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新しい朝と朝食

 よろしくお願いします。

 新しい朝が来た。

 ここ毎日、怖い思いをしたからか、安心な場でもよく眠ることができなかった。ベッドで横になり、寝てはすぐに悪夢のような現実を見て、目を覚ますことを数回繰り返した。もう寝られないなと思って、もう寝たくないと思ってベッドから静かに起き上がった。

 起き上がったら、寝息が聞こえた。それで昨夜のことを思い出して、ああ、厄介なことを頼まれてしまったと思う。あの方がいなかったなら、男と一緒にいることさえも吐き気がしてしまう。下賎な男よ。

 目の前で憎たらしく寝息を立てている男に唾でも吐き出してしまいたいと思い、あの方の顔を思い出し、その行為をやめた。


 この男は、私のことを知っていながら、闇商人に捕まった愚かな獣人だと思って、その場から立ち去ろうとした。その瞬間を見て、どれほど絶望をしたことだろうか。獣人なら捕まって当然だと思っていたあの顔を忘れることができない。やっぱり、男とは全てが同じように気持ち悪い生き物なんだ。

 それなのにあの方は、この男を愛していて信じきっている。この男にそれほどの価値などあるのだろうか。あの方についていけばよかったと思う。

 起きてから少し考え事をしていると、後悔しか生まれない。自分の愚かさを呪う時間が生まれた。

 気がつくと、陽の光が眩しい。朝の光を浴びるのを懐かしく感じる。普段夜になるまでは、ずっとあの牢屋の中にいたので、日光を浴びることなんてない。

 本当に自由になったんだなとしみじみ実感する。目の下に溜まる涙だって朝露のように感じ、爽やかな感じを手伝った。


 ジャラッと、私の腰元から皮袋が音を立てる。あの方は、旅立つのにお金を多く残してくれた。これだけあれば、この男がどこかで消えていなくなるまで、いや、一生生活できる。

 いなくなってくれさえすれば、私は解放される。本当の自由。

 男は、朝陽が昇って大分経つけれど、一向に起きる気配はない。それは精霊化の影響で、体への変化が大きいから、今日1日は目を覚ますことなんてないはず。

 だから、頂いた当面の資金を持って、宿の中にある食堂に足を延ばしてみることにした。


「あの方の服……。うふふ……、ハウッ。スーハースーハー……ンー、いい匂いです」

 今、私はあの方の服を着ている。あの方の匂いが染み付いていた。あの方を抱くように自分自身を抱き寄せれば、ふわっとあの方の匂いが鼻に突き刺さる。イヌ科の獣人の私からしてみれば、あの方の匂いは隣にいるほどに匂うことができた。

「ああ、サキ様。早く帰ってきてください」


 カリーナさんに一緒に行こうと誘ったのだが、食事は必要ないし、契約者のそばからあまり離れられないということだった。それでは仕方がないと一人で行った。

 部屋を出る前に魔法をかけなくてはいけない。もちろん、変装魔法だ。尻尾はうまく隠せるけど、この大きな耳は帽子でもかぶらなくては隠しようがない。

 例えば、屋内で帽子をかぶっているのは、十分におかしい。変な目で見られてしまい、はたまた、勘がするどい人は、獣人だと怪しむことだってあり得る。

 だから、また捕まってしまうということにもなりかねないので、魔法をかけるのだが、正直に言って私は魔法が得意ではない。

 変装魔法を使うと、一時間ほどで効果が切れてしまう。それが持続魔法を使用する時のネックになるんだけど、食事くらいなら余裕かなと思い、魔法を使う。



“変装魔法:仮面十面相もどき”


 変装魔法は、基本的に顔あたりしか変えられない。変身魔法の劣化版、下位互換である。私からしたら、隠したいところは、顔だけなので、特に不便を感じているわけではない。けど、高級な魔法も使ってみたいと思う今日この頃。

 この部屋は、3階にあり冒険者専用の部屋になっている。冒険者は、スキルや見破る魔法を持っている人が多い、魔法が見破られてしまうかもしれない。だから、気配を消して階段を降りた。

 食堂は、一階にある。宿と食堂の二つを経営しており、一般的な宿舎の形態になっている。宿泊者以外の人たちの多くの者も食堂を利用している。人間がいっぱいだ。男がいっぱいだ。

 吐き気がする。虫唾が走る。この中にどれだけ闇商人がいるのだろうか。この中にどれだか奴隷商がいるのだろうか。一人づつ尋問をして回りたいが、そんなことをすれば、返り討ちに遭ってしまうことを避けられそうにない。

 そんなことを悶々としていると考えていると、人当たりのいい女将が一人用の席まで案内をしてくれた。

「朝食かい?」

「はい、三人分お願いします。お腹が減っているので、シナモンと塩とバナナもお願いします」

 どこの宿も“朝食”といえば、同じようなものが出てくる。稲の実を柔らかくなるまで煮詰めた消化のいい“イーナ”なるものだ。味に関しては、味はなく、美味しいとは言えない。だから、ほとんどの者は、サイドメニューを頼んで好みに味に変える。それでやっと美味しいと言えるものになる。


