初依頼とコンビ
宜しくお願いします。
では、また。
ザッジは、誰にも見られないようにわざと細い道や人通りの少ない道を選び、最短とはほど遠い時間と距離を使い、目的の場所に向かった。
向かっている最中、あまり気にして数えてはいないけれど、私たちが出会った人は、両手で数えられるほどしかない。王都においてこれは驚くべきことだった。
ザッジは終始無言で、私にとっては思い出したくもない場所に案内した。
またここに来ることになるとは思ってもみなかった。
私が閉じ込められていた場所は、地下の牢屋だったが、そこに入れられる前に一度だけ地上に建てられたハリボテの屋敷の中で品定めとも言えることをされたことがある。
記憶を手繰れば(思い出したくないが……)、この建物は、三つの部屋によって構成されている。一つ目の部屋が出入り口がある部屋、二つ目が大きめのベッドが置かれた部屋、三つ目が宝箱などの貴重品が置いてある部屋。
この屋敷は、一般市民が持つことのない宝箱があることを除いて一般的な様子にカモフラージュされていた。
部屋に入って、私たちを宝箱の部屋に案内をしてザッジが話し始める。
「今回の依頼は、こちらにあります闇商人が蓄えた財を守っていただきます」
ザッジが示したところには、鋼鉄の宝箱に南京錠のような頑丈な鍵がつけられ、開かずの箱が三つ並んでいる。
「昨日の晩にここが……、いえ、この下の牢屋が襲撃されておりますので、事件調査などの関係上、今日の明るいうちに宝箱を持ち出すことができませんでした。しかし、明日中には、運び出す手筈になっております。ですので、それまでの間、一晩だけこの宝箱をお護りください」
“モノ”の護衛は、護衛の中でも、簡単な依頼に分類される。簡単な依頼であるからといって、今回はどうやら趣が違うらしい。“必ず狙いに来る者がいる”ということになっているらしく、難易度は 比較的高い評価になっている。つまり、戦闘があることが依頼の肝になっていた。
「はい! 受注時に聞いていることと違いはないですね。わかりました。どんな手を使っても、守ってみせましょう」
そう言って、サトシは、宝箱に手のひらをかざした。
“水籠檻”
それは魔法だった。男の手から小さな水の珠が放たれた。それが宝箱に触れた瞬間、水の珠は大きく膨れ上がり、そして、そのまま三つの宝箱を包み込んだ。
「これは水の檻です」
「み、水の檻ですか……」
水中に浮く宝箱が不思議で、その檻の中に手を入れてみた。
「お、おもっ!! なんですかこの水!!」
それは泥水の中に手を入れた以上に全方向から圧力を感じ、うまく触れることができない。
「宝箱を浮かせるほどの浮力を持たせているんですよ? そりゃ、重いです——あと……それ以上手を入れない方がいいですよ。圧力で手なんてペチャンコになっちゃいますから」
「!! ペチャ……そんなトラップがあるなら早く言ってください!! もう、危うくですよ! 危うく!」
鋼鉄の宝箱は、プカプカと浮く。しかし、そのかるい感じは、腕をなくすほどに無数の方向の超圧力よってなされていることだった。
「さあ、ひとまず戦闘中に隠れて取られることはなくなりました」
ザッジはその様子を見て、うっすらと笑みを浮かべて、褒め称える。
「素晴らしいです。いざという時は、私が声を上げようと思っていましたが、それは必要ないようですね」
しかし、男は、ザッジを無視するように違う話題を話し始める。
「さあ、どんな人たちが来るのでしょうか」
ワクワクやドキドキといった気持ちの吐露なのだろうか。きっとこの言葉は、独り言のようなものであり、これに答えてしまうのは、無粋とも言えると思ったのだが、ザッジはこの言葉に反応した。
「商売敵の闇商人自体は、こちらには来ないと聞いています。きっと奴隷商以外に雇われた傭兵の類や噂を聞きつけた盗賊まがいのものでしょう」
