精霊と悪ふざけ
今日も更新できてよかったです。少し急いだ部分もあります……。宜しくお願い致します。
では、また。
日が傾きつつ、目を突ん射す西日が眩しい。ベッドの上で目が覚めた。その時、男はすでに起きていて、窓近くのロッキングチェアに座り、何をしているのかと思った。
私が上半身を起こして様子を見ると、瞑想しているようだった。
私が起きたことに気づいたのだろう。
「おはよう」
と聞こえてきた。
瞑想は己との会話だ。スキルを持っている兵がよく行うことを知っている。彼もスキルを持っているのだろう。
「サトシさん、おはようございます」
「もう夕方ですね。ところで、約束の時間までアルシアは、何をして過ごしていますか?」
「そうですね……。私は、サキ様よりサトシさんのお世話を仰せつかった身です。もちろん、サトシさんのそばでお世話をいたします」
男は、何かに気が付いたかのように私の顔をじっと見据えた。
「あれ? 僕が寝ているうちに何かありましたか?」
「え? それは一体どうゆう意味ですか?」
「ここに帰ってきた時は、何やら僕を見る目が怖かったので、僕は嫌われてしまっているのだと思っていました。でも、まだ我慢できるレベルでしたが。今は、少し棘が柔らかくなりました」
「え……」
男は、嫌われていると知りながら、気にしていないと言って退ける。
何故、今こんなことを言ってしまえるんだろうか。
男は、私の目を覗き込んで私の感情を読み取ろうとする。
「でも、今は少し気持ちが進んでいるようです」
その言葉でとっさに睨め付けた。
「あなたは、今私から何を見たんですか。正直怖いです」
怖いという言葉に少し顔を暗くした男が多少まごついた。
「……。よく言われます。これは悪癖とでも、言えばいいんですかね。僕は、今までの環境が独特だったので、人の感情を探ってしまうんです。それである程度相手の感情を読み取れるようになったんですが、ここに来てから少し様子が変わりました。————その悪癖でアルシアの棘のように鋭かった気持ちが柔らかくなったなってわかったんです」
「つまり、それはスキルですか?」
「うん、この世界にはスキルがある……。僕の悪癖は、どうやらスキルとなってしまったらしいですね。さっきそのことを知りました」
「人の感情を読み取れるスキルですか……。それは悲しいスキルですね。スキルは強い願いの顕れ。つまり、強い感情の顕れです。それを悪癖と認識しているなら、サトシさんの嫌悪感で生まれたスキルということです」
何か触れてはいけない傷に触れかけてしまった。きっとこれ以上聞いてしまったら、話してしまったら、男の過去については聞くことができるだろうけど、それは聞くべきではないという直感があった。
それは先祖返りの強い私が持っている動物性の直感に近かった。天変地異の兆しにすら、気付くことができる動物の直感が私にこれ以上追うべきではないと訴えかけた。
「……そんなことよりも、早く夕食を食べに行きましょう。ここのご飯はとってもおいしいんですよ!」
私は、男の背中に回って、背中を押して食堂に誘導した。
「私は人間の食事は、あまり好まないのだが?」
カリーナさんが言った。しかし、そんなことは無視してカリーナさんと彼と三人で食堂に向かった。
食事を終えた私たちは、指定された場所に向かった。その場所には、一人の男が待っていた。
そこは、夕暮れ時であっても、そうでなくても人通りが限りなくゼロに近い場所であった。怪しいという印象が先行してしまう場所だった。
待っている男が私たちに気がついて、はじめに言葉を発する。
「初めまして、私は組合職員のザッジと言います。この度は、受注いただきましてありがとうございます」
ザッジと呼ばれる男は、見た目40代ほどの男で、小さく、太っており、ハゲていた。そして、メガネの度が強いのだろうが、目は小さく見える。決して清潔とは言えず、夕どきで涼しくなった時間であるにもかかわらず、脂汗にまみれていた。
「初めまして、依頼を受けました。冒険者のサトシです。こっちがメイドさんのアルシアと精霊のカリーナです。よろしくお願いします」
紹介された私は、使用人なので言葉は発さずに、深くお辞儀をした。
「はい、お二方もよろしくお願いします。今回の依頼は、特殊ですので監視役として私が派遣されました。基本的に、私は無力で何もお手伝いができません。しかし、盗賊の後始末はさせていただきます」
「それは、助かります。どれくらい来るかわからないですが、山積みにさせるわけにもいきませんから」
「ほっほっほ。冒険者ともなれば、随分と自信がおありなようですね。クエストの失敗はなさそうで安心しております」
この言葉に反応したのは、サトシではなくて、カリーナさんだった。
「当然だ。どんな存在だとて、私たちの敵となる者はいない。それをここで証明してやろう」
