悶々とおとぎ話
よろしくお願いします。
組合を出て、向かいたい場所がある。
あの方から頂いた服を保管するために、男に許可を得て、仕立屋によってもらい、服を新調した。
既製品であるけれど、ちょうど良いものがあったので、フィッティングルームに入った。
「そんな服でいいんですか?」
出てきた私を見て、そう男が言った。
男としてとても女の子に対して言う言葉ではないと思うが、こんなことで私は揺れ動いたりはしない、腹を立てたりなんてしない。この男にもう期待していないんだから、無関心を貫こうと思う。
だから、私がこんな服を着なくてはいけならない理由を話した。
「こんな格好が一番ベストなんです。私はあなたとの関係上、使用人ということにしといたほうがいいんです。獣人だとバレてしまっても、捕まる可能性が低くなりますから」
「ああ、なるほど! 立場上、僕が主人だと公にしといたほうがいいんですね」
「違います」
「え? そうゆうことじゃないの?」
「違います。私のご主人様は、サキ様だけですので」
「えー。でも、周りの人は、そんなメイド服なんて着てたら、僕の使用人だと思うんじゃない?」
「もう本当に勘弁してください。誰もそんな変な勘違いしません。––––だったら、胸のあたりにサキ様の名前でも書いとけばいいですね。そうすれば、あなたの使用人だと勘違いされないですよね!」
「そんな剣幕で言わなくても……。––––それだと、アルシアの名前がサキになっちゃうんじゃないかな?」
突っ撥ねると、男は引きつった笑みを浮かべて、一つ溜まっていた息を全て吐き出すようにまた言葉を吐いた。
「はあ、そんなに全力で拒否しなくてもいいじゃないですか。傷つくなあ」
「サトシさんには、まだそんな感情が残っているんですね」
「そんな露骨に嫌がらなくても……」
「別に嫌がってません!」
勢いよく言った瞬間に、ハッと自分の失態に気がついた。
売り言葉に買い言葉で彼の否定的な言葉を否定してしまうこと言ってしまった。実際には嫌がっているので、この言葉はまるっきり間違いということなのに……。
でも、それなのに、だけど、男は、表情を一変させた顔を私に向けてきた。
「なら良かったです! では、明日からの初クエストに備えて宿に戻りますか」
爽やかとも言える笑顔と何のよどみのない言葉で私に言った。そして、意気揚々と来た道で帰ろうとしている。
正直に、私は違うと思った。この男は、こんなことをこんな顔をしていうような男ではない……と思う。だって、私はあの時、この男に見捨てられた。その時の顔だってきちんと覚えている。
あの興味のない顔……、私を見る男たちの方がよっぽどあの檻から救い出してくれる可能性があると、狂ったことを思わせた顔。
この男が私を苦しめたのに、この顔は、全くそんなことを思っていない顔……。
そんな男が、私にこんな顔を向けるはずがない。見たくない。
必然的にどうしても、もやもやとする、もんもんとする、もくもくと雲がかかるように私の心には、雨が降りそうだ。
「はい……、そうですね」
私より先に仕立屋から出た男を追うように、私も木製のやたらと重いドアを押して外に出た。
私の心に降りそうな雨を無視しようと本物の空を見れば、私とは正反対に雲ひとつない真っ青な空が私を見下げていた。
私とは違い、気分がいいように仕立屋から宿まで歩いている男を見遣る。そして、ふうっとため息を吐いた。吐き出した息とともに気持ちも入れ替えたかった。
男を見れば、驚きの事実を知ってしまった。
「サトシさんの刀ってもしかしたら、“刃折れの名刀”じゃないですか?」
「あれ? アルシアもこの刀のこと知っているんですか? 意外に有名なんですね」
「初めて見ました。本当に実在するなんて……。さすが王都の闇市です。おとぎ話で有名ななんでも斬れる伝説級の曰く付きの刀が売られているなんて」
「おとぎ話ですか。それは一体どんなお話ですか?」
「ええ? え? 知らないんですか? それは無知とかじゃなくて、ただのバカじゃないですか。誰でも知っていると思っていました」
驚きのあまり、立場なんて忘れてバカと罵ってしまうとカリーナさんが割って入ってくる。
「アルシアは、知らないだろうが、こやつとサキは珍しく異世界人なのだ。話してやってくれ」
「へー、異世界人……、異世界人!? 初めて見ました。それこそ本当におとぎ話じゃないですか」
驚きのあまり今日一番の大声を出してしまった。
私は、カリーナさんのいう通りに物語を教えようとした。だが、人にものを教えるということで自分の優位性を主張するように話し始めようとした。
だけど、私がするお話の仕方は、ただ、幼い頃に優しい母から聞かせてもらったおとぎ話を復唱することにすぎなかった。だから、心情と違い、話し方はおどやかで、優しく、包み込んでしまうような話し方になってしまった。
「むかしむかし、遥か昔。神々が往来していたほどのむかし。ある人里離れた山奥に鍛冶師のウルという醜い女がおりました。
そのウルは、誰からも教えられていないのに、高い技術を以って、比類無き刀を1本作り上げてしまいました。
ある時、ウルは、自らが作った美しい刀を見せびらかしたくなりました。
だから、ウルは、人里に下りて行きました。しかし、ウルが山から降りていくと、里の人たちは醜いウルに近づこうとせずに、離れて行きました。
ウルは、悲しくなりましたが、刀を抜いて見せることにしました。
