アルシアと獣人
よろしくお願いします。
宿に着き、彼をベッドに寝かせる。
彼の様子に変わった様子はなく、気持ち良さそうに寝息を立てた。
「アルシア。体を洗って着るものをあげるわ。その格好はあんまりにも奴隷根性が染みついているわ」
アルシアの汚い灰色の布切れを剥ぎ、捨てた。
とてつもなく寂れた街でない限り、宿には浴室というものが付いている。その大きさは宿のクオリティーや街の規模にもよるが、王都の宿は立派なものだった。
アルシアが感嘆の声を持たした。
「なんてゴージャスな浴場でしょう。丸風呂なんて、初めて見ました。興奮します!!」
「え? そうなの? 丸風呂って普通の家にあるものなんじゃないの?」
「サキ様は、もしかして、どこぞのボンボンだったのですか?」
ギクッと少し肩を上げた。
自らの価値観がずれていることを再認識させられる。
「……、そんなことよりも! 洗ってあげるわ」
と言い、アルシアを連れて浴室に向かった。
お互いが何も纏わない格好になると、アルシアは体のラインを隠すことに精一杯になった。
「ひ……一人で入れます」
アルシアの体を舐めるように見た。そして、あることに気づいた。
「アルシアって獣人って言われている割には、普通の人間と変わらないよね? その大きな耳と尻尾くらい?」
「当たり前です。獣人って一言で言っても古の獣人とは違います。私たちは、その子孫なんですから、ほとんど人と変わりません」
「でも、その耳と尻尾は? アルシアは、やっぱり犬なのね」
「これは先祖返りですぅ。ごく稀に獣人の中から生まれるんです。——耳ってわかりやすいですよね。尻尾くらいなら隠せるんですけど、耳だとバレる確率が高くなってしまいます。でも、正確には、犬じゃなくて、フェネックギツネなんですぅ」
アルシアの耳は、大きく、ピンと鋭く尖っており、耳の中には、白い毛が密集していた。そして、ふわふわの尻尾まで生えており、とても触りたい。しかし、”動物の毛”が生えているのは、そこだけであとは普通にすべすべの肌をしていた。
「先祖返りってことは、無い獣人もいるの?」
「ああ、そうですよね。普通の人には、獣人のことを知っている人なんてあんまりいないですよね。——もちろん、獣人の特徴が全く無くて普通の人間みたいな人もいます。でも、獣人と呼ばれる多くは、人よりも、俊敏性に優れていたり、鼻が利いたり、腕力が強かったり、歯が鋭いとか、見た目にわからないところに獣人の特徴が現れることが多いんです。だけど、私の場合は、極端と言うか、ザ・獣人みたいに現れてしまって……。だから、村から出られなかったんですけど——こんなの嫌なんです」
「え? 私は、アルシアのこと好きだよ。気にすることなんてないわ。あなたはあなたの良さがあるんだから!!」
「……、!!。はい、ありがとうございます」
アルシアは、頬を赤らめた。
お互いに裸のままだった。
そのままでは風邪を引いてしまうと、遠慮しているアルシアの手を引いて、温かな湯気が立つ浴槽の湯を桶ですくい、アルシアの頭から被せた。そこでさっと目に見える汚れを布で拭いてあげる。
そして、暖かなお湯が溜まっている浴槽へと入れた。
固形石鹸を泡立て、湯船に浸かっているアルシアの体を頭から順に洗っていく。
洗っているとアルシアが震えているのが、手から伝わってきた。その震えが湯船のお湯に伝わる。
「どうしたのアルシア?」
「私、怖かったんです。一週間で売れなければ、そこで殺されていました。でも、買われたとしても、地獄が目に見えていて。私と一緒に居た女の子は、痩せているから殺されました。ただ、それだけの理由だけなんです。目の前で死ぬことに絶望しました。理由なんてただの後付けなんです」
湯船の暖かさに汚れている身体を洗われている最中のことだった。
汚れた記憶というものは否が応でも思い出される。忘れたいと願えば、さらに色濃く記憶に残ってしまう。人の記憶は、不便だと思い至る。
アルシアは、言葉と涙を出し惜しみすることなく、泣いた。
涙は、お湯と一体になり、消えて無くなるが、その記憶が涙と一緒に流れることはないことを私は知っている。
「大丈夫。あなたは、もう自由なのよ。思い出さないでいい。人には、捨て去ってもいい時間があってもいいの」
肩を震わせて泣くアルシアを後ろから抱きしめた。
「もう、あんなところには戻りたくない!!! 怖い、怖いよ。自分を失うことが怖くて怖くてたまらない」
「戻させない!! あなたは、私のものよ!! もう幸せに暮らす義務と権利があるの」
“スキル:不知火の親火”
アルシアを救いたいと思った時、勝手にスキルが輝きだした。放たれるオレンジ色の光は、アルシアに伝染していき、同じ光が二人を包み込む。
アルシアは、手をかざして、自らを包み込む光を眺めた。
「……優しい光です。安心します。これは、サキ様の魔法ですか?」
「ええ、なんだか勝手に発動してしまったんだけど、魔法じゃなくてスキルなの」
「スキルですか……。だとすると、常時発動型スキルですね。こんな素敵なスキルを持っていたなんて……」
「素敵なのかな。私には、よくわからないんだけどね」
「素敵です。このスキルの暖かみ。暗闇に射す一筋の光のようです。スキルって強い願いの顕れなのに……。スキルは、憤怒や憎悪の顕れだと言われているのに……。このスキルは、とっても優しい。サキ様の人柄が現れています」