「そうですか……」
独り言のようにつぶやいたものに反応されて、さぞバツの悪いことを思ってしまっていることだろう。恥ずかしさや照れともまた違う一種の不快感が、彼の言葉には含まれていた。
「アルシア、大丈夫ですか? 気分が悪いなら、無理せずに座っといていいですよ」
「大丈夫です。使用人が座っていては、あまりにも不自然ですので……」
「あまり無理をしないように」
この言葉を最後に、私たちが言葉をかわすことは無くなった。
私たちがいる部屋には、埃を被った本棚と使われていた形跡のある机と椅子が置いてある。他にも申し訳なさそうに台所や食器棚などといったものもあるが、そこは一度も使われていないと思う。この建物は、あまりにも変わったことがなかった。
男は、その部屋にある椅子を引いて座った。そして、ザッジもそれを真似るように椅子に腰をかけた。
遅いなと言う自覚はなく、早いなと言う自覚もなかった。それほどまでにちょうどいい時間が経過した時にぼそりと呟く。
「来たようですね」
男が言うと、ドアを挟んだ反対側に、本当に誰かがいるようす。
雨風と寒さを凌げる程度の一般的な家は、すぐそばの外の音は、小声であっても耳をすませば、それなりに聞こえる。そして、何よりも獣人の私なら、ドアを挟んでも小声での会話は筒抜けだった。
『おい、俺たちは強い傭兵だ。力強く、威圧的に行けよ!!』
『わかってるよ、兄ちゃん、練習通りにやればいいんだよね。じゃあ、入るよ』
————。入ると言ってから随分と時間が経っている。一向に入る気配のない“何者”かの動向が気になってしまった私は、再び耳をすませた。
『おい! いつまでドアノブに手をかけたままでいるつもりなんだ!』
『ああ、だって、兄ちゃん緊張するよ。おいらって意外に上がり症なんだ』
『バカか! 30秒も放心状態になっといて、俺はいつどうすればいい! こっちは、いつ開けるんだ、いつ開けるんだとやきもきしたわ!』
『えへへ、ごめん兄ちゃん』
『気持ち悪い笑い方すな! さっさとドアを開けろ!』
背中を叩いたような音が響いていた。辺りを見渡すと、サトシは、冷静そのものであったが、ザッジに至っては、どこかバツが悪いように咳払いをしていた。
それにしても、入るまでに随分と長い。
ノックの音が響き渡る。
コンコンと2回ノックが響いてから、サトシが言った。
「どうぞ」
とサトシが少し大きな声でノックに反応を示す。それが合図となったようにドアが開けられた。
「し、失礼します!」
「ば、バカ! 面接じゃねえんだ。いきなり、本題でいいんだよ」
「あ、そうか。まさか、どうぞなんて言われると思っていなかったから。つい……」
「そりゃ、お前がノックなんかするからだ!」
「ああ、そうか。でも、人の家に入るときは、ノックからだって母ちゃんが言ってたから」
「バカか! 母ちゃんは、そんなこと言ってねえだろ! 母ちゃんはいつもドアを足で開けるようなお人だ! なんでお前だけそんな風に育っちまったんだ!!」
「えへへ、ごめん兄ちゃん。でも、ひとんち入るときってそうじゃないの?」
「だから、その気持ち悪い笑いをやめろ。——普通はそうだ! だけど、今は状況が違うだろうが!」
ゆっくりとドアが開けられた。そこに顕れたのは、細身の猫背長身な男でえへへと笑う顔。
細身の男は、目尻は下がり、月明かりで分かりづらいが、顔を全体的に赤くして、恥ずかしそうに兄ちゃんと呼ばれる人物(私の位置からは、兄ちゃんは見えていない)に微笑みかけていた。
「でも、兄ちゃんは、わからないんでしょ?」
「こいつ……、バカのくせに俺を馬鹿にするか! 普通は、そうやってやんだよ! お前が正しい!」
「え? そうなの? でも、兄ちゃんが本題からって言ったじゃないか。どこか違った?」