ウルが鞘に収まった刀を抜くとその美しさにすぐに人が集まってきました。集まってきた人たちは、その刀を手放しに褒めてくれました。
『ウル、この刀は素晴らしい』
『ウル、この刀は美しい』
『ウル、これを譲ってくれないか』
『ウル、もっと刀を作っておくれよ』
ウルは、刀が褒められると自分が褒められているかのように嬉しくなりました。
持ってきた刀をみんなが欲しがるので、ウルは譲ってしまいました。
そして、この時から誰もがウルの刀を欲しがりました。誰もが山奥から刀が来るのを待ち望んだのです。
私は、みんなに認められる素晴らしい刀を作れるんだ、とウルは思いました。その喜びを味わいたくて彼女は、自宅に帰ってから、黙々と素晴らしい刀剣を作り上げました。
その情熱は、驚くほどのものでした。それもそのはずです。彼女は、ただれたような顔が醜いと母親に捨てられた子供だったのです。
だから、誰かに認められたと言う喜びは、ウルに狂人とも言える情熱を与えました。
そして、ウルは、刀を16本作りあげました。その刀を持って人里に行き、欲しがるものたちに配っていきました。
みんな喜び、ウルの刀を褒めました。
しかし、ウルは思い至らなかったのです。作った武器がどんな使われ方をするのか。武器とは、本来どうゆうものだったのか。
当時、ウルは作った刀身の素晴らしさ、比類なきその切れ味で、すでに刀神と呼ばれ、鍛冶師の神でへファイストスの名で知られていました。
だけど、ウルの認められたいという欲求が満たされることは、刀が人を殺めて、そのすばらしさを証明したにすぎません。もちろん、ウルはそのことを知りません。そして、認められたのは、ウルでなく、刀だということも——。
ある日、人里から男達が訪れました。男達は、ウルの刀をウルに向けました。
ウルの武器を持った二人の男たちが言いました。
『こんな上物の刀剣をいくつも作られちゃ困るんだ。ここで死んでもらうぜ』
『自分の刀に殺されるんだ、本望だろう?』
ウルの刀を持っていた男たちは盗賊でした。
ウルには、なぜ自分がこんなことになっているのかわかりませんでした。
戸惑って、腰を抜かしたように座り込んでいるウルに、男たちは、怒号と共に一斉に斬りかかりました。
刀が斬り殺すべくウルに触れた。まさにその瞬間、ウルは、固まった砂を握りつぶすように、さあーっと体が崩れ落ちるのを感じました。
しかし、それはウルの身に起きたことではなく……、ウルの刀たちの身に起こったことだったのです……。ウルの刀は……、ウルに触れた瞬間に刀身が粉々に砂に変わってしまいました。
ウルの刀は、自分たちが何のために生まれてきたのか、わかっていました。
しかし、母に捨てられたウルを知る刀は、自らの母を傷つけてしまうことがどうしても許せなかったのです。
そうです、ウルの刀が優れていたのは、その刀たちが意識や感情というものを持っていたのです。
武器を振り下ろした男たちは、名刀たちが砕けてしまうことが理解できず、狼狽し、後ずさりをして言いました。
『何が起こったんだ。なぜ、この名刀たちが砕ける』
しかし、意に介さないウルは、砂のようになった刀たちを見て言いました。
『ああ、私の子供たちが……』
ウルは、粉々になった刀を掬い上げ、涙を流しました。
ウルの涙が砕けた刀身に落ちると、刀身は彼女に吸い込まれるように彼女の一部になり、ウルにこれまでの記憶を伝えます。
それは人の悪の部分。ウルの子供たちを使った人間たちの悪の部分だったのです。
『ゴメンなさい。ゴメンなさい』
ウルは、立ち上がりました。その時、盗賊たちは刀が折れたことで、動揺して、ウルの刀を捨てて逃げ出していました。
折れて捨てられた自身の子供たちを拾うと、刀身は蘇り、襲いかかった男たちを切り捨てました。
それからです。ウルは、今まで住んでいた山奥にあった家をすておき、自分が作り出した刀を回収する旅に出たのです。
その時のウルは、まさに闘神だったとそれを目撃した者は口を揃えて言います。
ウルがすべての子どもたちを回収した時には、子どもたちは、血塗られ、呪われ、忌み嫌われていました。
ウルは、自分が人に認められたいが為にこんな姿になった子供達を可哀想だと思いました。だから、もう二度と悲しいことが起きないようにと鞘を作ってその血塗られた刀身を隠しました。
しかし、ひとたび、ウルの刀剣の噂を聞いて、奪いにくるものが現れると、ウルは、折れた刀でそれを撃退しました。
その時には、折れた刀は刀身が蘇ってウルの愛に応えました。
ウルと子供達は、永く幸せに暮らしましたとさ。
こんなおとぎ話なんですけど、どうでしたか?」
カリーナは、拍手喝采のスタンディングオベーション。しかし、男は、うーんとうねり声をあげた。
「本当に、面白い話でした。でも、悲しいお話なのに、最後の最後でハッピーエンドにするあたりが子供用のおとぎ話って感じですね。辻褄を合わせたようで違和感を感じます」
「本来おとぎ話は、教訓として残酷な部分も伝えようとしますが、なにぶん後味が悪いので、それを消そうと最後はいい終わり方にするのでそうなってしまうんです。——ところで、ヘファイストスの刀剣みたいなインテリジェンスソードって選り好みが激しくて、持ち主を選ぶといいます。サトシさんは、選ばれるといいですね〜」
「——アルシアは、なんだか、言葉が柔らかくなりましたね」
と男は、笑って言った。
では、また。