このスキルの本質についてあまり理解していない。というよりも、全く理解していない。冒険者カードに記されているスキルについての情報も、私が知っていたり、理解している情報でしかない。このスキルを発動すれば、どんな影響があるのかわからない。誰にもわからなかった。
“スキル:不知火の親火”は、人の救いになるスキルということだったけれど、それは一体どうゆうことなのだろうか、アルシアを見てわかった。
「落ち着いたようね」
「はい、ありがとうございます。なんだか、たどり着きたい場所に導かれているみたいです」
「ふふ。それは良かったわ」
落ち着いたアルシアを黙々と洗っていると、あることに気がつかないわけにはいかない。
いくら、私がそうゆうところに疎い、というよりも、そうゆうところに慣れていると言っても、この場面でそのことに触れない女などは、ここにいる意味がないと言ってもいいはずだ。
「アルシア。あなた小さい体の割には、とっても発育がいいのね。なにこの大きな胸!」
アルシアの大きな胸を揉む。
「きゃっ!! く、くすぐったいです」
アルシアは、私よりも小さいくせに私よりも大きな胸をしている。いや、アルシアが体を隠していた布切れや体のラインを隠していた時も隠しきれていなかった。総じて、巨乳と言ってもいいし、何よりも形が美しい。女としては、とっても悔しいはずだが、ここまで素晴らしい造形美ともなると芸術のような感じになってしまい、そういった感情を無しにしてしまってもいいとさえ思った。
流線上の綺麗な曲線に手を滑らせて、形を崩すようにアルシアを洗う。すると、窮屈そうに反発し、プルンッと最後には泡すらも弾き飛ばすほどに弾力のあり、記憶した形状に戻る。
決して垂れることを許さない胸だった。
なるほど、こうきたか。と若干面白がり、何度か遊び半分で弾力を楽しんでしまった私を誰も責めないでほしい。
だが、アルシアの体に気を取られていて、気がつかなかったが、よく見ると浴槽は、黒く汚れていた。
「アルシア……。あなた、どのくらいお風呂に入っていなかったの?」
「え……、すみません。二週間以上は入ってないと思います。庶民ってあまりお風呂には入らないんです」
アルシアが浴槽の汚れに目を落とし、申し訳なさそうに小さな声で謝った。
「気にしなてくていいわ。でも、これからは、毎日入りなさいね。約束ね」
あることを思い出し、カリーナを呼んでみた。
カリーナは、水の精霊。契約者の彼の近くよりも、水場の方が落ち着くようで、一緒の浴場で、詳しく言えば、アルシアと入浴していた。
「カリーナ。カリーナって水の浄化ってできるの?」
「当たり前だ。私は水の精霊。水を浄化するのも愛情の示し方だ」
というカリーナの言葉は、疑いようもなく、カリーナの周りだけ綺麗な水質が保たれている。
「じゃあ、今お風呂の水を浄化してちょうだいよ」
「……え?」
カリーナが明らかに嫌そうな顔をし、時間が止まったように動かなくなった。
「また、水を張り替えるなんてもったいないじゃない」
「いや、確かにそうだが……。私は、貴様の精霊ではないのであってだな」
とカリーナが断る理由を言ってくるのがわかった。
私としては、精霊の事情なんて知ったことではないので、カリーナの言葉が無価値だった。だから、カリーナに対しても曲げることなくいうことができる。
「わかっているわよ。サトシさんの精霊なんでしょ! だったら、私の精霊も同じじゃない」
これまた、カリーナが止まってしまった。夫婦なのだから、共有財産のように感じ、カリーナがなんと言おうと言うことを聞いてもらうつもりでいる。
「どうしてそうなるんだっ!!」
「ほら、早く張り替えちゃってよ!——っあ! それとこれからは、サトシさんだけじゃなくて、アルシアも綺麗にしてあげてちょうだいね」
「いや、だから、なぜ、私が貴様の……」
私は遮って、強めに言った。
「ほら! 文句ばかり言ってないで早くやっちゃいなさい!」
カリーナは渋々水の浄化を始める。
きっと不本意なのだろう、初めこそブツブツ言っていた。
しかし、いぜ浄化を始めると、浴槽をプールのように泳ぎテンションが高くなる。終いには、『どうだ、私は速いだろう』とクロールを自慢するまでに上機嫌になった。
「サキ様すごいです。精霊が契約者以外の言うことを聞いちゃうなんて、初めて見ました」
「すごくないわ。カリーナって言葉だけが、古臭くて関わりにくいって感じるけど、中身はとっても柔らかいのよ?」
これから一緒に生活してもらうことになるアルシアに、カリーナの紹介をしておかなくてはならない。頼りになる存在なのだから……。
この時には、カリーナに対する考えは、大きな過渡期を迎えていた。それは、彼に力を貸していると思っていたカリーナだけど、それはカリーナの意思とは関係ないのではないのかということを思い始めた時からだった。そして、彼に触れてみて確信に変わったことで一気にカリーナに対しての私の心象は良くなった。
「カリーナは、なんでもできるのよ! それに綺麗好きだし!」
「水の精霊ですもんね!」
「だから、頼りにしてもいいのよ」
「はい! よろしくねカリーナ!」
当のカリーナは、のんきに水の浄化に勤しむ。
名前には、猫が入っていますが、実は、犬派です。