 まだ、朝も序盤ということもあり、ピーク時と比べるとあまりいない。だから、すぐに料理が運ばれてきた。

「はい、お待ち。イーナ、三人前だよ。お嬢ちゃんよく食べるね! 銅貨3枚ね」

 イーナとトッピングとを交換で銅貨三枚をポケットから取り出して渡した。女将は、受け取ると、はい、確かにね。と言って忙しそうに消えた。

 白い湯気が立ちこめている。イーナに限って言えば、空腹だからといって、特に食欲が刺激されることはない。だが、隣に置いてあるシナモンの粉末の匂いには、やはり、食欲を唆る。

「はあ、バナナ美味しそう。シナモンと合わせると大好き」

 三人前というと、少なく思うかもしれないが、冒険者や力仕事をするものが多く食堂を利用するため、一人前が多く設定されている。だいたい、一人前500グラムほどの重量感あるものになっている。

 それが三つともなると、どれほどの健啖家だと思うだろうが、ここに来るまでのだいたい一週間の食事は地獄のようなものだったので、食べれる時におなかいっぱい食べておこうというそんな感情が働いてしまって、多く頼んでしまった。


 2つのイーナに塩を! もう1つのイーナにはシナモンとバナナを入れて食べる準備は完了。

「いっただきまーす」

 熱々のイーナを頬張り、あまりの暑さにすぐに飲み込み、火傷した舌を水で冷ました。

「あっつい!」

 熱々のイーナを焦って食べてしまったところを見るにイーナであっても食べられることがとても嬉しかったよう。こんなにたくさんの食べ物を私のためだけに用意されているのなんて、奴隷となってしまう前でもなかった。少しテンションが上がってしまう。

 だから、今度は落ち着いて食べることにした。塩イーナを口いっぱい頬張って食べてから、味に飽きたと思ったなら、シナモンバナナイーナを口に流し込んだ。

「しょっぱいのと甘いのとを交互に食べたら……、止まらないじゃない!!」

 みるみるうちに約1500グラムのイーナは、空になってしまった。小さくなった胃袋には、嬉しいことであったよう。

「お腹いっぱいでく、くっるしいぃ」


 だけど、問題は、別でこのあとすぐ!

「や、やばいよぅ。変装魔法がとけそう。まだ一時間も経っていないのに」

 小言をブツブツとつぶやいた。

 帽子も持ってきていない。急いで戻らなくては、バレてしまう。そう思って、勢いよく飛び出した。

 だが、なぜ変装魔法が解けるのか……、考えられるのは、無慈悲な奴隷生活で体力の消耗が激しくすぎたから。それしかない。普段魔法を使わない私は、精神的ダメージが魔法の発動に影響があるなんていうことを知らなかった。

 どうやら、奴隷にされた時のダメージは思っていたよりも、大きく、変装魔法の効果時間を短縮させてしまったよう。

「ご、ごちそうさまでした」

 足早に伝えてから、ダッシュで階段を駆け上がった。やばいやばい。勢いよく飛び出したのはいいけれども、もうやばい。食べ過ぎて、お腹が苦しいのに、焦りで横腹も痛くなった。

 あと少しなのに、もう少しなのに、もう変装を維持することができない……。

 ドアノブに手をかけた時には、もう大きな耳は、ピョコっと飛び出していた。


 誰にも見られていないことを願って、ドアをさっと開けて、勢いよく閉めた。はーはーと息を切らしながら、ドアの前に立っている。

「誰にも見られてないよね? 気配感じなかったし。大丈夫なはず」

 多分誰にも見られていないはず。と自分に暗示をかけた。

「落ち着いて。誰にも見られていない。大丈夫よ。大丈夫」

 未だ握っていたドアノブから手を離した。それから、大きく深呼吸をし、上がった息を整える。

 部屋の中に入っていった。すると、部屋の主人は、もう起きて窓から小鳥でも見ながら、足をぷらぷらさせてベッドに座っていた。

「サトシ様、おはようございます。随分と早いお目覚めですね。昨晩は助けていただいてありがとうございます」

 私の言葉に反応しようと男は、こちらを見て、つぶやいた。


「昨日の獣人の女の子ですか。気にすることはないです。彼女が助けたいと願ったので、僕はそれに応えただけ。お礼なら彼女に」

「はい、サキ様には、すでにお礼を言わせていただきました。それでサキ様のことなのですが……少しお話づらいことがあります」

「?? そう言えば、今日はまだ見ていないです」

「はい、それがサキ様は旅に出られました」

「は?」

 男は、顔が歪んでしまうほどに驚いてしまっている。間抜けヅラだと言ってもいい。この驚いた顔は、忘れないようにしようと思う。この顔を覚えておいて、あの方が帰ってきたら、笑い話にしようと思い、話のネタ帳に書き込んだ。

ドキドキします。

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