威風堂々と精霊然とした様子だった。
私と彼は、カリーナさんの本質について、ある程度知っている。ならば、今カリーナさんがとっている言動が悪ふざけの産物であるのだと、気がついた。
カリーナさんは、見た目や言葉遣いこそ、美しく、気品に満ち溢れ、近寄りがたい負のオーラを垂れ流しているような人であるけれど、その実、とても茶目っ気があり、彼女の見た目からくるクールさとは裏腹に愉快なことが大好きな人だった。
カリーナさんの言葉にザッジは怯えた。
精霊というだけで、畏怖し、警戒し、崇拝するものは多い。それはこの国が青の国の国であるからに他ならない。青の国は、精霊主体の国である。精霊との契約によって成り立っていると言ってもよく、精霊は神にも似た扱いを受けることすらあった。
精霊に刃向かうことは、直接的に死を意味する。
そんな精霊の尊大にして傲慢にして高慢な態度は、ザッジを恐れ慄き、思いがけず後ずさりをさせるのには、十分だった。
これはザッジがおかしいのではなく、本来精霊とはそんな存在だったのだ。
それは契約精霊だとて、精霊憑き以外の者には、“悪魔”にだってなり得るのだから、ザッジの態度はいたって普通だった。
「そんなに怖がることはない。今回に限っては……。だが、貴様が気に食わない態度を取ってしまったなら、覚悟しとくがいい。生きながら苦しむことになろう」
カリーナさんは、怖がっているザッジを追い込むように脅迫めいた言葉を浴びせた(もちろん、これもカリーナさんの冗談のような挨拶だった)。
「この国に生まれたからには、そのことを覚悟しております」
ザッジが深く頭を下げた。
こちら側は西側であるので、ザッジの禿げ上がった頭が強い日差しを反射して、とても眩しかった。
ザッジの様子を見て、カリーナさんが乾いた笑い声をあげた。
「ふは、ふははは! 考えておこう」
しかし、今回の態度は、精霊然というよりは、魔王然としたように相手を貶め、生殺与奪の権威を振りまくことになった。きっと、カリーナさん曰く、後戻りができない状況になってしまったんだろうと推測する。
その様子を見て、場の空気とは裏腹に私だけが笑いを堪えることに必死になってしまっていた。
禿げ上がった中年のおじさんが、麗らかな小さな存在に真剣に頭を下げていることを一体どう当然だと思うことができるのだろうか。あまりにも、奇体的な状況であるので、この場面を誰かに見られたりしたなら、戸惑い、変な説明をしてしまうことは必至だろう。
やっぱり、私の予想は大当たりのようで、カリーナさんはこの空気をどうしようかと口パクをしてきた。
それを見て私は、思いっきり蓄えていた笑いを吐き出してしまった。
肩を震わせる私にザッジが鋭い目線を向ける。その視線は、どうやら、真剣な懇願を馬鹿にされた時に覚える不快感のような焔であり、そんな視線を浴びてしまった。
その視線の強さに驚いた。強者の視線だった。
失笑により止まっていた時が動き出したかのように、時計の針が動き出した。
彼の横で、カリーナさんが『グッジョブ』と言いたげに親指を立てたが、別にそんな意図はないのだと、言えるはずもなく、ザッジの恨めしい顔に身を隠そうとした。
ザッジは、私を一瞥した後に、“こちらです”と言って、思い出したくもない、あの場所に私たちを案内してくれた。
『サキの一人修行.Ⅱ』
前回、一人の傷だらけの少女と出会ったサキは、その子を自身のスキルで治してから話を聞くことにした。
「ありがとうございます」
「お礼なんていいわ。そんなことよりも、一人で傷だらけなんて、どうしたの? ただ事ではないって感じだけど……」
「!! そうだ! 私、早く王都に向かわなくちゃダメなんです。早く王都の冒険者組合に向かって依頼を出さないと、村のみんなが……」
「なんだか、とっても急いでいるみたいね。でも、今王都に着いても入れるのは、明日よ? それに依頼なんて受けてもらえるかわからないわ」
「そ、そんな……」
「でも、あなたは運がいいわ。ちょうど、今すぐに動ける暇な冒険者を知っているの」
「ほ、本当ですか!!」
「ええ、それはね、……」
女の子は、サキの言葉に期待の目を向けた。今、自分が直面している問題を打開する方法を目の前の恩人が提示してくれるのだ、期待の目を向けない方がおかしい。
そのまっすぐで、キラキラと月明かりを反射する視線とは、反対にサキは、少し頼りなく答えた。
「私なの。私も一応、冒険者だから、あなたの力になれるかなって思ったんだけど……」
「ええ! 冒険者様なのですか!! こんなに若いのに!? すごいです!」
女の子は、サキの気持ちを知ってか知らずか、大いに喜んだ。
「力のかぎりがんばるわ」
「ありがとうございます。私、ハクアと言います。宜しくお願いします」




