クイズと答え
宜しくお願いします。
辺りに漂うのは、鉄の匂い、生臭い匂い、生暖かい匂い、湧き水のように透き通った匂い。その匂いは、本能的にダメージを連想させた。
時間の経過とともに月明かりが部屋の中に入ってくる。
その時に目に映りこんだのは、やはり、サトシの右腕が手投げナイフによって抉られているところだった。
しかし、私の驚きとは裏腹に、サトシは淡々と抑揚なく言う。
「少し驚きました。さっきの人が弱かったので、レベル的にも低いんだと思っていた。でも、まさか予備動作なしで攻撃ができるなんて……」
「クフフ、お褒めに預かったあるね。でも、これは褒めるようなこと違うね。これはただの技術ある、それもただの腕試し」
ドアの盗賊は、少しおちゃらけたように肩をすくめた。
「カリーナ、どうですか? 少しは楽しめそう?」
「はあ、外の世界も退屈だ。もっと面白い世界を私は所望する」
「もっとも、カリーナが思うような面白い世界なら、もっと混沌としているんじゃないです?」
カリーナさんは、どこにいても聞こえてしまいそうな大きなため息をこぼした。
そして、再び月が雲に隠れた。その隙を見計らったように盗賊たちの方から再び手投げナイフが風を縫うように進む音で投げられた。
ビチャッビチャッという音がした。だが、この音は先ほどとは違うものだった。もっとサラサラと流動性の高い音だ。少なくとも、血のようにドロドロとしたものが落ちた音ではない。
後からの情報である“匂い”に関しても、血の匂いはしない。
そう判断を下すと、サトシの声が聞こえてきた。
「同じ手を使うなんて、あまりにも芸がないんじゃないですか?」
雲が月を通りすぎて、明かりがサトシを照らし出した。そうしたら、音の正体が見えていく。
——サトシは、再びその姿を水へと変えていた。
よくよく見てみると、サトシの右腕の中には、投げられたナイフが収められている。
ザッジがその姿を見て、ポツリと漏らした。
「部分的に精霊化しますか。相当、使いこなされていますね」
その声に反応してカリーナさんが皮肉を言う。
「こやつめ。たった数回ほど力を使っただけで、ここまで私の力をコントロールするのか。なかなか愉快じゃないか。これだから……」
「でも、僕としては、この精霊化?でしたっけ? 気力と体力をごっそりと持って行かれるので、あまり好きではありません。自分が自分でなくなってしまうようにも感じますし」
「当然だ。精霊化は、貴様自身が“自然”となる術だ。器がなければ、飲まれてしまう諸刃の刃だと教えた。––––ただ、私から教えられるのは、それだけで、それこそが精霊と契約をした恩恵そのものだ。私と契約した時に使うことができる魔法などは、副次的なものに過ぎない」
サトシがカリーナさんの言葉を飲み込んで、正面に立っている男に話しかけた。
「さっきのが腕試しなら、ここからが本番ですよね? うちのカリーナが退屈しているんです。本気を見せてください」
「くふふ。一つ、お前勘違いしてるある。精霊化、精霊と契約したものの末路。恩恵なんて大層な代物ではないね。陶酔状態、高揚感と強い衝動性があるね、お前が頼るその力は、依存症よ。謂わば、それは力という名の麻薬。あんまり精霊の言葉を鵜呑みにするもの違うね」
「……はい、知っています。でも、僕はバカなんです。後先なんて考えられずに今目の前のことに全力で挑むことしかできない。この力に頼ることしかできないんです」
「違う違う。知っていても使ってしまうのが、それの強いところね。––––お前、化け物らしくて、とても好きね。怪物らしくて、とても好きね。バカらしく、とても大好きね」
盗賊がサトシを見て笑う。
チリンッとどこかで鈴がなった。
それが合図であるかのように、サトシと盗賊の3人組は、狭い部屋の中で戦う。
はじめ、右からズバッと風切り音が聞こえて、次は左から同じ音が聞こえてきた。それと同時に、火花の爆ぜる光を伴う金属音。その全てが一瞬のうちに私に彼の居場所と彼の闘いを伝えてきた。
「ああ、退屈だ。実に退屈だ」
三度目の攻防でカリーナさんが言った。
その言葉がラウンドの鐘のごとく、四人は定位置のように最初にいた場所に何事もなかったように立っていた。
「精霊のくせに人間臭いやつあるね。でも、おかげでちょうどいいこと思いついたあるよ」
