重く、いつも通りではない時間のゆっくりとした流れに戸惑ってしまう。見えない壁で私は閉じ込められてしまっているようだった。
「グルルル」
「古の生き残り……。それにその姿は、少なくとも10種類以上の獣が合わさっているあるね」
––––なぜ、ただの獣の獣人である私たちが世界七大美宝に数えられているのか。
それは私たちが人間の領域では未だに成し得ることができぬ多種多様な生物との混合獣であるという認識がなされているからだ。神の御業だけなせる奇蹟だと表現する人もいる。その毛皮は、神が授けた美宝なのである。––––
『サキの一人修行.Ⅳ.』
「ありがとう。次に、これなんて何かに見えない?」
ハクアは、サキが示した血の跡にゆっくりと視線を移した。
「こ、これは、何ですか? ダイイングメッセージのように見えるのですが」
「そう? そんなただついている跡にメッセージなんてないわ」
「そ、そうでしょうか。何か文字のように見えたりしますけど……」
そして、サキは再びハクアに血の跡に関することを2、3質問をした。
「じゃあ、次の現場に行きましょう」
そういって、サキはハクアを連れて他の現場に行き、同じようなことを聞いて回った。