「ああ、違うね。見本を見せてやる」
そう言って、兄ちゃんは、細身ん男と入れ替わり、再びドアを閉めた。
そして、すぐにドアがノックでコンコンコンと3回響いた。
「失礼します!」
兄ちゃんは後ろにいる弟をみた。
「ここは、明るく元気良くが基本だ。それとお前、二回しかノックしてないぞ。それはトイレだ」
「さすが、兄ちゃんだ」
「それから、面接官の顔を見ながら、笑顔で印象を与える」
「おお!」
「これが正しい。挨拶の仕方だ!」
「さっすが、兄ちゃんだ!」
兄ちゃんと言われた男は、褒められてさぞ誇らしかったんだろうか胸を張った。が……、すぐに状況を理解する。
「ち、ちがーう! こっちの挨拶じゃなくて、もっと盗賊らしく強気で行け!って俺は言いたいの!!」
叱られた細身の男は、また“気持ち悪い”笑いを浮かべた。
そして、細身の男は、気をとりなおすように一度咳払いをしてから、先ほどとは打って変わって、低くまとまりをもたせた声調で言葉を発した。
「コンバンワ。闇商人のある方に依頼されて、ここにある財を奪いにきま……た」
今まで武器を持ったことがあるのだろうかと思うほどの細い腕と明らかに振り回せそうにないロングソードに手をかけた。
「そんな物腰が低い傭兵がどこにいるんだよ!!」
細身の男の頭を飛んで叩く、小さな男がいる。初めて捉えた兄ちゃんは、長身の男と比べるとさらに小さく見えてしまう。
「い、痛いよ、兄ちゃーん」
「そんな弱々しい声をあげんな! 俺たちは、強い傭兵だ! それを心に刻んどけ!!」
「わかってるよ! おいらだってやれるんだって兄ちゃんが教えてくれたんだ!」
「そうだ、お前なら出来る! やる気があったら、どんなことでもできる」
「そうだ、やる気があったら、強くなれる! 兄ちゃんの身長だって伸びる!!」
「そうだ! 強くなれる! 俺の身長だって……伸び。————お前、それじゃあ、俺がやる気がなくて、小さいみてえだろーが」
「い、痛いよ、兄ちゃーん」
小さな男は、長身の男をバシバシと叩き続ける。それも連続でジャンプをしながら、長身の男の頭を狙って叩き続けたが、満足したようにピタリと叩くのをやめてこちらを見てきた。
「おっと。こっちのデカイのがいった通りだ。俺たちは、傭兵で今は盗賊のようなことを命じられてきた。大人しく渡す気が無えなら、コテンパンにされることになるがいいか?」
「はあ、そうですね。お互い仕事です」
男がそう言って立ち上がると、小さな男の前に立った。
「おかえりになってください」
そう言って小さな男を殴り飛ばした。
「うん。今日は調子がいい。城壁の外まで飛んでいきそうです」
その言葉通り、殴り飛ばされた小さい方の男は、もう見えなくなっていた。
「あ、兄ちゃーん」
それを見た長身の男は、殴り飛ばされた“兄ちゃん”を追うように、こちらには見向きもせずに、走って逃げて行ってしまった。
この人たちは、一体ここに何をしに来たんだと言いたくなるような、間抜けすぎる最後だった。
『サキの一人修行.III』
ハクアの連れられるままに、ハクアの村にたどり着いたサキは、その村の村長に依頼の全貌を聞かされることとなる。
「サキ様、私たちの村にお越しいただき、ありがとうございます。私どものお願いというのは、この村で起こった連続殺人事件の解明をお願いいたしたく……、もはや、私どもでは、解決が叶いません」
「ええ、いいわ。謎解きは、得意なの。それで、どんな殺人事件なの?」
村長は、話し始めた。要点をまとめると三つのことに集約される。
1.争った形跡がすべての現場にはなかった。
2.犯行は夜に行われていた。
3.現場には、いつも同じ種類の獣の毛が散乱していたが、食い荒らされた形跡はなかった。
「あまりにも、証拠が少なくない!? もっと調べられたでしょ!!」