「ほう、何だ? 私を楽しませてくれるんだな?」
「クフフ。楽しい楽しいクイズを出してあげるある」
カリーナさんは、サトシの肩の上で片膝をついて顎を盗賊のリーダーに突き出した。
「問題ある。私たちは、ここでお前を殺すために100本のナイフを持ってきたある。しかし、お前はすでに12本のナイフを私たちから奪い去ったあるね。さあ、私たちは、あと何本のナイフでお前に攻撃できるあるか?」
「ほう。なんだそれは? 私を馬鹿にしているのか?」
「精霊をバカになんてしてないある。––––そうあるな、制限時間を設けた方が緊迫感もあって楽しめるあるね。制限時間は、3分。さあ、考えるある」
盗賊の挑発とも取れる言葉にカリーナさんが立ち上がった。しかし、そこで、サトシがカリーナさんに話しかけた。
「カリーナ。僕が持っているナイフの数は、全部で9本です。でも、あの盗賊は、全部で12本と言いました。数が合わない」
「そうか、なんだ、引っ掛けか。凝ったことをしてくれるじゃないか」
カリーナさんの楽しそうな挙動に盗賊がさらに煽るような発言をした。
「楽しんでくれているようで……なによりあるね。そうある!! 正解したら、拍手してあげるある。くふふ、クフフ」
「敵からの賞賛か。それもなかなか味わえるものではないな」
敵の意向を理解したカリーナさんは、再び彼の肩で片膝をついて目を伏せた。
カリーナさんのぶつぶつと何かを呟く。
「100−12という単純な計算じゃない。ここで重要なのは、残り3本の行方というわけか。確かに、私はあまり気にしてはいなかったが、残り3本というのは、気になるな」
「そうです、カリーナ。問題はそこにあります。残り3本がどこで使われているかです。僕の目が正しいのなら、残りの3本は決して使われていません」
「ぐぬぅ。難しいな……。だが、面白い。面白いぞぉおおおお!––––考えられるのは、罠か。ただの嘘か。それとも……」
「罠だとしたら、恐ろしい早業ですね。それにナイフの罠だとすると、3本はあまりにも少ないと思いませんか?」
「確かにそうだ。3本だけを罠にする意味は、あまり見出せないな」
「罠だとしたら、怪しいところが多すぎる。それにこの部屋に入る前に部屋を見通せる場所に仕掛けている可能性だってあります」
「そうだな、本棚、引き出しの中、かまどの中だってありえなくはない」
カリーナさんは、鼻を鳴らして辺りの匂いを嗅いだ。それから、立ち上がって『面白い』と大声をあげると、盗賊たちはこぞって薄気味の悪い笑い声をあげた。
そう、この建物は、闇商人が住んでいた建物ということもあり、罠の仕掛けやすい場所が無数にあった。その一つ一つ探りを入れるとなると、到底3分では、洗い出せない。
カリーナさんが状況確認をした。
「今の私とお主の意見でいうと、3本は使われていないということであっているな?」
「はい、そうです。3本は使われていない……です。カリーナのいうとおり、この問題は確かに面白いです。でも、ここで時間をかけるのってあまり得策では、ないように思います。相手に弄ばれているように、時間を与えているように思うのです」
「こんなに面白いのに、すぐに終わらせるというのか?」
「はい、残りが91本だろうと88本だろうとそれ以上でも、それ以下でも、関係ない」
「残り3本の重要性を無視して、全てを受け切るのか?」
「はい、わからない3本の行方を考えても仕方がないと思います。3本を罠に使っていたとしても、3本がブラフだったとしても、この三人から聞き出せば、いいじゃないですか」
「……。考えるのが面白いのに……」
カリーナさんは最後にボソッと小さく反論をした。その会話を悠長に聞いていた盗賊のリーダーは、答えを促した。
「さあ、答えは、決まったあるか? 何本になるある?」
「答えは、単純に88本……。答えが違ったとしても……」
サトシがそういうとドカンッとサトシの右腕が爆発した。
「「「88、88、88、88、88、88、88、888888888」」」
盗賊たちが一斉に拍手をした。
「クフフ。そう、88ね。拍手で正解ある。約束通りお祝いの拍手あるよ。あは、あははは」
サトシがこちらに倒れかかってきた。
「精霊さま。退屈しのぎはできたあるか? うふふふ」
盗賊が道化のように笑い声をあげた。
今日のサキの一人旅は、持ち越しです。




