個性と隠蔽
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二人を追い返した後、こちらに向き直り、再び腰を下ろそうと歩いてきた。
「一体何だったんでしょうね、あれが盗賊だなんておかしな話です」
そう言われた。
「ただのバカですよ、あれは」
だから、こう返した。
その様子を無言で聞いていたザッジがメモ帳のようなものを取り出して、ザッシュッザと勢いよく何かをメモを書き出した。そして、一通り何かを書きおえると、パタンっと小さなメモ帳を閉じた。
「次は、どんな人が来るんでしょうか。初依頼なのに、あんなのばっかりだとサトシさんは、つまらないですよね」
「“僕が”と言うよりも、きっとカリーナはとても退屈しているでしょうね。初依頼で楽しみにしていたので」
その時のカリーナさんを見ると放心状態というか、呆れているような感じで彼の肩の上から足をぷらぷらと振り子のように振っていた。
「ああ、本当。わかりやすい」
「ふんっ! こんなことなら、どう考えても契約者の私たちに依頼するような案件ではないな。何か訳があるのか。それとも、私たちが新人だからか……」
何やら独り言のようにブツブツと言っている。カリーナさんは、この状況があまりにも不自然であると思っているようだった。
すると、突然ではあるが、私は不穏な、否、不音な音を耳にした。それは普段であるならば、耳にすることのないような違和感のような音だった。
人が音を消した歩行を行う時に発生する特有の無音を装っている音。それは、明らかに人がいることを暗示している音である。
だから、発言の許可を得るように手を挙げた。
「? アルシア、どうしたんですか?」
「すみません。私の耳になんだかおかしな音が聞こえるんですけど、もしかして、敵じゃないですか?」
「確かですか?」
男は、より多くの音を拾えるように手を耳の横に当てて、息を殺して音を聞くことに専念した。
「……。僕には、全然聴こえないんですけど……、本当ですか?」
そう聞かれたから、より多くの音を拾うために、隠したかったはずの大きな耳を晒した。
正直に言えば、人の耳でもその音を聞き間違えることはない。だけど、私は、外した。なぜだとか、どうしてだとか、そんな疑問をどこかに置いてきてしまったように、何も考えずに隠すことをやめた。
大きな耳を広げて、ピクピクさせて音を拾う。
ああ、これが本当の私だ。隠されていた耳が音を拾う感覚や風を受け止める感覚が本当の私だ。
世界が広くなったように感じた。
大きな耳を見たザッジが後ろで感嘆の声をあげた。
「おお! 獣人。それも先祖返りのかなり強い個体だ」
ということを小声で言っているのが聞こえてきた。
普段の私なら、この大きな耳を見られることは、快く思わない。だって、それは私という獣人が珍妙な目、奇怪な目、好奇な目などで見られてしまうことと同義だったから、快く思わないはずがない。
それは、後ろのザッジのような目だ。この男のような人間がこの王都には多い。
ピクピクと大きな耳を動かして、音の再検索を試みた。
「んー。やっぱり、聞こえますね、聞き間違いではなさそうです。音が無い音です。わざと音を消している音が聞こえてきます」
「音がないのに聞こえるんですか?」
男が不思議そうに問いかけてきた。
正直、音がない音を聞くというのは、一文にすると可笑しなことを言っているように聞こえてしまうかもしれないが、私からしたら、こう言うことしかできなかった。
「そうですね。正確に言ってしまえば、聞こえているというのは、嘘です。例えるなら、間違い探しみたいなものですよ。普段なら、聞こえてくるはずの風の流れに違和感があるのです。それが図らずも位置を知らせてしまう。––––無音も私からしてみれば、立派な音になっているんです」
「正直、それはアルシアしかわからない感覚でしょうが……、全く暗殺者殺しですね」
「ふふ、そうです。それでも、私は暗殺者に狙われるような大物ではないので、不要といえば、不要な力です。全く役に立ちません」
「そんなことありません。今、アルシアはその力で敵を知らせてくれた。立派な力ですよ」
そう笑顔で言われた。
なぜだか大きな耳が認められたような気がしたから少し嬉しかった。
すると、褒められた耳は、嬉しくって次の音を知らせた。
「サトシさん、敵が来たみたいですよ。刃物を持っています。人数は、三人、そのうちの一人は、左利きのようです。一人は、入り口から、この人が左利きですね。残りの二人は、両側の窓から様子を伺っています」
「!!! すごく詳しいですね」
「はい、一人は、右足に体重が乗った歩き方をしています。きっと、右足に武器をつけているのでしょう」
私の後ろで、ザッジが思わずといったように言葉を漏らした。
「素晴らしい」
その言葉を聞こえないふりをして、言葉を続けた。
「私には、耳が四つもありますし、“耳”の先祖返りのベースが音に敏感な獣ですので、立体的に、鮮明に、より詳しく探ることができます。普段から、そんな生活をしているので、聞き分けにも長けていると自負しています」
「なんですか、とってもすごい耳じゃないですか」
そう言って、私の大きな耳をくしゃくしゃと撫で上げた。
「ちょ、ちょっとやめてくださいよ。みなさん見てます……」
「そんな顔を赤らめないでください。なんだか悪いことしている気分になる」
彼の顔をじっと見ることができなくなった。じっと黙っていると心配そうな声色で続きを話しているのがわかった。
「でも、そんなことしてもいいんですか? きっとまた狙われてしまいます」
「気にしません。これが私なんです。もう隠して生きることに辟易しました」
彼の声の方に視線を向けると、やっぱり心配そうな顔を向けていた。一瞬、その顔と目が合ってしまい、やっぱり慌てて目をそらした。
「そ、それに! こんなのは普通です、私は、獣人なんですから。でも、これで狙われてしまうというのなら、サトシさん、あなたが私を守ってください!!」
私の強い口調に彼が少し怯んだような気がした。でも、それはただの気のせいで、彼はいつものとても穏やかな笑みを浮かべて言う。
「もちろんです」
彼がそう言ってくれたところで、ギィーと扉が開いた。
「それはいいこと聞いたね。その獣人とってもレアな存在。先祖返りが強い個体は、高値で売れる。私たち、それ欲しいね。とっても役にたってくれそうね」
声からは、男か女かはわからない。窓やドアの3方向から一度に現れた者たちは、皆が等しく、皮膚を露出しておらず、顔を白い烏のお面で顔を隠していた。
月は流れる雲に隠れて、明かりを遮られてしまった。辺りは、一瞬にして暗く閉ざされた空間になる。
視覚で戦う彼には、一気に不利になってしまった。
それを狙っていたかのように薄い笑い声が響き、その間に、言葉を発した男が何の予備動作もなく、何かを投げてきた。私の目には、それが手投げナイフのような物だとわかった。
それがサトシをめがけて、一直線に飛んで行き、ビシャビシャと地面に垂れる音が……、響いた。
『サキと一人修行.III』
サキは、あまりにも状況が掴めないため、保存されているという事件現場にハクアを伴って向かうことにした。
「んー、これはあんまりにも悲惨じゃない? 血だらけじゃない。」
事件現場となっていた家々は、頸動脈を切られているため、辺りに血が撒き散らされていた。その返り飛沫が飛んでいる状況であることを思いついた。
「ねえ、ハクア。この血しぶきの跡、何に見える?」
「泣いている人のように見えます。とても悲しい跡ですね」




